表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/68

34話

 長い木の棍から放たれた暴風が私の体を襲う。


「くっ……!」


 その衝撃で木剣が弾かれそうになる。

 体勢を崩しそうになったところに襲いかかる棍の横薙ぎ。

 木剣の峰で防ぐ。

 防戦する私にモデーロは追撃を叩き込んでくる。

 上段、横薙ぎ、突き。


「ちぇりゃあああっ!!!!」


 一気に畳み掛けに来た。


 シンプルで力強い。そして、荒削りだ。


『回せ回せ血潮を回せ、駆けよ駆けよ地を踏み翔べよ』


 俊敏の魔術を唱える。

 相手を翻弄すべくジグザグに後退する。


「そこだッ!」


 だが敵もさるもの、私の逃げる位置に的確に風の魔術を撃ってくる。

 おそらく、風が吹き渡る範囲を絞ることで威力を上げている。

 木剣を盾にして風をちらしているが、まともに当たればかなりのダメージを負うだろう。


 だが隙もある。


 魔術は詠唱が要るし、どこへぶつけるか狙いを定めねばならない。

 奇襲ならともかく、真正面から向かい合っているならば


「てやっ!」


 風の魔術を撃った後の隙を狙い、飛び込む。

 だが、


「ずありゃっ!!!」


 棍の長さを利用した大振りが襲いかかる。


「挑発しといて近づかせてくれないの、けちな了見ね」

「なんとでも言ってください」


 また、木剣と棍がぶつかり合った。

 みしみしと力がぶつかりあう。


「燃えよ燃えよ心の臓腑よ……」


 私がつぶやいた瞬間、モデーロは脱兎のごとく距離を取った。

 そしてまた風の魔術を撃つ。木剣で打ち払う。


「知ってますよ、自分を強くするだけじゃなくて、他人を強化させてこっちの調子を乱すんでしょう?」

「……」

「でも、支援系の魔術は使うべきときに使わなけりゃ無駄打ちになるだけです。俺は真っ向勝負に立ち会うほど素直じゃありません」


 また、モデーロが大きく距離を取った。

 おそらく風の魔術で牽制しつつ、距離を詰められたら棍でカウンターを取るのがモデーロの基本的な戦術なのだろう。


 シンプルだが効果的だ。

 こちらの手の内もわかっている。


 ……ある程度までは。


「燃えよ燃えよ心の臓腑よ……」

「ですから無駄ですよっ!」


 更にモデーロは風の魔術を撃ち、遠距離からの牽制を始めた。


 縮まらない距離でのじりじりとした戦いが続く。

 私が距離を詰めようとするとモデーロも同じだけ下がる。

 そして私が魔術を使う気配を察したら、またさらりと距離を取り遠距離攻撃を始める。

 私が焦れて攻めに転じる気配を察すると棍によるなぎ払いや突きで打ち返す。


 これを見れば誰しも、モデーロが有利と思うことだろう。

 攻撃を封じられ、攻めあぐねているのは私の方だ。


 魔術も剣戟も無駄打ちを重ねて体力を消耗している。誰しもそう見るだろう。


 だが、無為な繰り返しなどは無いのだ。


◆◇◆


「くっ……」


 モデーロは、焦りのつぶやきを漏らした。


「なんでですか」

「なんでって、何のことよ」


 その声に私は微笑みを浮かべる。


「何度も魔術を使って、なんでそんな……」

「さて、何故かしら?」


 肩で息をするモデーロに、私はあえてとぼけた声を出した。


 モデーロは何発もの風の魔術を使っている。


 まだ完全に切れる様子はないが、さりとて同じようなペースで連発はできないはずだ。


「……くそっ!」


 徐々に棍による攻撃が増えてきた。

 だが先程までの鋭さが無い。


『……ッ!』


 だから、気取られないように本来の詠唱する余地が私に与えられ。


 こんな風に、私の膂力でも相手の棍をはねのけることができる。


「ぐっ……!」


 私の切り上げをモデーロは棍で受け止めようとして、弾かれた。

 モデーロの棍が空へと高く跳ね上がっていく。


「そこっ!」


 その隙に私は、木剣をモデーロの首筋にぴたりと付けた。


「……参りました」


 観念したモデーロが力なく呟き、片膝を地につけた。

 ぶはぁと盛大な息をつき、額の汗を手でぬぐう。


「はいそこまで! アイラの勝利!」


 そして一部始終を見つめていたダリアが私の勝利を宣言した。

 遅れて、からんからんと落下した棍が音を立てる。


「いや、お強い。ご無礼致しました。申し訳ございません」


 モデーロは地面に片膝を付けたまま私に言った。


「いいわよ。わざとなのはわかるし……」


 私はダリアの方をじっと見つめた。

 だがダリアは焦ったように首を横に振った。


