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22話

 私の決闘の申し出はコネル達にとって予想外だったが、結局受け入れられた。

 コネルは受け入れるだろうとは思っていた。


 私の屋敷ですれ違ったとき、あいつは思ったはずだ。


 俺のほうが強い、と。


 こいつは、そこに付け入る男だ。


「言っておくが、魔道具の類は使うなよ!」

「なんだと!」


 私が怒りの声をあげると、コネルは馬鹿にしくさった態度で肩をすくめた。


「当たり前だろう、仮にも剣を手に取る貴族がそんな卑怯な手に頼るなど、恥にも程があるだろう」

「そうだ!」「成金め! 金に物を言わせて勝つつもりか!」「俺にもよこせ!」


 コネルは手下達に言い含めていたのか、妙にリズミカルに罵声をこちらに浴びせかける。


「魔道具職人の屋敷だとわかって手加減しろと要求するとは、恥を知れ!」

「小細工など弄する方が悪いのだ! 成り上がりの恥知らずが! 大体、魔道具職人だろうと商人だろうと、貴族でありながら弱いのが悪いのだろう!」


 清々しいほどに自分の我儘を要求する男だ。

 だが、それも予想通りだ。

 むしろ意図通りにするために文句をつけた。これで良い。


「……なら、コネル。魔道具を使わず自分の使える力だけでお前を倒すなら、納得するんだな?」

「おうとも。男に二言はない。そうだろう皆?」

「ああ、そうだ!」「コネル様に勝てるならの話だがな!」


 コネル側の立会人は自信ありげにげらげらと笑う。

 まったく、連中の言葉もどれだけ信じられるものやら……とは思ったが、立会人が認めたのは小さくない。


「お嬢様、これを」

「うん」


 アイザックが剣を持ってきてくれた。

 私の愛用している片手剣だ。

 魔剣でも名剣でもない、飾り気のない一振りだ。

 先端に反りが入っており、斬撃、刺突、なぎ払い、どう使うにしても難が無く気に入っていた。

 ブラッドタイガーの首を飛ばすことはできなかったが、それでも十分に頼りになる。


 それを見たコネルがほくそ笑んだのを感じた。

 コネルは偉丈夫であり、腕も足も丸太のように太くそして長い。

 そして得物も、太く長い。両手持ちの巨大な直刀だ。

 私の剣でまともにやつの直撃を受ければ、それだけで壊されかねないだろう。


「何やら可哀想な気分になるが、尋常な決闘だ。恨むなよ」


 コネルが剣を鞘から抜き払い、進み出た。

 私も同じく、進み出る。


 周囲の皆が私達から距離を取った。

 誰が命じるでもなく、円になって囲むような形になる。


「こちらの台詞よ」

「戯言を良いおって」


 そしてアイザックが決闘の合図のため、篝火の火を松明に移して声をかけた。


「二人共、よろしいか」


 私もコネルも、頷く。


 それを見てアイザックが、松明を真上に放り投げた。


 松明の炎の残像が軌跡を描き、そして地に落ちた――その瞬間、


「ちぇりあああああッッ!!!!!」


 凄まじい勢いの大上段の一閃が、おぞましい速度で私の脳天に襲いかかった。

 だが、一撃必殺を仕掛けてくることはわかっていた。


 想定通りだ、私はコネルの利き手の反対の方向に飛びのける。

 そして、


「逃げるか貴様ぁッ!」

「はん! 試合場なんて無いのよ!」


 私は背を向けて全速力で駆けていた。目指すはコネルの立会人の人垣だ。

