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30話

書き溜めが尽きてきたので更新ペースちょっと落ちます。

 そして次の日の午前中、再び駅舎で待ち合わせをして冒険者ギルドへと繰り出した。


 王都の冒険者ギルドは国の中でもっとも規模が大きい。

 このあたりは危険なダンジョンなどは少ないが、依頼を出したい側の人間が多いのだ。何かしら魔術を研究している魔術師が儀式に必要な物の採取を依頼したり、王侯貴族が護衛や人探しなどを依頼したりなど、細々とした依頼をこなす冒険者への需要は大きい。

 そのため、何かしら困りごとがあればここに相談するというのが王都での賢い生活術だ。私は依頼する側としても仕事を受ける側としても利用している。王都のギルド職員はやや居丈高だが、なんだかんだいって能力が高く頼りになる。

 だから……


「申し訳ございませんでした」


 こうして頭を下げられる側に回っているのは新鮮に感じる。

 それも受付の下っ端などではなく、壮年の、それなりにギルドで高い地位にいるであろう職員からの謝罪だった。

 銀等級の冒険者が依頼を投げ出して消えたというのは、それだけの失態ということなのだろう。

 等級が上位であるということはただ強いというだけではなく、信用に対する度合いを示す。

 銅や鉄の冒険者が裏切ったり仕事を投げ出したならまだしも、銀が裏切るというのは早々無いことだ。


「ともかく、こちらから要求するのは二点。フィデルの代わりの冒険者を寄越すこと。グラッサ=カーライルとフィデルの行方を調べることだ」

「……もしかしたら、他国か自治領に逃げたかもしれませんな。実はウェリング男爵から知らせを受けてギルドの支部に手配書を回したのですが、今まで何一つ知らせもなく……」


 アドラスは疲れた溜息をつく。


「ただ……銀等級ともなれば身元や顔を隠すのは逆に難しいでしょう。女連れともなればなおさら。もし国内に居るのであれば見つかるはずです」

「頼みますよ」

「それと、領地の護衛をする冒険者も手配できました。二日後には出立できるでしょう。品行方正な者を選びましたので……」

「うむ」

「それで、依頼料の方なのですが……」


 そのあたりから、壮年の職員とアドラスの間で、なにやら緊張した雰囲気が漂った。


 そこから、金額の交渉が始まった。


◆◇◆


「お、おつかれさま、アドラス……」

「あまりなれないな、、こういうのは……」


 ギルドを出た後、二人して大きな溜息を付いた。


 冒険者の不手際をおおっぴらにせず、なおかつできる限り依頼料を回収したいと冒険者ギルドは考えている。

 フィデルに払った領地の護衛料はまだ手付金しか払っていないらしい。

 不手際があった以上、ウェリング家はこれ以上の報酬は払いたくはない。

 だが冒険者ギルドは全責任を被ってしまうのは避けたい。


 アドラスと職員はしぶとく交渉を重ね、ようやく合意に至ったところだった。


 一旦はギルドが新たに派遣する冒険者達の報酬を肩代わりし、ただしフィデルが見つかったときは、フィデルにギルドが賠償を求める、というところに落ち着いた。大筋でアドラスの思惑通りに事が運んだと見て良いだろう。


「ま、概ねこちらの用は済んだな。後は結果が出るのを待つだけだが……」

「難しいでしょうね……」


 ギルド職員が言ったように、国外に行っているなら追跡するのは格段に難しくなる。

 姉が足を引っ張って足止めを食らったり大きく速度を落として旅をしているなら話は別だが、姉は自分がこうと決めたことに対しては謎の才能を発揮することが多々あった。絵や音楽を齧れば天才と褒め称えられ、ただし飽きっぽいのですぐに投げ出した。剣に興味を示すことは無かったが、魔術も達者になるだろうと褒められていたことがあった。フィデルとかいう冒険者にどれだけ熱をあげているかはわからないが、困難な旅をするとなればそれ相応のポテンシャルを発揮していると見た方が良いだろう。まあ、一番高い可能性としてはフィデルにすら飽きて別の生活をしていることかもしれない。


