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36話


「そういえばこの魔剣、銘は無いのですか?」


 王都に向かう前日、ウェリング家に挨拶に言ったときにアドラスにそう尋ねた。

 剣を借りたまま学校に戻るのもどうかと思ったが、アドラスは頓着せずに私に「持っていろ」と言ってくれたので、お礼のついでの質問だった。


「いや、あくまで試作だから特に付けてはいない。元となった魔剣は『雨雫あめしずく』という銘なのだが……」

「ああ、前に一度聞きましたね」


 ダンジョンでブラッドタイガーを相手にしているときに耳にしたはずだ。


「雨の雫、ほんの僅かな水滴さえも見切って絶ち切る。それゆえに雨雫という銘なのだが」

「多分アドラスの魔剣でもできると思いますけど」

「……本当に?」

「支援魔術とこの魔剣の力をかけ合わせれば、ですけど」

「ふむ……」


 私の言葉を聞くと、顎に手を当てて彼は悩み始めた。


「ええと、何か考え事でも……?」

「いや、そうなると無銘というのも寂しく覚えてな」

「それは確かに」


 私にとっては使い勝手がよい。

 借りたものとは言えど今後も愛用したい剣だ。

 何かしら銘があると嬉しい。


「では名付けをお願いできますか?」

「そうだな。名付けるとするならば―ー」


◆◇◆


 恐ろしくはやい踏み込み。


 ダリア、お前は何を覚えた、何を身に着けた、何をしてきた。


 確かな研鑽と模索の痕跡。


 凄い。流石だ。以前仕合ったときとは段違いの速力。


 加速している状態の私の眼をもってしても、ダリアは疾い。


 だが、それが見えているということは、それに対応できる、ということだ。


 私一人の力ではない。


 おぞましい円弧を描きながら、怒涛の如く鉄塊のごとき篭手が私の左脇腹を殴ろうと


 ―ーいや、そんな生易しいものじゃない。


 私の体を削り取る、そういう勢いだ。


 馬鹿、私を殺すつもりか。


 殺したらお前の方が負けなんだぞ。


 だが一種の信頼めいたものすら感じた。


 これでも死にはすまい。


 避けるか防ぐかくらいできるだろう、お前は。


 そんな無責任と紙一重の信頼を投げつけてくる、不躾な人間だ。


 だったら――


「これは魔剣、落涙らくるい。涙の一滴さえも」


 円弧を描く鉄塊をかいくぐる。


 驚愕に見開くダリアの眼。


 額と額が付くほどに踏み込む。


 あいつの眼の中にいる私の顔すら見える距離。


 そして私の剣の切っ先は、


「―ー断ち斬ってみせる」


 ダリアの喉元に、ぴたりと吸い付いていた。


◆◇◆


 紙一重だった。


 仕掛ける速度を優先して魔道具の機能だけに頼って支援魔術の付与を切り捨てたが、もし攻撃の威力を優先して仕掛けていたら完全に速度で負けていた。魔力を集中して詠唱をする時点でどうしても数秒の時間が必要になる。たった数秒と言えど、いざ真剣勝負となるとそれが命取りになる。


 お互いに緊張が解けて、私はそのまま地面に腰を下ろした。

 ダリアなど大の字になっている。みっともない、と言いたいところだが私もそうしたい。


 たった一太刀、一拳にしても集中し過ぎた。

 気が緩んだ瞬間、体力が酷く消耗している自分を自覚する。


 荒い息を整え、深呼吸する。


「……で、それなに」


 私の剣を見てダリアがそう呟く。


「魔剣。支援魔術が使えるようになる」

「魔剣!? ちょ、それどこで手に入れたの!?」

「そこは秘密。そのうち教える」

「ったく、今度こそいけると思ったんだけどなぁー……」


 ダリアには悪いが、私が勝ち越しさせてもらう。


「むしろそっちこそどんな絡繰りなのよ。強化……っぽく見えたけど」

「……それとは違う。強化は魔力を使って底上げする魔術だけど、私はあくまで、自分の持ってる力を振り絞ること」

「……どういうこと?」


 力を振り絞ると言っても、誰だってそんなことはしてると思うんだけど。


「私もよくわかってないんだけど……人は無自覚に、自分の使える筋力に枷を付けて制限してるらしいの。本気の本気を出したら体が壊れるから。でも、命の危機に陥ったときなんかはその枷が外れることがある。大怪我した人間に治療術を使うときなんか、患者に腕を掴まれて怪我するなんてのはよくある話でね」

