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20話

 屋敷と魔道具の工房は渡り廊下によって直接つながっている。そこを歩いてウェリング家の工房に足を踏み入れると、田舎ではまず目にすることのない光景が広がっていた。


「おお……」


 鍛冶の設備がある一方で、魔術書の書架や魔法陣を描いた布などもある。また彫金や細工物を作るための槌やたがねもあれば、巨岩をも吊り上げるような滑車の付いた器械が天井からぶら下がっている。魔術学校で工学を嗜む門派にも似たような設備はあったが、こんなものが自分の実家の近くで見れるとは新鮮な驚きを感じた。


 そこで働く職人達は、仕事の手を止めて武具の手入れをしていた。魔道具の職人は魔術師でもある。戦いの心得もあるのだろう。もっとも、我が家やターナー家の兵ほど戦慣れはしていなさそうだ。それぞれの職人たちの顔には緊張の気配が強く漂っている。


「あれはクレーンと言ってな、手では持ち上げられないようなものを運ぶのに使う」

「あっ、アドラス様。すみません勝手に入ってしまって」

「いや、構わない。ここに呼ぶつもりでもあったしな」

「ありがとうございます。それで、その……二人でお話したいことがございます」

「私もそう思って仕事を終わらせていたところだ。……では、こちらに」


 アドラス様は工房の奥へと進んでいく。

 その途中でまた色々と興味深い物が目に写ったが、それが何かを尋ねる時間はなさそうだ。


 そして辿り着いた先は、アドラス様の書斎のような場所だった。

 机と本棚、書きかけの書類や筆記具などが置いてある。ここで書類仕事をしているのだろう。


「掛けたまえ。ここならば部下や職人達に話は聞かれない」

「はい」

「やはりあいつは来るか」

「私達を見て、勝てると踏んだはずです」

「それは……」


 アドラス様は、悩ましげに顎に手を当てた。


「アイラ殿を見た上で、コネルは勝算を持った、と?」

「でしょうね」


 私の家でコネルと見たが、そのときの体格、足運び、どれもそれなりの力量を兼ね備えている証だった。したたかに酔ってはいたが、判断力を失ってもいなかった。私の実力も感じ取ったはずだ。


「アドラス様は、コネルと一対一で戦い、勝つ目算はおありですか」

「難しいな」


 アドラス様は、率直に言った。


「アイラ殿も、そう思うだろう?」

「……はい」


 と言うと、アドラス様は苦笑いを浮かべた。


「率直だな」

「す、すみません……ただ」

「ただ?」

「変異種のブラットタイガーに単騎で勝てるくらいの腕はありますよ、コネルのやつは」

「……そうか」

「アドラス様が一騎打ちをするのは避けてください。ほまれでもなんでもありません」

「まあ、まっとうな勝負なら僕に勝ち目はないだろうな」


 だが、アドラス様は悩みつつも、絶望はしていない。


「何か、手があるのですか?」

「何でもありというならば勝算はある。向こうが全く見たこともないような魔道具もあるしな。一切出し惜しみしなければ、十分に目はある」

「……でも、向こうはアドラス様が魔道具職人であることは知っているのでは?」

「そうだな。魔道具を捨てるように使って勝ったところで……」

「納得はしないでしょうね。むしろそれがアリだと言うなら、火矢を射がけたり手下を使い数を頼みに攻めてきたり、何をしたって良いだろうと言いかねません。……むしろそれを狙っているのかも」


 確実に向こうは手下を連れて来る。

 その数に物を言わせて、自分に有利な方向に話を誘導するだろう。


 深いダンジョンで戦う冒険者であるならば魔道具を使いこなすことも鍛錬の必要な技術であるとわかるだろうが、たまに魔物を相手にする程度の農夫からは理解されまい。そもそも魔道具は高価であり、魔道具を使っていることそのものが一種のずるに見えるだろう。貴族同士の決闘で使う剣だって決して安くはないし考え方次第だとは思うのだが、そこに文句を付ける気持ちもわかってしまう。


 だが一方で、他人にケンカを売っておきながら自分の得意な土俵に引きずり込むような真似こそ卑怯だと思う。万人にとって納得の行く決闘というのはなかなか難しい。


「ダンジョンで使った魔剣にすら文句をつけてくるだろう。……というか、一番に警戒しているはずだ」

「向こうは知っているのですか?」

「どんな効果があるかは知らないだろうが、武器防具に細工をしてることは知っている。そこは隠していないしな」

「そうですか……」

「それに、知っていなくともこちらが使えばわかるさ」


 確かに、手合わせをすればすぐに魔道具を使っていることは露見するだろう。私もダンジョンでアドラス様が魔剣を使っているのを見て、すぐに違和感を感じた。剣を合わせるならば尚更露見する確率は上がる。騙せはしないと見るべきだろう。