 農夫達の間をすり抜け、飛び越え、ついでに殴り、自分の道を開く。


『…………』


 そしてこちらの姿を見失った隙に、農夫の一人を踏み台にしてコネルに横っ飛びに斬りかかる。


「卑怯者め!」


 上手く防がれた。

 相手の剣の長さは攻撃力のみならずそのまま守りの堅さとなる。

 こいつも長剣使いとしての立ち回りは覚えている。

 生来の短気さを上手く抑え、不用意に動かずに私の剣を防いだ。


『……………っ!』


 一撃、二撃と振るうが、コネルのなぎ払いを察してまたも後ろに引く。


「喰らえぇああっ!」


 ぶおんと空気を切り裂く音が響き渡る。

 凄まじい剛力だ。断ち切られた草が舞い散っていく。

 一瞬遅れていたら私の首が舞っていたかもしれない。


「はっ! 今日は調子が良いぞ! 絶好調だ!」

「そうね、コネル。あなたの剣は凄い。類まれな剛剣ね。そこは褒めても良い」

「決闘前に気付いておくべきだったな!」


 再び間合いが付かず離れずの距離になる。

 奇しくも決闘の始まりと同じ立ち位置となった。

 さて、仕切り直した。


 だが、細工は流々だ。


◆◇◆


「きぇあああああッ!!!!」


 お得意の大上段の振り下ろし。大地を割らんばかりの勢いはアイザックの戦斧よりも恐ろしい。

 全力で躱す。反撃の糸口がつかめないほどの風圧が私を襲う。


 こいつは馬鹿だが、強い。


 というより、馬鹿であることは一つの強さだ。


『……』


 彼我の戦力差を冷静に分析し勝ち負けを正確に見い出すことだけに腐心する者は博打が打てず、偶然性を掴み取ることができない。もちろん、戦力差を埋めようと一つ一つ着実な研鑽を積み重ねる者はいるしこれもまた侮れない人種だ。だが、博打を打って偶然を掴んできた馬鹿は、二段飛び三段跳びで強くなる。コネルはその典型だった。子供の頃から魔物退治のために無謀とも言える姿勢で戦いを経験していた。今もそれは変わるまい。自分について本来持っている力量以上の人間であると思い込み、それを実現するために魔物や盗賊に挑んで勝利し、己を肥大化させてきた。無理を通せば道理が引っ込むことを信条にして様々なものを蹴散らしてきたことだろう。


 だがしかし、問題がある。


 私達にとっての問題は、そのコネルの通そうとする無理は他人の事情なんざお構いなし、ということだ。奴の敵対者は奴の手前勝手な行動に痛めつけられ、奴の手下も奴の野心に巻き込まれる。奴は自分が、統治者としての才に恵まれていると思っていることだろう。だが実際は、奴の行先は焼け野原だ。


「どうしたどうしたァ! 逃げるしかできないのか!」


 そしてコネル自身にとっての問題もある。それは、ただ馬鹿であるということで得られるのは二流の強さだということだ。自分を肥大化させつつも頭の何処かで自分の実力を冷静に勘案できない人間は、一流の人間には敵わない。高慢と謙虚を自分の中に同居させることのできない人間は、一流にはなれない。


「しゃっ!」

「おっ! 攻めるか! だが軽いな! 軽すぎる!」


 距離を詰めて足と篭手を狙いコンパクトに斬撃を放つ。だがコネルは長剣を傾け、最小限の動きで攻撃を防ぐ。どっしりとした剣さばき。絶対の自信があるからできる防御だ。


 私もまた、一流ではない。少なくとも壁を突き抜けるためには私だけでは駄目で、今こうして攻撃を防がれている。虎牙義戦窟で奥義にこそ目覚めたものの、アドラス様のこしらえた魔剣があってこそだ。それがなくては私もまた、二流だ。