「わ、私がけしかけたわけじゃないぞ! ……ただ」

「ただ?」

「お前なら怪我もさせずに、上位の実力を教えてくれると思って……」

「だからって中途半端に私のことを教えるのは意地が悪いんじゃあないの?」


 おそらくダリアは、モデーロに、「勝算がある」と思う程度に私の手の内をばらしたのだろう。

 少なくとも、限られた情報で戦略を組み立て、私に挑戦してきた。

 何かしら入れ知恵されたと推測できた。


「うっ、バレたか……」

「あんたねぇ……それならそうと最初から言いなさいよ」

「最初から指導目的になったらどっちも手の内は明かさないじゃない?」


 モデーロがバツの悪そうな顔をしている。

 血気盛んな後輩を教育して欲しかったというところだろうな。

 モデーロの私への挑発は演技だとしても、自分に対する自信はまるっきり嘘ではあるまい。


「すみません、生意気な口を聞いたのもダリア先輩に言われて」

「あっ、あんた今のタイミングでそこバラす!?」


 こいつは全く……。食えないところのある奴だ。


「で、どうするの。魔力はほとんど使ってないからあんたとの決闘はできるけど」


 私はダリアに向かって言うが、そこでモデーロの方が驚いた顔を見せた。


「え、だって魔術は……」

「ちゃんと使ったのは最初の一回と、最後に切り上げをするときだけ」


 この私の言葉に、ダリアが補足を入れた。


「こいつ、『うたい』と『隠し』が得意なのよ」


 モデーロがそれを聞いて、しまった、という顔を見せた。


 『謳い』とは、あえて魔力を使わずに詠唱だけを唱え、魔術を不発させる技術のことだ。

 不発の何が良いかと言うと、魔力を消費せずに牽制やフェイントとして使うことができる。

 強大な攻撃魔術を使える人間ならば、それを唱える仕草だけで一種の脅しにすらなる。

 だがそれ以上に、「発動したかしていないか傍目からわかりにくい魔術」の場合は有用だ。


 そして『隠し』とは、詠唱する声を潜めたり魔術を発動させる所作を隠蔽して魔術を成功させる技術を言う。

 どんな大魔術であってもあからさまに詠唱し「これから魔術を撃ちますよ」と宣言しては当たるものも当たらない。

 だが威力に劣る魔術であっても発動を隠して相手に綺麗に叩き込めるならば、上位魔術と遜色ない効果が生まれる。


 私は支援魔術を使う際に『謳い』と『隠し』を織り交ぜることで、自分の席次を守ってきた。

 剣術と魔術を織り交ぜた駆け引きにおいてはそんじょそこらの冒険者にも負けない自信はある。


 ……もっとも、この戦い方のおかげで口さがない奴は狼のように執拗だの蛇のように狡猾だのと罵ってくるのだが。


「ともかく、帰省中にサボってたわけじゃなさそうね」


 ダリアは私の戦いを見て満足したようだ。


「お眼鏡にかなったならありがとう。で、どうする? やる?」

「いや、流石に今すぐってのはちょっと公平じゃないしな……さて」


 まあ私は構わないが、ここでダリアが私に勝ったとしても満足はするまい。

 周囲の人間があやをつけることもある。


「おーい誰か、私と練習試合付き合ってくれないか」


 ダリアが、練武場で練習している学生達に声をかけた。


 なるほど、ダリアも誰かと一戦交えることで公平を保とうという心積もりだろう。

 だが、ダリアに返ってくるのは刺々しい視線だった。


「お、おい! なによその目は!」

「うるせー! お前とやると血で汚れるから嫌なんだよ!」

「つーか見てたけど今の流れはなんなんだよ! 後輩けしかけてんじゃねーよ!」

「し、しかたないでしょー! 練習試合も勉学のうちよ!」


 ダリアがギャラリー達にブーイングを食らっている。

 うーん、ダリアも残念な子だなぁ……。

 顔立ちも綺麗な方で回復魔術に優れるという長所があるのに、性格と戦い方と迂闊さで大きく損をしている。


「ったく、仕方ないな」


 仕合場の外から見ていた一人がこちらに近付いてきた。


「五回生、闘争の群、ヴェスピオ門下のセラだ」


 魔術師然としたローブ姿の、赤毛の長髪の女だ。

 ぶっきらぼうな態度ではあるが、所作には隙が無く顔も引き締まっている。

 なるほど、なかなか強そうだ。


「席次は十二。火の魔術を使う。よければダリアに練習試合を挑みたい」

「あなた、セラと言ったっけ……ダリアの仕合を見たことは?」

「三度ほど。ある程度は知っている」

「だってさ」


 ダリアの方を見れば、彼女は獰猛な笑みを浮かべていた。


「良いわよ。一丁揉んでやりますか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