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24話

 ウェリング家の決闘騒ぎが終わってカーライル家の屋敷に戻り、また数日が経った。


 お父様はターナー家の処遇をどうするかの打ち合わせで忙しく、ブルック様と何度もターナー家の領地に通っていた。どうやら相当向こうの家の財政状態は悪いらしく、コネルの行動もそれを何とかしようと考えた上での暴走だったようだ。ウェリング家に対しての乱暴だけに留まらず、別方向で接している領地にもケンカを売ったり領地の境目の利権を奪ったりとやりたい放題だったようで、ますます利害関係が複雑になってきたと父が悩ましげに愚痴を漏らしていた。「借金が返ってこないと覚悟せねば」「もう取り潰しを国に進言するしかないかもしれん」などと疲労困憊の表情で呟いていたのを聞いて、私はもう巻き込まれないよう距離を取るしかなかった。私の方からは要求するものは無いのでお父様達の方で好きにやってください、と言うしかない。


 ターナー家は、我が家よりも武門の色が強い。昔ならば戦争での戦場働きで稼ぐことができて羽振りも良かったが、大きな戦がほとんど無い今現在では凋落の一途を辿っているということなのだろう。お父様はなんだかんだで領地経営は上手いが、ターナー家はそうではなかった。時代の移り変わりに翻弄されたという点では可哀想な話だ。明日は我が身かもしれない。ただコネルの狼藉に困らされた者も少なくない。特に、境界線付近の村人達がコネルを恨んでいるのは確かだ。今コネルはおとなしくしているらしく、裁きにも応じる態度を見せている。真摯に償ってくれるならば私から言うことは何もない。


 となれば次にやるべきことに目を向けなければいけない。


 ウェリング家での二度目のお見合いだ。


 既に当人同士で意思は固めたようなものなのだが、家同士での取り決めという面もある。形式上、お見合いを開いて当主どうしで話し合いをしなければならない。


 なので私とアドラスよりも、父親同士の話し合いがメインになるのだが……


「ねえ、アーニャ……?」

「お嬢様、じっとしててくださいまし」

「その……まだかしら?」

「まだです!」


 二度目のお見合いの日の朝……というより夜明け前に叩き起こされた。

 随分早い時間からメイドや使用人達がはらはらしながら私のドレスを見繕い、髪を手入れしていく。

 癖毛を直すために早くから湯浴みの用意をされ、それが終わってもあれやこれやと何着も服を着替えさせられ、メイドたちが「これが良い」「いや、流行はこの服だ」「いやいやアドラス様のお好みに合わせるべきでは」などと議論に議論を重ねている。

 私自身どのような出で立ちで行くべきか迷っていたが、メイド達ほど真剣ではなかったかもしれない。まるで人形になったような感覚だ。自由が全くない。


「よし、これで宜しいかと!」

「お嬢様、お綺麗です!」

「完璧です、お嬢様!」


 と、口々に褒めそやされる。なんだろうこの空気。


「……ええと、その、アーニャ?」

「なんですかお嬢様!」

「私も、その……私も緊張してるというか、思うところはあるのだけれど……」

「そりゃそうでしょうとも」

「でも、あなた達の方が気合入ってない?」

「お嬢様」

「はい」


 アーニャの目がすわった。怖い。


「まず、グラッサお嬢様が逐電致しました」

「そうね」

「紆余曲折あって、アイラお嬢様がお戻りになられ、お見合いなさいました」

「うん」

「ですがそのときは、お話は流れてしまいました」

「そうよ」

「で、その後アイラお嬢様は虎の首を落とし、コネル様の首を絞め落とし、八面六臂の大活躍をなさいましたね?」

「そ、そうだけど」

「お嬢様」

「はい」

「もし万が一、アドラス様とのお見合いで何かが起きて失敗されたら、余程の豪傑でない限り娶る人などございません」

「そっ、そんなことは無いと思うけど……! 大体私より強い人なんて幾らでもいるじゃない!」

「この国全体ではそりゃ居るでしょうけど……学校ではどれほどいらっしゃいますか?」

「私より確実に強いのは二人ね……。私と大体互角なのが二人」

「その中で、男性の数は?」

「……三人」

「エルンスト魔術学校の学生数はどれほどいらっしゃいますか?」

「学年全部で……五百人くらい……? 学生の身分じゃなくて研究者や職員含めたら八百人は越すけど……」

「お嬢様。五百人居る中で三人しか居ないようなお相手を探すのはとてもとても苦労がございます」

「あ、アドラスはそんなこと気にしないから大丈夫よ! 失敗も絶対にないわ!」

「あら」


 私がそう言うと、珍しい物でも見るかのような顔をした。

 他のメイド達も驚いたような顔をして、ややあって皆、にやついた顔をしていた。


「な、なによ……」


 不気味だからやめてほしいのだけれど。


「いいえ、なんでも。そう仰るのであれば私の取り越し苦労でございました。申し訳ございません」

「……慇懃無礼ね」

「私はお嬢様の心配をしてるだけにございます。……あ、そうそう、一つ言伝がございました」


 と、また普段の調子に戻ったアーニャがそんなことを言った。


「言伝? 誰から?」

「村長です。一度、道着を用意して着てほしいと」

「あ、うん。……でも、何かしら? 珍しい」


 アーニャの村の村長は、お祖父様とは身分が違えど無二の親友だった。戦争があった頃はお祖父様の従者のようにつきそって同じ戦場を駆けずり回ったらしい。私が子供の頃、面倒を見て貰ったことが何度かあった。前にダンジョン探索の後に村に逗留したときは村長も忙しかったらしく、顔を合わせることができなかった。一度挨拶くらいしておかねば。


