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26話

 唐突だが、私の住む国はゲラニア覇王国という名である。


 今からニ百年前までは小国や様々な部族民族が乱立していがみ合う戦乱渦巻く荒れ野であったのだが、あるときそこに「魔王軍」という、魔物を使役する魔族達の軍勢がこの地を襲った。様々な国、様々な民族は魔族に併呑され、人間は奴隷のような扱いを受けるなど酷い苦難に見舞われたらしい。


 そこで立ち上がったのがメレスディフ=ゲラニア一世である。様々な国同士のいがみ合いを和睦させて人間達による統一軍を編成し、精強で知られた魔王軍を打ち破った、まさしく勇者であり覇王だ。元々はとある小国の傍系の王族だったとも、一介の冒険者であったとも言われているが、その出自ははっきりとしていない。だが戦上手であると同時に交渉上手であるという逸話は各地に残っており、名に恥じぬ偉人であることは確からしい。


 そしてメレスディフの率いる覇王軍は魔王軍を打ち破った。魔王軍は占領地を手放して自領へと逃げ戻ったが、かといって講和や和睦がなったわけではない。事実として、現在に至るまでただの休戦状態であると言える。そもそも魔王軍に外交の窓口がない。それどころか言語すらも通じない。魔族は声ではなく念信というものを使って意思を疎通するらしく、熟達して念信を覚えた一握りの魔術師か、声帯を持った一部の魔族などが居なければ人間・魔族間での意思疎通ができないのだ。その状況をメレスディフは上手いこと利用して「いつまた魔王軍が襲ってくるかもわからぬ」と言って統一軍権を手放さず、自らの国を勃興させ戦乱の地を平定したのであった。その後も幾つか戦争はあったものの、屋台骨が揺らぐことも無く二百年後の今日まで続いている。それが我が祖国、ゲラニア覇王国である。


 その国の王都は、王の名をそのまま冠したメレスディフという名前であった。


「あー疲れた……」


 乗合馬車に揺られてかれこれ5日間。ようやく私はこの王都メレスディフにたどり着いた。乗合馬車の駅舎には様々な人が行き交っている。田舎では決して見ることのない雑踏にくらくらしつつも、「王都に来た」という実感が湧いてきた。周囲には田舎から出てきたばかりの右も左も分からない人間に物を売りつけるべく、美味いだの安いだのと声を張り上げている物売りがたくさん居る。スリや置き引きも多く、初めて来たときは実に辟易したものだ。思わずスリの手首の関節を外してしまいゴロツキどもに顔を覚えられ、それ以来このあたりは歩きにくくて仕方がない。


 そんな駅周辺の人混みをかき分けて、王都の中央へと大通りを進んでいく。


 駅から離れて中央に近づくほど喧騒は去り静かになっていく。猥雑な部分は駅舎周辺に限られ、そこから大通りを歩いていけば官庁や教会、あるいは学校といった、静謐が求められる場所が増えていく。王都は様々な地域から人が来るために高貴な人もそうでない人も、肌の白い人も黒い人も集まる。流石に魔族は見たことはないが人間と交流を好む異端の魔族も居るらしく、冒険者として忍び込んでいることもあるとかないとか、まことしやかな噂が流れることもあった。


 そして都市の大通りを歩いていく内に、それはそれは壮麗な、白亜の建物が目に映った。


 規律正しい番兵が常に見張っているそこは、この王都における最高学府の一つ。貴族の中でも特に由緒正しく、なおかつ、将来を嘱望される有能な人材のみが入ることを許される選ばれし学校だ。建国以来多くの優秀な官僚や精強な軍人を排出してきた伝統重きこの学校はまさしく王都メレスディフの看板の一つだ。


 当然、このゲラニア国立貴族学校は私が通っている学校などではない。


 その横をすり抜けて通りを歩いていくと、赤煉瓦作りの建物が見えてくる。瀟洒な窓に天を衝く青銅色の尖塔は見目麗しく、王立貴族学校ほどの威容は無いにしても十分に人を魅了する佇まいをしている。詩歌や音楽、歴史に美術、そして魔術を利用した新芸能といったあらゆる芸術芸能を集積するここは、まさにこの国に咲く文化という名の一輪の華だ。


 当然、このマール文化学院は私が通っている学校などではない。


 さらにこのマール文化学院の通りを曲がり、中央から離れるように東へしばらく歩いて行くと、灰色の煉瓦づくりの、何の変哲もない建物が見えてくる。無残に空けられた穴を木の薄板で無理やり覆っているのがいかにも野暮ったい。ここは自由闊達なことで知られる、王都でもそこそこ有名な魔術学校だ。自由闊達で知られているというのは何も良いことではない。「あそこの学生は自由すぎる」という揶揄も含んでいるからだ。怪しげな魔道具を作ったりいかがわしい魔術触媒を作っているかと思えば、ダンジョンへと繰り出してこれまた怪しげな魔物を狩って珍妙な魔術儀式を執り行っていたりしており、魔術のことがまったくわからない市民からは「闇の魔術結社ではないのか」という猜疑の目で見られている。魔族が忍び込んで生活する隠れ蓑ではないかという噂が流れることすらあった。