「へぇ……」

「私は、その枷を外せるようになった」

「そんな軽い言葉で人間やめないでほしいんだけど」

「やめてないわよ!」

「だって、そんな力を使ったら体が……あ、そっか」


 そうか。ダリアは再生魔術を使える。

 多少体に負荷がかかっても、治ってしまうのだ。


「そういうこと。もっとも体力を一気に消耗するけどね」


 見ればダリアは滝のように汗を流している。

 私もひどく消耗しているが、彼女の方も相当なものだった。


 一旦休んだ方がいいな、これは。


 何となく息を吐きながら空をみあげて、勝利の余韻に浸っていた。

 こうした気分が味わえるのも、あるいは負けの可能性に怯えるのも、もうすぐ終わりかと思うと不思議な感慨があった。……自分も、卒業までに上位に挑戦しておこうか。


 そんなことを考えていると、セラとモーデロが近づいてきた。


「ふたりとも、お疲れ様です」

「いや、良いものを見させてもらった。記録は学校の方に報告させてもらう。良いか?」


 仕合の結果は、立会人によって学校に報告され、正式な勝敗記録として保管される。

 今回はランクの変動こそ無かったが、それでも仕合をしたという結果は出さねばならない。


「うん、お願いね」


 私が二人に頼む。ダリアも目だけで頷いた。

 ダリアはもう喋ることすら億劫そうだ。


「ダリア。ちょっと休みましょう。それとこのあと時間ある?」


◆◇◆


「ふーん、銀級の冒険者がお尋ね者になったとしたら、か」


 ここは魔術学校の中の教室だ。

 板張りで簡素な机と椅子だけが並んでいる。

 今は誰も使う人がいないらしく、話し合いをするにはもってこいだった。


 そして空いている椅子に腰掛けて向かい合っていた。


 ちなみに私は平服に着替えた。

 マントすら羽織らずシャツとスカートだけだ。

 本来授業に出る際は制服としての魔術師用ローブを着るのだが、授業に出ない六回生ともなると授業にも出ないし怒られもしない。


 ダリアはいつもとおりの修道服を着ている。

 だが立ち振舞はだらしない。疲労が抜けきっていない様子だ。

 机に肘をついて頬杖をついていた。


「うん」

「まあ幾つか思い当たるところはあるんだけど」

「本当!?」

「一番にとっ捕まらないことを考えるなら、魔族領への亡命ね」

「いきなりハードル高くない?」

「まあ現実的じゃないけど、昔居たらしいよ。銀級ともなるとけっこうな腕前だし魔族領でもそれなりに歓迎されるってさ」

「そもそも話せないじゃないの……」

「話すことができる種族を通訳として雇うとか、念話を覚えるとか、裏技はある……らしいわ」

「らしいって、不確かな話ばっかりじゃない」


 ダリアの話はどうも冗談めいている。

 これは当てが外れたかもしれないな。


「って言ってもなー。銀級ともなるとギルドじゃ有名人だよ。現役の中じゃ百人も居ないんだから。普通の場所じゃ面が割れるって」

「だから普通の場所じゃないところに行くって?」

「そ。つまりは外国か治外法権の場所」


 うーん、振り出しに戻ってしまったな……。


「……ただ、現実的にここだろうなってポイントはあるわ」

「どこ?」

「ここから先はタダじゃあ教えらんないねぇ」

「けち」


 私のぶーたれた罵声に、ダリアがあっかんべえと言わんばかりに微笑んだ。


「冒険者だって大変なのよ。冒険者ってどうしても荒っぽい仕事が多いから恨みは買いやすいしね。だから自分がいつか恨まれる番が来るかもしれない。そういうときの逃げ込み先ってのはおいそれと教えてはいけないってのがルールなの」

「え、聞いたことないんだけど」


 私も一応冒険者なのだが初耳だ。


「あんた冒険者登録してろくに仕事してないじゃない。それなりに冒険者として仕事をこなしていれば、先輩冒険者からそれとなく教えてもらえるのよ」

「へぇ……」

「だからあんたの事情を打ち明けた上でお願いするなら教えてあげる。まさかそんな具体的な例え話をしといて、ただの茶飲み話です……ってこたぁ無いんでしょう?」


 うっ……見透かされている。

 この子、普段は脳筋なのにたまに勘が鋭いときがあるのだ。

 いや、私の話の切り出しがわかりやすいだけかもしれない。

 どうも貴族らしい会話術というのが苦手だな……つい用件や本題から話してしまう。


「自分のことは秘密だけどこっちの秘密は教えて欲しいって虫のいい話はナシ。どう?」

「うーん……」


 虫がいいと言われると流石にいらっとするが、ダリアの言うことにも一理ある。


 ただ、私が今ダリアに明かしていない事情は、あまりおおっぴらにしたくはない。

 ディエーレに対しては信じて話したが、これ以上打ち明ける人間を増やすのはよくないだろう。というかディエーレに言われた通り「婚約者が逃げた」なんて話はあれこれと言いふらして良いものじゃない。噂好きの人間の格好のターゲットになってしまう。この子も悪い奴ではないが噂話の好きな子でもあるし。


「……ちょっと私の一存じゃ決められないかな。即答できない」

「じゃ、結論が出たらそのときに改めて話して頂戴な」


 私の言葉を予期していたのか、ダリアは特に気にする風でもなく答えた。


「わかった……まあでも、話は参考になった、ありがとう」


 冒険者の不文律の存在自体を仄めかしてくれただけ、十分にありがたい話だ。

 それゆえに素直に礼を言ったのだが、ダリアは気にしてもいないようだ。

 ま、まあこれも友情の一つの形だと思っておこう。口が軽い奴だとは今は思うまい。


「それじゃあ戻るわ。おつかれさま」

「じゃーねー」


 さて……ここから先はアドラスに相談しなければ。


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