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27話

 簡単に片付けを済ませ、溜息をつく。長旅の疲れを癒せると思ったらこれだ。


 そして片付いた部屋の椅子に、当たり前のようにディエーレが座っている。

 まだ出ていくつもりはないようだ。

 しかたない……私は荷物の中からあるものを取り出して彼女に与えた。


「はい、お土産」

「林檎かぁ……どうせなら潰して酒にしたものが欲しいなぁ」

「無いわよ!」

「しかしアイラ。その様子だと特に悪いことでも無かったようだね」


 ディエーレは軽く林檎の表面を拭って、そのまま齧り付いた。

 まったく、皮くらい剥けば良いのに……。


「あー、うん、まあ……災い転じて福となすと言うか……」

「まあ心配してた人も居るし、戻ってきたって報告してあげなよ」


 そうだった、突然実家から手紙が届いて、「家の危機のため大至急戻るべし」ということで慌てて学校に休みの申請をしたのだった。しかも学校の事務や魔術の師匠といった大事な人以外の、友達などへの連絡はすべてディエーレに任せてしまった。


「ごめんね、助かったディエーレ」

「どういたしまして。で、どんな用事だったんだい?」

「……お見合い」

「見合い」


 ディエーレはおうむ返しに私の言葉を繰り返した。


「え、冗談とかじゃなくて本気で? お家の危機とか言ってなかった?」

「まあ……うん、それを防ぐのがお見合いだったというか……」

「政略結婚じゃないか!」

「あ、うん、そうだけど。一応、子爵家の娘だし」

「……不満は無いのかい?」

「全然」


 ディエーレは妙にあっけに取られた顔をしている。

 普段から破天荒で飄々としたこの子にしては珍しい。


「ちょっと詳しく聞かせて貰おうか。あ、飲む?」

「いりません。ともかく、見合いした事情は他言無用でお願いしたいんだけど……」


◆◇◆


「……というわけなのよ」


 私はざっくりと、姉が駆け落ちしたことやその尻拭いのために見合いに臨んだこと、紆余曲折あって婚約が成立したことを説明した。アドラスのことについては恥ずかしいので細かい説明は省いたが。

 それを聞いたディエーレは、妙に難しい顔をしている。


「あのさあ、アイラ」

「うん」

「色眼鏡なしに話を解釈すると、その、何というか……」

「何というか?」

「キミが私腹を肥やした悪徳貴族に売られていく可哀想な花嫁にしか見えない」

「ちょっと!」

「いやあ怒らない怒らない。もちろん私はそうは思わないよ? アイラの様子を見ればわかるさ。大体、結婚相手がひどい男だったらキミはまず手が出るだろう」

「……わかってくれるのは嬉しいけど、わかってくれる根拠が納得行かない」

「それはともかくだね」


 華麗にスルーされた。


「キミと縁もゆかりもない人間が聞けば、そのフィデルとか言う冒険者がヒーローで、アドラス氏が悪者さ。それでお姉さんが助けられた囚われのお姫様。事実として違っていても世の人は面白い話に飛びつくものだよ」

「う、うーん……」

「他言無用ってことだし私は誰にも言わないよ。わかってるから無用の忠告だろうけど、打ち明ける相手は慎重に選びなよ?」


 ……そういえば、コネルとの決闘騒ぎのときもアドラスを寝取られ男爵と煽る奴が居た。


 なんて無礼な口の利き方をするんだとそのときは憤慨し決闘の最中どさくさで殴ったが、赤の他人から聞けば確かにそう解釈しても不思議ではない。


「確かにその通りね、ありがとう。でも……」

「でも?」

「姉が悲劇のヒロイン扱いされるとしたら、なんかこう凄く……納得行かない。殴りに行きたい」

「ぶわっはっは! キミ、本当にお姉さんのこと嫌いだねぇ!」

「笑い事じゃないわよまったく……」

「ともあれ確認したいんだけど、本当に結婚に不満は無いんだね? そのアドラス氏がまっとうな人だとしても、家の都合で良いように相手をあてがわれて人生が決められたように見えるよ?」