 残念ながら、これこそが私の通うエルンスト魔術学校であった。


「改めて見ると、他の学校よりきたない……」


 ま、こんな佇まいでも愛すべき母校だ。


 卒業までの短い学生生活が再開しようとしていた。


◆◇◆


 学舎の中を歩き、奥にある女子寮へと向かった。


 廊下を歩けば、魔道具や魔術触媒を研究している連中達による打ち鳴らすやかましい音が聞こえてくる。どこかで何かが爆発しているのは日常茶飯事だ。この喧騒を聞くと帰ってきたという実感が湧いてくる。最初来たときは面食らったものだが今で離れたものだ。


 そして寮の受付に行き、見慣れた顔の寮長に挨拶する。

 寮長は三十絡みのブロンドの長髪の女性で、ぶっきらぼうだが頼りになる人だった。

 目礼するとひょいと手をあげて挨拶してくれた。


「おう、おかえりアイラ」

「はい、ただいま戻りました」

「お名前と身分証をどーぞ、一応規則なんで」

「はい。群は闘争、テンドー門下、アイラ=カーライルです」


 私はここでの身分を名乗ると同時に、腕輪を示した。


 ぐんと言うのは、この魔術学校における学部学科のようなものだ。


 魔術を活用して戦いの腕を磨く「闘争」の群。魔道具や魔術触媒などを研究し新たな物を生み出すことを旨とする「技巧」の群。魔術の成り立ちやその根源を模索し、数学や哲学といったものと絡めて「人間とはなにか」、「魔術とは何か」、「世界とは何か」といった深遠な命題を追求する「真理」の群。この3つに別れる。私は名乗ったとおり、闘争の群に所属していた。


 腕輪の方は、この学校の生徒であることを示す証だ。腕輪には赤の魔結晶が埋め込まれ、そこに自分の名が刻まれている。これといった魔術が込められているわけではないが、結晶に刻まれたものは偽造が難しく身分証としても使われる。プロともなれば書き換えはできるらしいが、書き換えた痕跡までは消せなかったり劣化してしまうらしい。


「確認したよ。ほら、部屋の鍵」

「はい」


 寮長から鍵を預かり、久しぶりの自分の部屋へと向かう。


 寮における私の部屋は3階の東端にある。入り口から遠く不便ではあるが、校舎とは反対方向なので静かで助かる。まあ隣人がうるさいのでそのメリットも帳消しかもしれないが、狭くとも住み慣れた我が家だ。


 さて、それでは寮長から預かった鍵を取り出して、鍵穴に……。


「あれ」


 手応えがおかしい。


 解錠できない……というより、既に開いてる。


「誰だっ!!!」


 扉をばたんを開けて部屋に飛び込む。


 棚、特に荒らされてはいない。


 ベッド、これも問題ない。


 テーブル、空いた酒瓶が転がっている。


 机と椅子、人間が座っている。


 鮮烈な赤い長髪、くたびれた白衣、蠱惑的なまでにすらりとした体。

 そして漂う甘やかな不思議な香り……そう、この子は。


「ディエーレ! 何してるの!」

「おや? お早いおかえりだねぇアイラ」


 私の部屋で机に向かっていた女は、ディエーレ=ドランヴ。

 当たり前のように椅子に座っているが、本来は隣部屋に住む子だ。

 当然、私が部屋を間違えたわけではない。


「あなた、また解錠術使ったのね……」


 この子はやたら器用で、勝手に友達の部屋に潜り込む悪癖がある。

 掃除が下手で自室が汚すぎて自室に帰りたがらないのだ。

 色々と恩がなければ叩き出すところなのだが……。


「いやあ簡単すぎて鍵をかけてるという意識が無いのかと思ってねぇ」

「ったくもう……で、何してるの」

「論文執筆」

「自分の部屋でやりなさい。しかもまったく酒まで持ち込んで……ていうかそれ、捗るの?」

「他人の部屋で、お酒飲みながらやると妙に捗るんだよねぇ。キミもどう?」


 ディエーレはけらけらと笑いながら私にグラスを向ける。

 葡萄酒とも林檎酒とも違う、青臭さの混ざった甘ったるい芳香が漂う。

 彼女自身で調合した薬草酒だろう。


「飲むわけ無いでしょ! 片付ける!」

「ちぇ、仕方ないなぁ……」


 この子、妙に他人の部屋に入り込みたがるんだから困る。

 ディエーレの重い腰をあげさせて散らかった机の上を片付けを始めた。

 酒瓶やゴミはとりあえず一纏めにして、ゴミの日にまとめて出すか……。


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