「……もしかして、お姉さんが心配かい?」

「ええと、生き死にについては特に。無駄にしぶといので」

「そ、そうか」

「むしろ悪名を轟かせていないかが一番心配です」


 多分、姉をよく知る人達ならば同じことを思うはずだ。

 アドラスが複雑な顔をする。よし、この話題は掘り下げないに限る。


「さて、もうお昼だ。何処かで休まないか。軽く茶でも飲もう」

「あ、そうですね!」


 アドラスにとってもあまり掘り下げたい話題でもないだろう。

 私はアドラスの提案に一も二もなく飛び乗った。


 冒険者ギルドの周囲はいろんな商店が軒を連ねている。喫茶店やレストランなども珍しくない。

 普通の街ならば宿屋とバーを兼ねた、冒険者のような荒くれ者がたむろする店ばかりだが、王都ともなれば様々な人が出入りするために店の種類も多い。

 アドラスはこのあたりを歩き慣れているようだ。私もよく来るので土地勘は確かだ。歩き慣れた道をこうして彼とともに進むのは何やら不思議な気恥ずかしさがあった。


「あのあたりはどうだろう」


 アドラスが示した先の喫茶店は、入ったことのない店だった。

 というか、喫茶店に入るという習慣があまり無い。

 大衆向けの店は女一人で行くのはためらうし第一マズい。パンも茶も何か怪しいものが入っているのか、謎の雑味が多すぎる。貴族向けの店は学生一人暮らしの身の上には厳しい。

 どうしても学校の寮中心の生活が板についてしまう。

 国立貴族学校や文化学院の学生は羽振りが良く、街中で遊ぶ姿をよく見かけるのだが、我が校の学生は恥ずかしながら貧乏が板についてしまっている。ダンジョンから狩ってきた牛の魔物をかっさばいてバーベキューする光景など、ごくありふれたもののように感じていたが、よくよく考えればちょっとおかしい。


 よし、王都の人間らしさを身に付けるチャンスだ。

 そう思ってアドラスに同意し、喫茶店の入り口をくぐった。


「いらっしゃいませ」


 ウェイターが丁寧に挨拶をして私達を席へと促す。

 窓際の、外の様子がよく見える座席に通され、アドラスと向かい合って座った。


「アドラスはよく来るの?」

「客の接待や打ち合わせで使うことは多いな。アイラは?」

「あんまり……寮に居ることが多くて」


 手慣れた様子でメニューをめくる。

 あ、そういえばアーニャから「流行のお菓子があれば教えてください」と言われたのだ。

 ちゃんとした喫茶店のデザートならば文句はあるまい。


 注文を決めてウェイターを呼ぶ。

 アドラスはサンドイッチとコーヒーを頼むようだ。

 私はこの店の独自のデザートを頼んだ。

 シラバブという名前の、クリームを使った菓子のようだ。


「そういえば、アドラスはいつまで王都に?」

「品評会が終わるまでだな。一ヶ月くらいは居る予定だ。せめて私が居る間にフィデルとグラッサの足取りがつかめればよいのだが」

「うーん……」


 難しいだろうな。

 二人して悩ましい顔をしていたところ、ウェイターがやってきて注文した料理をテーブルに並べた。


「お待たせ致しました」


 陶器のカップに、白いクリームが浮かべられた物が私の前に置かれた。

 火で酒精を飛ばした蒸留酒と生クリームを混ぜて泡だて、そこにレモンピールや砕いたナッツを浮かべたお菓子だそうだ。

 おそらく蜂蜜やレモン汁なども足されているのだろう、甘みと酸味、そして優しい舌触りが口の中に広がっていく。

 添えられたビスケットもまた香ばしく、シラバブとよく合う。


「へぇ……美味しい」

「それはよかった」


 アドラスも美味しそうにサンドイッチを食べている。野菜も瑞々しそうで、良い野菜を使っていると見て取れた。

 王都では様々な種類の食べ物が手に入るが、その代わり高いか粗悪品かのどちらだ。アーニャは私が王都でさぞ美味しいものを食べているように見えたのかもしれないが、実際の食糧事情はそんなに良くない。

 麦にしろ肉や野菜にしろ生産地からはやや離れているため、どうしても運搬の難があって品質の割に高くついてしまうのだ。

 特に外食となるとどうしても当たり外れが酷く大きくなる。

 賄い付きの寮に住むか自炊を覚えなければ日々の食事はとても辛い。


 だからこうして、気軽に入れる喫茶店でちゃんとしたものを食べられたのは喜びだ。

 あとでディエーレにも教えてあげよう。

 ダリアは……別に良いか。どうやって知ったのか根掘り葉掘り聞いてきそうだ。

 というかアドラスの顔を見られている。

 話好きでやかましいあの子が質問攻めにしてくることは間違いない。

 秘密を守ってくれない人には黙っておくに限る。


「ん? 何か面白いことでもあったか?」


 おっと、笑いが顔に出てしまったようだ。


「いえ、なんでも。ここ、良いお店ですね。また来たいです」

「そうだな」


 こうして私達は、初めて婚約者らしいことをしたのだった。


 その私達の姿を見つめる知人の目には、迂闊なことにこのとき気付かなかった。


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