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33話

 ダリア=メルガードナ。


 この国の国教である太陽神教会の司祭の娘である。


 家柄は確かで魔術学校に入る前から治癒の魔術の心得があり、頭脳も明晰という前評判。

 同期の中では期待のエースの一人と言えた。


 実際、十二歳の時点で怪我の治癒の魔術は大人顔負けの腕前であった。また病に関する様々な知識見識を持っている他、幽体の魔物の退治といった教会関係者ならではの技術なども幾つか習得していており、前評判に恥じぬ実力者であった。入学した頃は、その自信に満ち溢れた顔や鮮やかな碧の目を眩しく思ったものだ。


 その分ダリアは、鼻っ柱も強かった。


 そのせいというわけでもないが、私とは何度か衝突した。単純な腕比べだったり、湯沸かしの魔道具を使う順番で揉めて決闘に発展したり、同じ講義を受けてる最中の魔術比べが決闘に発展したり、なんともくらだない理由で十回以上はやりあったものだ。入学して3年くらいの間はダリアの方が一枚か二枚は格上であり、勝敗の通算では負け越していると思う。悪い奴ではないのだが。


 ただなんというか……私と似ているのだ。


 これまでの努力に根ざした自負やプライドがあり、どこか猪突猛進なところがあって、頼まれれば嫌とはいえない流されやすさがある。もっともお人好しの度合いでいけば向こうの方が上だろう。態度も口も悪い癖に、教会の出身者らしく弱者救済の精神がしっかりとその心に根付いている。辻回復などをやっているのがその証拠だ。あいつの腕前ならばもっと良い給金の出る仕事くらい幾らでもあるだろうに。


 だが、そうした性格的な部分の類似以外に、大きな共通点があった。

 この学校で世間の広さというものを痛感したことだ。


 私もダリアも、二人の本物の前に敗北を喫した。


◆◇◆


 ダリアはこの学校の、治癒魔術を専門とする師匠の元で修行している。


 治癒魔術を研究する人間は多い。魔物や賊の現れない平和な街であっても治癒や回復の需要は生まれるのだ。闘争の群の学生でも、技巧や真理の群の学生でも、治癒魔術を専攻しようとする人間は多い。学校の研究棟の最上階は大体治癒関係の研究者達のフロアといって差し支えなかろう。


「すみません、ダリア=メルガードナは居ますか?」


 私は同学年とおぼしき人に声をかける。

 その子は床に座り柔軟体操をしていた。


「ダリア? 屋上にいるけど」

「屋上か……ありがとう」


 階段を登って屋上を目指す。


 しかしどうもこのフロアはむさ苦しいというか何というか……教会関係者や治癒術士というのは基本的に脳筋が多いのだ。患者を運んだり、痛みで暴れる患者を押さえつけたり、あるいは戦争やダンジョンアタックで発生した傷病者を助けるために一時的に冒険者とともに戦ったりと、治癒術士は肉体的にタフでなければ務まらない。


 でも、太陽神様への礼拝の言葉を叫びながら腕立て伏せやら腹筋やらをしている光景は流石に怖い。教団の下部組織の聖堂騎士団などはもっと暑苦しい訓練をしているのだそうだ。想像したくない。