「どうせ剣術やらなにやら荒っぽい修行でもするつもりのようですから、無視しても構いませんよ? まったく、村の男衆はどうにもガサツで困ります」

「え、普通に行きたいんだけど」

「あんまり影響されないでくださいましね」


 ……今更言われてもなぁ。子供の頃からお祖父様に剣術を教わってきたし。


「まあともかく、お見合いがちゃんと終わってから顔をだすわ」


◆◇◆


 そして再びお父様とともに馬車へ乗り、ウェリング家へと向かった。


 ウェリング家のお屋敷も、何というか勝手知ったる我が家の如くという感じだ。

 なんとなく使用人達の顔も覚えてしまったし、向こうも快く出迎えてくれる。


 お父様も、向こうのご夫妻も、最初のお見合いとは違って和やかな雰囲気だ。

 まあ私は既に結婚の意思を固めていて父に伝えているし、アドラスも両親に結婚の意志を伝えていることだろう。今回の見合いの席は、当主同士の打ち合わせや結婚の段取りの相談などが主な目的だ。初めての顔合わせに比べればなんと気が楽なことだろう。


 ……まあ、改まってこういう場で顔を合わせることに照れを感じなくも無いのだが。


 鎧姿を見せることが多かったので改めてかしこまった出で立ちを見せるのは、その、恥ずかしい。


 私は照れを隠すように、頭の中で雑談のネタをとにかく思い浮かべる。

 つい口をついて出たのは仕事の話だった。


「そういえば、今のお仕事は大丈夫なのですか? 色々と慌ただしかったでしょうし、魔道具作りなど大変では」


 そう尋ねると、アドラスは苦笑い気味に答えた。


「大丈夫、ちゃんと片付いたとも。もうあれだけ忙しい状況は無いさ」


 そしてブルック様がお騒がせしてすみませんとばかりに申し訳無さそうな顔をする。

 いえいえどういたしまして。

 というかこんな場で嫌なことを思い出させてごめんなさい。

 みんなこういう場での上手い雑談を何処で覚えているのだろう。私はまだまだ未熟だ。


 そう思っていたところ、


「ところでアイラ殿、学校の方は大丈夫なのですかな?」


 ブルック様がそう尋ねてきた。


 学校か……慌ただしくてすっかり忘れていた。


「そうですね……休みを申し出たのは一ヶ月以内なので、もう少ししたら王都に戻らねばなりません。夏の卒業式を終えたら問題なく戻れるのですが」


 そう、私はまだエルンスト魔術学校を卒業していない。


 ただ、卒業のために必要な課題は既に合格しているため、全く焦っていない。何か事故でもない限り、このまま自分の地元に居て卒業式だけに顔を出しても問題ないはずだ。しかし今年度分の授業料は既に納めているから授業を受けないのも損だし、王都の寮の部屋を引き払う準備や学校の所々の用事を片付けなければならない。


「となると、結婚式の準備などはその後じゃな」


 ブルック様がそう言うと、周囲の皆が頷く。


「まあ、年内にはつつがなく執り行えるでしょうな」

「すみません、式が終わりましたらまた急ぎ戻りますので。それと、この場で言うのも何なのですが……ひとつ王都で片付けなければいけない仕事がございます」

「仕事? 何かお仕事をしてらっしゃるの?」


 奥方のメリル様が好奇心を覚えたような顔で尋ねる。

 ごめんなさい、そういう楽しい話じゃないんです。


「姉と、冒険者の行方を探す依頼を出そうかと……」


 ……私がそれを言うと、「それがあったか……」と言わんばかりに皆、頭の痛そうな顔をする。

 お父様など手を額に当てて本気で偏頭痛でも覚えてそうな様子だ。


「そ、そういうことであれば冒険者ギルドに紹介状を書こう、なあグレン殿?」

「う、うむ。儂とブルック殿の連名で書けば冒険者ギルドもそれなりに重く見るでしょうな」


 ブルック様が声を落としながらそう提案してくれる。

 なんか、その、こんな話題を出してすみません。でも全員揃って話をする機会ってそんなに無いし……。

 と思っていると、アドラスが口を開いた。


「アイラ。実は僕も王都に用事があるのだ」

「アドラスも?」

「魔道具の品評会や展示会があって、顔を出さねばならない。魔道具の顧客は王都にも多く、挨拶回りなども定期的にせねばならない。よければそのとき一緒にギルドに行こう」


 なるほど、当たり前かもしれないがただ魔道具を作るだけでは無いのか。


「もっとも幾つか雑務を片付けてからになるので二週間は動けないな。アイラよりも遅れて王都に向かうことになると思う」

「いえ、そのくらいならば一緒に行きましょう。二人で行けば話も通しやすいでしょうし」

「うむ……それに、フィデルの代わりの冒険者もまだ派遣されない。クレームをつけねばならない」


 ううーん……また皆、頭の痛そうな顔をしている。

 コネルに付け入られる隙が出来てしまったわけだし……。


「ま、色々と問題はあるだろうが、一つ一つ解決していきましょう。大丈夫ですとも、どうにもならない問題なんて本当はあんまり無いんですから」


 アドラスが明るい顔をして言った。

 彼は、悩み、苦しみ、それを吐露することはあっても、絶望はしなかった。


 だから、私も彼を支えられるとしたら、それはきっと幸せなことなのだと思う。


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