21話
「お嬢様!」
夜になる前にどうにか援軍は間に合った。
私は屋敷の外で、ウェリング家の人達と共に彼らを出迎えた。
「アイザック! ありがとう!」
「すみません、若い衆が出払っちまってて十人しか集められませんでした」
アイザックが大きな肩を縮こませて言うが、戦いの経験がある十人だ、申し分ない。
「良いの、急な話なのに来てくれただけでも十分」
ダンジョンに連れ立ったジムとマークも揃っている。
他にも何人か、腕に覚えのある人間が来てくれていた。
失敗するつもりは毛頭ないが、失敗した時の備えとしてはこれで万全だ。
「ただ、当主様と他の親族様方は……」
「わかってる、お父様が来たら今度はウチとターナー家の戦になりかねないし」
お父様のような身分の高い者が加勢するのはまずい。
私は婚約者だからギリギリ許されるところだろう。
「文を読みましたので事情はわかりました。コネルの野郎が襲ってくるとか……馬鹿なことをするもんで」
「馬鹿でも腕は立つのが厄介なのよね」
「わかっておりやす。で、どうしましょう?」
「私があいつと決闘する」
そう言った瞬間、アイザックが心配げな顔になった。
「お嬢様、それならばあっしが……」
「大丈夫よ」
「しかし」
アイザックはなおも食い下がる。
だが、私はただ微笑みだけを返した。
「勝算があるんですね……あの魔剣ですか?」
「ううん、違う。魔剣を使うと決闘に因縁を付けられかねないし……。ともかく、決闘に立ち会ってくれればわかるわ」
「……お嬢様の命が危ないとなれば割って入りますぜ?」
「うん」
すんでのところで止めに入って敗北を認めることもまた、立会人の勤めだ。
もっとも立会人が勝負にあやをつけて立会人同士でケンカになることも多いのだが。
「それより、こっちの人達は魔物退治くらいしかやったことがない人がほとんど。いざというときは指揮をお願い」
「うっす」
味方の方はアドラス様を含めて5人の魔術師が居る。もし万が一、総力戦の混戦乱戦になったときを考えたとしても、戦力的に不足しているとは言えない。
だが、士気は低い。
工房の者はアドラス様に率いられて魔物退治の経験こそあるが、それでも実戦経験が足りていない。人間相手の戦いはほとんどが初陣と言っていいだろう。今も皆、不安そうにしている。
コネルの方は、おそらく荒事に慣れている連中を連れてきているはずだ。あいつの性格性質はあいつ自身に益する方向に働くだろう。敵の弱気に付け込んで味方の士気をあげる、天性のいじめっ子だ。
「士気が低くとも、出会い頭で上手く行けばなんとかなるでしょうな。……逆に、魔術が上手くいかなかったら骨ですぜ、真夜中の消耗戦になって怪我人も死人も相当増えます。遺恨が残りますな……」
「そうね」
アイザックの心配はもっともだった。
深い怨恨が残れば、子々孫々にまで影響する可能性がある。
最初こそごく小さな諍いであったものがより大きな戦を招いてしまうことも、歴史を紐解けば数え切れないほど掘り出せる。だから貴族は決闘にこだわる。
「そうならないよう、やるだけよ」
◆◇◆
屋敷の前には篝火と魔道具の灯りが周囲を煌々と照らしている。
ばちりばちりと、燃える音と味方の息遣いだけが聞こえる。
静かな夜だった。
空には雲も少なく、月が優しく地を照らしている。
こんな月明かりの夜の日、お祖父様は狩りで獲った雉や猪を土産にして、近場の村に出かけて村人の作った林檎酒をせびりに行っていた。本来ならば酒の密造は明白な脱税でありお祖父様は取り締まる側なのだが、「酒の楽しみは奪うのではなく分かち合うものだ」と言って一切文句は付けないどころか喜々として楽しみにしていた。夜空の月を見上げながら、そんなことを思い出した。
私の目論見が外れたか……と思い始めた頃、静けさを突き破る銅鑼のような大声が響き渡った。
