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25話

 お見合いを無事に終えて屋敷に帰ってメイド達に首尾を話したら、まるで戦地からの夫の帰りを待つ家族の如く盛大にホッとされた。特にアーニャなどむせび泣かんばかりの様子だった。結婚式もまだまだ先なのにこれでは先が思いやられる。


 翌日には「お嬢様には結婚前に、カーライル家の伝統料理を極めて貰わねばなりません!」「いや、やはり先代の奥方様の刺繍を!」などと嫁入り修行をさせようとするものだから、つい、


「ははぁ、それでここにやって来たというわけですか」

「匿って欲しい」


 最寄り村へと逃げ、野良仕事をしていたアイザックに事情を話すのだった。

 アイザックが苦笑いを浮かべて答える。


「まあウチの嫁も心配してただけですんで、そう嫌わないでやってください」

「嫌ってるわけじゃあ無いけど、アレに付き合ってたらいつまでたっても学校に戻れないのよね……。まあ冗談はさておいて、村長に呼ばれてるんだけど今居るかしら?」

「ええ、おります。……となると、あっしも準備せにゃなりませんな」


 アイザックはそんな意味深な言葉をつぶやく。


「準備? アイザックも聞いてるの?」

「ええ、村で戦士をしているものは大体」

「ふーん……?」


 なんだろう。良からぬことではないと思うのだが。


 ともあれ村長の家に行こうと踵を返すと、


「あ、お嬢様。そちらではなく村外れの道場の方に行ってください。村長にはあっしから伝えます」

「あ、うん、わかった」


 よく事情はわからないが、言う通りにすることにした。


◆◇◆


 この村には剣術道場がある。


 と言っても、辛うじて雨露がしのげる程度の簡素な建物だ。武具や木剣は村人が各々管理しているし、素振りを当てるための木の杭などの訓練器具も外に置かれている。建物の中は板張りの部屋があるだけで、そこは本当に何もないがらんどうだ。


 ……いや、一つだけあった。看板がある。


虎牙兵法こがひょうほう


 それはそれは実に雄渾ゆうこんな筆使いで畫かれた看板があった。


 虎牙兵法とは、このあたりの地域に古くから伝わる剣術……というか、闘争術だ。剣や槍、斧、あるいは打蹴投極といった、人や魔物と戦うための教えである。このあたりで戦うための術を習うとなれば大体これだ。アイザック達もこの流派に属している。おそらくはコネルの使う剣術も、元を辿れば同じ流派へと辿り着くだろう。まあ向こうには向こうの剣術道場があるので今では完全に別流派という扱いだろうが。


 で、私はそこで待っていたら三々五々と村の男衆が集まってきた。


 皆、真剣な面持ちだ。普段のおちゃらけた様子がない。


「ええと……お祭りの準備か何か?」

「いえ、その……村長からお話がありますので」


 やってきた村の男に尋ねても、今ひとつ要領を得ない。


「すまぬ、お待たせ致した」


 そうこうする内に、村長がやってきた。


 禿頭で老齢による痩せが体に現れているが、声や立ち振舞いは矍鑠かくしゃくとしている。

 何より目つきが若い。

 領主の家の私としては頼もしい限りだが、その下の人達は中々大変だろう。


「お久しゅうございます。アイラお嬢様」

「村長、こちらこそ挨拶が遅れてごめんなさい。……ところで」

「はい」

「……なんでみんな、下座側に座ってるの?」


 私はなぜか、建物の扉から離れた方の椅子に促されていた。

 そして村人達は板張りの床に直接腰掛けている。


 身分を考えれば妥当に見えるだろうが、道場における席次はまた別の問題だ。

 そもそも……。


「私、ここの門下生ではないですし……」


 そう、私の師匠はあくまでお祖父様だ。


 お祖父様と村長は同じ流派の剣術を使うが、私は村長に師事したことがない。身分の違いや様々な事情があり、村人と共に鍛錬するということはなかった。言うなれば同じ流派の中での派閥や別門下みたいなものだ。もっともお祖父様が剣を教えたのは私と弟だけなので派閥などとは言えない規模ではあるが。


「ええ、アイラお嬢様は我らの剣術、虎牙兵法こがひょうほうの門下ではございませぬ。ですが、技は同じ。先代様と儂の師匠は同じですからの。ですが先代様は亡くなられ、あなた様に剣を教える者は今、おりませぬ」

「ええ、そうね。魔術の師匠はいるけど、剣はね……」

「ですがお嬢様、そなたは奥義『七紋雲雀しちもんひばり』を体得し、さりながら技に溺れず義によって人を助けました。これは我らが虎牙兵法における認可を与えるに足る功績にございます」

「認可?」

「虎牙兵法が認可、『義兵』の位を授けましょう」

「ええと……ありがとうございます?」


 私がきょとんとした顔をしているのを見て、村長はおかしそうに笑った。


「さてはよくわかっておりませんな?」

「その……申し訳無いのだけれど、お祖父様からそういう認可とか全く聞いて無くて……」

「あー……」


 村長が、しまったという顔をした。

 それを見てアイザックが進み出てきた。


「お嬢様、認可とはつまるところ剣術の段位や位階のようなもんですが……これは、外でも通用します。何がしかの剣術で認可を受けていれば仕事も受けやすくなりますし、何より箔が付きますから」