「ちぇりゃああっ!」


 剣の長さを最大限に活かした、真横のなぎ払いが襲ってくる。

 地面にへばりつくように一心に身を低くする。髪と草が舞った。


『……』

「遅いぞ! どうしたどうした!」


 剣が伸び切った隙を狙い懐に飛び込むが、丸太のような脚が私に襲いかかる。


「ぐっ……!」


 やつの前蹴りを避けきれない。

 蹴り飛ばされる。

 後ろに飛びつつ勢いを殺すが、凄まじい衝撃が胃の中で暴れる。


「はぁ……はぁ……! そろそろ、年貢の納め時だな……!」


 立会人達は距離を取っている。

 私が人だかりの中に逃げることを警戒しているのだろう。


 だが目くらましの役には十分に立ってくれていた。


「喰らえっ……!」


 コネルが裂帛の気迫を込めて袈裟懸けに長剣を振るった。


「てえりゃああっ!」

「なにっ!?」


 この決闘で初めて私は、奴の剣を真っ向から受けた。

 ぎぃんと、金属の軋む嫌な音が響き渡った。


 そのまま鍔元でぎりぎりとせめぎ合う。


「なっ……なんだ貴様! どこにそんな力が!?」


 コネルの目は驚愕に染まる。


「どこにって……大した力じゃないわ。私が自身を強化できても、ようやく男の戦士の腕力に届くかどうか。悔しいけどお前みたいに天賦の才と体を持った人間には中々届かない」


 一歩、踏み込む。


 コネルは押され、ぐうと呻くように引き下がる。


「……な、なんだ、何をした……?」

「お前が不利になるようなことは何もしていないわ。お前が勝手に力を振るって、振り回されて、使い果たしたのよ」


 そう、私が使ったのは強化魔術だ。


 剛力の魔術や俊敏の魔術を使った。


 ただし、私にではなく、コネルへと付与した。


 違和感を覚えないようにわずかな効力で、だが、少しずつ強くしていった。


 あいつは自分の湧き上がる力を己の物だと思ったことだろう。


 普段以上に動く手足を、自分に潜在する力の発露だと思ったことだろう。


 だが、普段以上の力を引き出せばしっぺ返しは来るのだ。


 それでもなおコネルは、体に残る力を振り絞り、剣を押し返してきた。


 剣の重みと体重を一点に集中し、私を押し返し始める。


「ぐおおおおおっ! なめられてたまるかああああっ!」

「くっ……」


 気迫に満ちた咆哮が轟いた。

 流石、ターナー家の次期当主だ。

 戦場働きで鳴らした父親に負けるとも劣らない剛力だ。


 だが、そんな堅い動きでは……。


「……ぐおっ!?」


 私は、コネルが力を集中した瞬間にすっと身を引き、そして体重のかかった脚を引っ掛けた。

 コネルは自分の勢い、自分の体重を殺せずに思い切り草むらにすっ転ぶ。


 鴎脚かもめあし。お祖父様の得意技だ。


 鍔迫り合いの最中に相手が力んだ瞬間、足払いなどのやわらの技へと瞬時に切り替える。


 最初に逃げ回ったのは、私が支援魔術を唱えているのをごまかす布石であり、支援魔術を使って敢えてコネルを強化させたのはコネルから体力と平常心を奪い取り、鴎脚を上手く決めるための布石だ。


 そしてこの鴎脚は、最後の布石だ。


「ぐっ……くそっ……! アイラめ……あれ、どこだ?」


 コネルはすぐに立ち上がり、だがころんだ一瞬で私の姿を見失っていた。


「コネル様、後ろだ……!」


 立会人が助言を叫んだ。

 それはあまり褒められた行為ではないのだが……もう遅い。

 コネルが振り向こうとした瞬間、その野太い首に私の腕が絡みついた。

 鍛え上げられた男の腕に比べればか細い腕も、こうして背中から回せばこんなにも絡みつく。


「ぐっ……きさ、ま……!」


 私とコネルの体格の差は大きい。まるで大人と子供だ。


 だからそれはまるで、父親が子供をおぶっているかのような光景だった。


 だが実際はそんな可愛いものではない。


 頸動脈を締められればどんな人間も抗えない。


「ぐっ……ぁ……!」


 コネルはもがき、苦しみ、私を離そうとする。


 しかし体力を使い果たした状態ではそれも叶わない。


 月明かりの夜の下、篝火の燃える音、苦悶にあえぐ息遣いが聞こえる。


 誰しもが固唾を呑んで見守った。


 そして


「……ここまで」


 私が手を離すと、コネルの巨体はそのまま地に崩れ落ちた。


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