 ディエーレの蠱惑的な碧色の瞳が私を捉える。


「そりゃまあ、家のためっていうのは小さくない。それに貴族の娘が結婚せずに働いて生活するのだって限界があるし、自分の生活のためって面もある。だけど……」


 だけど、と呟いた瞬間、アドラスの言葉がリフレインした。




  『自由に結婚相手を選べる身分であったとしても、君と結婚したいと思う』




「……ん? どうしたの?」

「な、なんでもない。色々と事情はあるけど……良い人だから……」


 い、いけない、顔が赤くなってしまいそうになった。

 胸の高鳴りを必死にこらえる。しかしこらえてなんとかなるものだろうか。


「……なんだー、それじゃあキミは卒業したらお嫁さんか。私の計画がおじゃんだよ」

「そんなガッカリされても困るんだけど……ていうか計画って何よ」

「冒険者になって私好みの素材を集めたり魔術触媒の実験台になってもらったり、色々とキミの将来を考えていたんだよ」

「勝手にそんなこと決めないで……っていうかそれ将来を案じてるんじゃなくて私の身柄を抑えたいってことでしょ」

「良いじゃないか、気楽な冒険者でもやろうよ。もっと独身生活を謳歌するつもりはないのかい?」

「嫌です」

「つれないなぁ……しかしアイラが人妻とは、人生予想もつかないものだねぇ」


 大仰にディエーレは肩をすくめる。


「しかしそれなら、わざわざ帰ってくることも無かったんじゃないかい? もう卒業要件は満たしただろう?」

「学校の皆に挨拶もしないで地元でのんびりするわけにもいかないでしょ。やらなきゃいけないことが幾つかあるのよ」

「やらなきゃいけないこと?」

「うん。一つは冒険者ギルドに行って、行方不明者……っていうか姉の捜索依頼を出したいの」

「そりゃまた大変だねぇ」

「本当にね……」


 冒険者ギルドに行くのも面倒だしお金もかかるが、何より嫌なのは広い国内で二人だけの人間を探すということはまず成功しないだろう、ということだった。姉と駆け落ちしたフィデルとか言う男が冒険者を続けて姉を養うにしても、名前を変えるなり何なりの隠蔽工作をしていると見るのが自然だろう。二人が何かしらドジをしない限り、発見できる見込みはとても儚いものだ。


「んじゃ、ギルドにすぐ行くの?」

「あ、いや、アドラス――婚約者が来週くらいにこっちに来るから、それから一緒に行く予定」


 アドラスの顧客は王都にも多い。また、魔道具の展示会や品評会があり、職人として顔を出しておきたいとのことだ。王都との往復はなかなか大変なのに頭が下がる。


 でも、実はちょっと楽しみだ。王都は地元にはない色んな観光名所がある。今までは勉強をしているか鍛錬をしているかで忙しく王都で遊ぶという意識があまり無かったが、卒業も内定している状態でアドラスも仕事には余裕が出来た。


 ……今からどこに行くか決めといた方が良いだろうか。


 いやしかしアドラスはアドラスで王都に居たことだしもしかしたら私より詳しいかもしれない。


「……ずいぶん楽しそうじゃなーい?」

「えっ、いや、そんなことはないけど!?」

「ふぅーん」


 ディエーレはにやにやしながらほくそ笑む。


「エルンスト魔術学校の第三席ともあろう御方が、殿方にご執心とは大ニュースでありますなぁ」

「主席が他人の家の鍵をこじ開けて酒盛りしてる方が大ニュースでしょ」

「日常茶飯事だよぉこれくらい」

「反省しなさい!」


 そう、目の前でけらけらと笑う奇矯な人物こそが我が校きっての天才にして鬼才。真理の群に属しながら闘争の群の人間を捻じ伏せて主席の座を守り続ける、ディエーレ=ドランヴその人であった。学内において私が手も足も出ない二人の内の一人であった。……主席という佇まいはまったくないのだが。


「ところで式には呼んでくれるんだろうね?」

「年内には式を挙げる予定。相手はそのうち紹介するから安心して……ところで、ちょっと聞きたいのだけど」

「ん? なあに?」

「今から卒業まで魔道具絡みを勉強するとしたら、どの先生の講義に行くのが良いと思う?」


 私がそう尋ねると、ディエーレは顎に手を当てて考え込んだ。


「んむ……初級の講義は年度が開けないとやらないね。今受けるのはどれも中途半端だよ」

「そっかぁ……」

「あ、部屋には入門用の教本があったかも」

「お願い! 貸して!」

「掃除手伝ってくれるならね」

「……捜索というより発掘じゃないかしら」


 ディエーレの汚部屋に行くのか……うーん……。


「……まあ乗りかかった船だし、あなたも卒業近いんだからそろそろ掃除するのも良いかもね」

「本当本当」

「自分で言うなら自分でやりなさいよ……まったく……」

「しかし突然魔道具を勉強したいだなんて、どういう風の吹き回しだい?」

「あ、いや、卒業までぶらぶらするのもなんだし、何か新しいことを勉強しようと……」

「さては愛しの旦那様は魔道具絡みの仕事をしてるのかな?」


 ディエーレの口元が憎たらしく笑った。くっ。


「……片付け手伝わない」

「おおっと、冗談だよ冗談。後生だから頼むよ」

「真摯さが足りないのよねぇ……」

「それとも子爵令嬢にふさわしい礼を取ったほうが良いかな、お嬢様」

「やめてよ今更気持ち悪い」

「ま、冗談はさておき、魔道具の勉強をしたなら協力するよ。教本だけじゃ足りないだろうし、技巧の友達に聞いてみるさ」

「本当!?」

「結婚して巣立っていく友達の頼みだ。嫌とは言えないさ。……祝いの席は改めて用意するとして、だ」


 と言うとディエーレは立ち上がり、私の部屋の棚を勝手に漁る。


「ちょっと」

「まあまあ……お、丁度2つあったな」


 ディエーレは陶器のグラスを2つテーブルに置き、自分の持ち込んだ葡萄酒の瓶を開けた。


「まだ日も高いのに……」

「めでたい日は飲まない方が無礼なのさ」


 ディエーレは未開封の酒瓶を開け、中の液体をグラスに注ぐ。

 瓶の口から、金色の煌めきが流れ落ちていく。


「蜂蜜酒だよ。月光蜂の蜜を使ったもので、これがまた美味いんだ。口当たりが良いからキミにも飲めるだろう」


 そして、友の門出に乾杯、と言ってグラスを鳴らした。


 ……そんなことを言われたら、断れない。

 これではお父様のことは笑えないなと思った。


「……一杯だけよ」

「そうこなくっちゃ」


 昼間に飲む酒を素敵だと感じたのは、初めてかもしれない。


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