「なるほど」

「で、虎牙兵法における義兵というのは、他流派における奥伝とほぼ同じですな。師範や師範代になったり看板を背負って立つと言った流派の運営に携わらない者としては、最も格上の認可です」

「ええと……貰っちゃって良いの? 確かに奥義はできたけれど、魔道具の補助があってこそだったし……」


 確かに私は、七紋雲雀を放つことができた。

 だがそれは、魔道具や魔術などえ自分の実力を嵩上げした上で初めて出来た技だ。

 会得したとは言い難い。


「なに、どんな武器を使おうが、出来たものは出来たものなのです。取り消せはしません。それに大事なのは、もう一つの方。人を助けたということが大事なのです」


 コネルとの一件を言っているのだろう。

 私がコネルと戦い勝ったことを、アイザックは確かに見ていた。

 それを村長に報告し、こういう流れとなったわけか。


「ま、冒険者や剣術家でも無い限りあまり意味の無いものではありますが、受け取ってくだされ。先代様がご存命でしたらこうしていたでしょうから」

「……お祖父様がそうしていたなら、貰わないわけにはいきませんね」


 村長が、羊皮紙に書かれた書状と木彫りのお守りのようなものを持ってきた。

 書状には

「アイラ=カーライル、義によって立ち人のために身を挺す功績を認め、ここに義兵の認可を授ける」

 と、実に達筆な字で書いてあった。

 木彫りのお守りは、この門下を示す記号をそのまま木で掘ったものだ。

 手に取った瞬間、不思議な重みを感じた。


「……ありがとう、大事にします」


 それを聞いた村長が、


「肩の荷が降りました。先代様も喜んでおられることでしょう」


 と言って、優しく微笑んだ。


 お祖父様と無二の親友の村長からそう言われると、私も嬉しい。

 弟にもいつかこんな日がくれば良いと思った。


「さて、それでは前置きが終わりましたな」

「へ? これが用件じゃなかったの?」

「これはこれで大事な用ですが……認可を授けたということは、奥義を授けるということでもあります」

「奥義……七紋雲雀、以外に?」

「そうです。おそらくはこの技、先代様から教わってはおらんでしょうから。先代様からはどんな技を教わりましたか?」


 そう言われて、お祖父様が見せてくれた技を思い返す。


「ええと、私が覚えたのは……まず基本の斬撃の鷹、居合の隼、刺突の鴉……そこから派生する技を幾つか。あとは鴎脚かもめあしとかの無手の技。奥義としてお祖父様が見せてくれたのは七紋雲雀だけです」

「では、残る技をお教えいたしましょう。皆、よいな?」


 村長が重い口調で尋ねると、周囲の門下生達もまた、重く頷いた。


「では、奥義伝授の儀を執り行いましょう。……その名も、『きぬた』、そして『砧返きぬたがえし』」


 その言葉を呟いた村長の目が、猛禽の如く光った。


 私はこの目に、見覚えがある。


 お祖父様が初めて私を連れてダンジョンに繰り出したときの目だ。


 弟子に凄まじい難行を与える、師匠の目だ。


◆◇◆


「おっ、お嬢様! いったい誰にやられたんですか! おのれ狼藉者め! 嫁入り前の女子にこんな真似をするなんて……!」

「ちっ、違う、違うからアーニャ! ともかく……湯浴みをお願い……」


 ぼろっぼろになって屋敷へと戻ってきた私を見たアーニャは、てっきり乱暴でもされたのかと勘違いしたのだろう。ひどく狼狽しながら私を介抱してくれた。


「あー、村長の鍛錬、本当にキツかった……」

「……ああ、なんだ、剣術の訓練でしたか。びっくりさせないでくださいまし」


 アーニャは手のひらを返すように呆れた態度をとる。ひどい、もっと心配してほしい。


「もう、道着を着てるんだからわかるでしょう」

「そろそろ王都に戻られるというときにそんなボロボロになってる婦女子なんておりません」


 アーニャが手厳しく返すが、居る者は居るのだから仕方ない。


「学校を卒業したらすぐ戻ってくるから、お土産期待しててね」

「ああ、冗談を本気になさらないでくださいまし。……あ、でもお菓子にかぎらずお料理や服など何か流行のがあれば頭に入れて教えてくださると助かります」

「あなたこそ本気じゃないの、まったく」


 そう言いながら、私は痛めた身体に鞭打ちながら王都へ戻るための荷造りを始める。


 ……しかし思い返してみると、激動の帰郷だった。

 学校の友人達への土産話も随分と増えた。

 会っていないのは二週間程度なのに、妙に懐かしく感じる。

 今頃何をしているだろうかと思いを馳せる。


 これから始まる最後の学園生活が、不思議と楽しみに感じた。





第一章 姉は飛び去った/妹は舞い戻った 完


第二章 紅魔女は導いた/蒼騎士は立ちはだかった へ続く


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