「出迎えてくるとはご苦労だな! 尻尾を巻いて逃げるか、亀のように屋敷に閉じこもるかと思ったぞ!」
声のした方に目を向ければ、鬼のような凶相をした男が仁王立ちしていた。
コネル=ターナーだ。
そしてコネルの後ろにいる大勢の男達がげらげらと汚らしく笑った。
……二十人くらいか。
ただの数合わせであればよかったのだが、荒事には慣れている身のこなしや顔つきをしている。
おそらく昼間に来たのはただの人数合わせか、バルカとかいう男の法螺を真に受けた人間達だったのだろう。こちらが本命のコネルの手下に違いあるまい。
私はすうと息を吸い込み、そして
「こんな夜更けにやってきておいて詫びの一つもないのか!」
と、一括した。私も大声には自信があるのだ。
……しかし、こいつが来てくれて実はちょっとだけ安心した。
絶対来ると断言した手前、来なかったら流石に恥ずかしいし、慣れない武具を着て貰ってるウェリング家の手勢や加勢に来てくれたアイザック達に申し訳が立たない。
「なんで貴様がここに居る!」
「許嫁の家に居て何が悪い! お前こそ訪いの知らせも入れずに足を踏み入れて何様だ! この山猿! いや、山オークめ!」
私が山オークと言った途端、アイザック達やウェリング家の者達が爆笑した。
遊びすぎてはいけないと思いつつも、こういう場だと口が滑ってしまうのが私の悪い癖だ。
「ええい、お前はすっこんでろ! やいアドラス! お前は女の影に隠れてなけりゃ物も言えないのか!」
あ、しまった。アドラス様を無視して呼びかける形になってしまった。
だが、アドラス様は気を悪くした様子もなく、前へと進み出た。
「私が待っているのはお前とバルカの謝罪だ! 死したエリーに頭を下げろ! 人の道を知らぬ者がオークと呼ばれて怒るとは笑止千万だ!」
おお、アドラス様も言うものだ、声も大きい。
声の大きさは田舎の男の貴族にとっては大事な技術だ。
人に命令を出さなければいけないときもあるし、威厳を出さねばならないときもある。
だが何より大事なのは、こうして己が正当であることを示さねばならないときだ。
「バルカの嫁はお前らに拐かされたのだ! 俺は俺の領民の言葉を信じる! なればこそ、決闘を申し入れる!」
そのコネルの言葉ともに、コネルの手下どもが騒ぎ出した。
「そうだ! 男らしく決闘を受けろ!」
「この寝取られ男爵め! 男が怖いか!」
……なんだと。
「嫁殺しどもが口にして良い言葉だと思うな!」
私が怒りにかられて叫ぶと、腹の立つことにコネルはにやりと嘲笑った。
「はん、お前のような跳ねっ返りならば寝取られ男爵に執着するのも仕方あるまいな! さぞ男に困ってると見える!」
「その跳ねっ返りに求婚して断られたのはお前だ! 婚約者を捨てて出奔するような女に執着してたお前が言える言葉ではない! 大体お前は、グラッサお姉様に何度言い寄ったのだ! 十か! 二十か! いや十年以上ふられ続けたのだからそんなに少ないはずもないか!」
「愚弄するか貴様ぁ!」
今度はコネルが青筋を立てて怒った。人を馬鹿にしたのはお前だろうに。
だが互いに挑発と前口上は済んだ。
そろそろ決闘と行くか……と思ったあたりで、アドラス様の怒りに満ちた声が響き渡った。
「私を誹謗するだけならば見逃してもよかろう! だが、我が妻となる者を愚弄するならば全員生かして帰さんぞ! コネルはもちろんのこと、今笑った者も、覚悟は良いのだな!」
その言葉で、コネルの部下達はどきりとして口を噤んだ。
コネルはまだしも、手下達はアドラス様を怒らせたことに怯んだようだ。
魔術師を敵に回すことの厄介さくらいは知っているらしい。
そして、それよりも大事なことがあった。
妻。
はい、私が妻です。
そう言われたからには、
「コネルよ! 私の名誉のため! 我が夫となる者の名誉のため!」
私も伴侶として。
「決闘を申し込む!」
なすべきことをなさねば。