 そんなことを考えながら屋上の扉を開けると、ダリアは休憩を取っていたところだった。

 同門下の女性と談笑をしている。

 先日あったときとは違って頭には帽を被らず、短く切りそろえた青い髪がなびいている。

 また、身軽そうなカーキ色の道着を着ていた。

 ちなみに私も道着姿だ。鎧は付けず、二振りの剣を腰に佩いている。


「へーえ、あのアイラが結婚ねえ。相手はどんなの?」

「どっちかっていうとウチらよりも技巧の連中よりみたいな雰囲気だったなぁ。馬車酔いしてたのを甲斐甲斐しく面倒見ててさー」

「それ見たかったなぁ」


 完全に油断している隙を狙って軽く手刀で頭を叩いた。


「いたっ! だれよ……って、あー、アイラ……」

「ずいぶん楽しそうにお話してるじゃない?」

「い、いやあ聞いてたぁ? 悪気はないのさ」

「ったく……別に話すなとはいわないけど、からかうつもりなら容赦しないわよ」

「ごめんごめん。ところで……」


 バツの悪そうな顔をしていたダリアの顔に、野性的なものが宿った。


「決闘ね。こっちはいつでも大丈夫」

「練武場、今日は開いてるよ。明日明後日は埋まってる。それじゃあ……」

「今からね」

「そうこなくっちゃ」


 私とダリアは頷き合う。


 よし、それではやるか――と思っていたところ、あらぬ方向から声をかけられた。


「へぇ、あんたが第三席のアイラさんか」


 声をかけてきたのは、屋上でトレーニングをしていた男だ。


 背が高く少し痩せ気味の、茶髪の男だ。だが決して鍛えていないというわけではない。

 引き締まっていると言うべきだろう。


 炯々とした目が特徴的で、まるで猫科の獣のような印象をもった人間だ。


「誰よあんた」

「おいモデーロ、行儀悪いぞ……。悪いなアイラ。こいつウチの門下の新入りでな。最近第十席になったんだ」

「すみません、モデーロです……ちょっと意外だったもんで」

「意外って、何が?」


 私がそう尋ねると、モデーロは面白そうに口を歪めた。


「なんか、普通だなって。ダリアさんより本当に強いんですか?」

「おい!」


 ダリアが声を荒げてモデーロを止めようとする。

 私も、安い挑発をされるのは嫌いだ。


「まあ待って、ダリア」

「いや、だってな……」

「ねえ、モデーロ。私が強そうに見えないってことは、つまり自分に自身があるってことよね?」


 だが、安い挑発をする奴を相手にするのは、必ずしも嫌いじゃない。


「ええ、まあ……なので」


 モデーロははにかむように返事をする。


「一手ご指南頂けませんか、アイラ先輩」


◆◇◆


 錬武場には幾つか仕合のできる場所がある。

 と言っても、土の上に縄を張り、それを楔で止めて四角形を描いただけの殺風景な場所だ。

 広さとしては学校の教室の4倍くらいだろうか。

 剣術勝負をするにしては広すぎる面積だ。


 だが、ここは魔術学校である。

 魔術を使っても、あるいは魔道具を使っても何ら非難される謂れはない。

 ここは学びの場であり実践の場である。

 現実に通用する技術を使うことに躊躇っていては研鑽にはならない。


 今、その試合場の中に二人の女と一人の男が立っていた。


 一人は私だ。

 普段使いの真剣やアドラスから借りた魔剣は鞘に収めたまま、木剣を握っている。


 そして、向かい合うように男が立っている。

 長い棍を担ぐようにして持っている。

 協会関係者はこの手の武器をよく使う。

 刀剣よりも棍やメイスといった打撃武器を愛用していることが多く、この男もその類にもれないのだろう。


「あなたもダリアと同じく、太陽神の教会の人なの?」

「ええ。それで棍と回復魔術を使います。あと攻撃魔術を幾つか」

「親切ね」


 手の内を明かしてくるとは意外だった。


「いえ、こっちはアイラ先輩のことは聞いてますんで」


 なるほど、予習はしてきたと。

 なら答え合わせに付き合ってあげましょう。


「あのさー、私との決闘控えてるってわかってる?」


 そして3人目。ダリアが私とモデーロの間に立ち、立会人として試合を仕切っている。


「練習試合だから軽くよ、軽く」


 正式な仕合であれば私とモデーロが立ち会うことはできないが、練習ならば別だ。

 正式な勝敗としては記録されず、ランクの変動もない。

 まあ、よくあることだ。

 私もこのランクに来る前は、格上に挑戦してはよく痛い目を見たものだ。


「よろしくおねがいします」


 モデーロは丁寧に頭を下げた。

 挑発を仕掛けてきた割には丁寧な男だ。


「ったく……はじめ!」


 ダリアが声をかけた瞬間、棍を短く握ったモデーロが懐に飛び込んできた。

 木剣と棍の打ち合う軽やかな音が仕合場に響き渡った。


 だが、音が響き渡るだけでは済まなかった。


『雲海の息吹は地上の嵐なり、しからば我が息吹はいずこの嵐なりや!』


 そして、打ち合った棍から凄まじい衝撃が私に襲いかかってきた。



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