 小細工なしの決闘において、アドラス様がコネルに勝てる目は限りなく少ない。


「もしどうしようもないとなれば、どうしますか?」

「……最悪中の最悪を考えたとき、全部焼き払うしかなくなるな」

「焼き払う?」

「私と部下で儀式を執り行い、火炎と嵐の魔術を魔道具で増幅して周囲一体を焼き払う」

「そんなことが……?」

「可能か不可能かで言えば可能だ。許されるか許されないかで言えば、許されない」


 私も魔術をかじっている学生だ。やろうと思えばやれる、というのはわかる。十分に熟練し、なおかつお互いに信頼している関係の魔術師が詠唱を練り上げ、さらに魔術を補助する魔道具があるならば、数十人程度の戦場の盤面など簡単にひっくり返る。


「戦争や魔物の暴走、一定以上の難易度のダンジョン攻略など、国が認めたとき以外に使うのは重大な罪だ。生き残ったとしても魔術協会からも破門を食らう。貴族としても魔道具職人としても生きてはいけないだろうな」

「それは……使えませんね」

「ああ、奥の手過ぎて使えん。ダンジョンが暴走して魔物が溢れ出して怒涛のごとく暴れまわっているとか、そんな最悪の状況のために作った最終手段だからな」


 アドラス様は肩をすくめながら苦笑する。


「だから問題は簡単だ。なんでもありの血みどろの戦争となれば勝てるが、そうなってしまっては意味がない。だからそこに至る前になんとかする。コネルにとってもそうだろう。有利になるにしろ不利になるにしろ落とし所くらいは考えているはずだ」

「ですね」

「アイラ殿、何か考えはあるだろうか?」

「一つは……奇襲です」

「奇襲」


 アドラス様がおうむ返しに呟く。


「はい。向こうは攻めることしか考えていません。ならばこちらは屋敷で待つのはやめて、連中が来る途中の道で、魔術を使って叩けるだけ叩きます。向こうの領地には攻撃を防ぐような魔術を使える人間は居ないはずです。遠距離ならば間違いなくこちらに分があります」

「ふむ」

「連中が武器を持ってこちらの領地に入った瞬間、こちらの大義名分は立ちます。戦ができるような状態になれば白旗くらいはあげるでしょう……死人は出ますけれど」

「……殺しになるのは避けられんか」

「それと……いくら有利だとしても弓に長けた狩人くらいはいるでしょう。被害の無い一方的な勝利とは行かないかもしれません」

「だろうな」


 アドラス様は、疲労の色の濃い溜息を付いた。

 どこか、こうなることをわかってるような気がした。


「……もしかして、慣れてます?」

「まさか、慣れてなどいないさ。ほんの少しだけ騎士団の手伝いをしたことがあって、そのとき魔術師として賊退治に駆り出されたことがあった。人間相手の戦いも初めてではない」


 昔を懐かしむような目。郷愁ではなく、悪夢を振り返る暗い色があった。


「良いものではないな。私はともかく部下に殺しはさせたくないし、それ以上に死んで欲しくない」

「そうですね」

「アイラ殿は、あるのか?」

「子供の頃、北の領主と私の家で何度か小競り合いをするのを見ました。それと私もアドラス様と同じように、駆り出されたことが何度か」

「そうか」

「今は北の領主も代替わりしてずいぶん平和になりましたが……」

「それが一番だな」

「ええ」


 アドラス様は立ち上がり、部屋の小さな窓を開けた。


 そこから見える光景は、我が屋敷と同じだ。

 当たり前のように田園風景が広がっている。

 そろそろ夕暮れに差し掛かろうとしていた。

 明日も、当たり前のように農夫達が野良仕事に精を出すことだろう。

 その当たり前を守るのが何よりも替えがたい尊い務めであると、生前の祖父が言っていたのを思い出した。


「ですので、人死を出さない方法があります」

「それは?」

「私が一騎打ちに応じます」


 私の言葉を聞いて、アドラス様は難しい顔をした。


「……アイラ殿ならば、私の魔剣を使えばコレルは倒せるだろう。だが私の代役が魔道具を使って倒した……となっても向こうは納得するまい。さっきも言ったように、配下同士全員でのぶつかり合いになる」


 アドラス様の言う通り、決闘の内容に瑕疵があれば不満を持った人間が武器を取って戦うであろう。


「それにアレを使い続ければアイラ殿の魔力が持たない。決闘の後、アイラ殿が最も危険になる。それならば……」

「大丈夫です」


 確かにあいつは強い。


 恵まれた体躯。何度となく魔物を倒した経験。父親から受け継がれた技量。


 性格はともかくとして実力はあると言わざるをえない。


 だが、一流ではない。


 私よりも大きな膂力を持つ人間は当然居るし、私より疾く剣を振るう人間も居る。


 より強い魔術を使う人間も決して少なくない。


 真正面から挑んで私に勝つことのできる人間は当然居て、王都の魔術学校ではそれを痛感した。


 だからこそ「自分より格上の人間とどう立ち向かうか」という命題を常に追い求めて未熟者なりの答えを見出し、格上の相手に打ち勝ってきた。


 相手が本物の強さを持たないならば、揺るがぬ心を持たないならば


「絶対勝てます」


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