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17話

 再びウェリング家の屋敷の中へと戻り、改めて客間のテーブルについた。

 アドラス様のお母様のメリル様や、荒事に慣れていない女中達は屋敷の奥、防備の堅い部屋へと避難させたようだ。今ここに居るのは男衆ばかりだ。

 そして今私は、アドラス様と向き合って茶を飲んでいる。


「うーん……やっぱり美味しい」


 ここの使用人の料理の腕は残念ながら私の屋敷の使用人達より上だ。最初にお見合いしたときの料理も美味しかった。


「これを淹れてくれたゴードンは昔、王都の二つ星のレストランで働いておりましてな。料理の腕も確かだが茶や酒にも詳しくて助かっています」

「へぇ……確かに、王都でもなかなかお目にかかれないお味でした」

「あらためて食事にお誘いしたいところですが、今はコネルの話を」

「はい」

「まず、バルカという男の嫁、エリーがここに来たのは本当です。ここの近辺の村の出身であちらの領内の村へ嫁に行ったのですが、ずいぶんと乱暴に扱われたようで……まさにほうほうの体で逃げてきたという有様でした」

「そうでしたか……」


 病気で衰弱して死んでしまったくらいだ、痛ましい有様だったのだと私でもわかる。


「私は次期領主としてエリーを守らねばなりませんでしたが、残念ながら力及ばず……」

「それは……病気ですから……」


 最近は治療魔術もそれなりに進歩してはいる。だが治療魔術を学ぶには教会に生まれるか学校に入るか、運か金のどちらかを要求される。仮に使える者がいたとしても、病状が重くなったものは魔術では直せない。


 早い内に治療できれば良かったのだろうが、手酷く扱われていたとなると医者や術士に診てもらうどころかろくに休ませてすら貰えなかったのだろう。


「エリーの家族も、遺体は絶対に向こうに返さんと息巻いています。本来なら証拠として遺髪すらを渡したくは無かったのですが、こればかりは彼奴らに罪を知らしめるため仕方なく」

「なるほど……」

「ですので、かどわかしたというのはコネルの誹謗中傷です」

「はい、私はアドラス様の言葉を信じます」


 というかコネルの言葉を信じたり考慮したりする余地が一切ない。


「ありがとう。……その上で、申し上げたいことがあります」


 アドラス様の目が険しくなった。

 な、なんだろう。


「はい、なんでしょう……?」

「あの男だけは、おやめなさい」

「あの男? コネルですか?」


 アドラス様は、真剣な眼差しのまま身を乗り出してきた。


「悪いことは言わない、コネルとは結婚するべきではない。剣の腕は立つが、女子供や身分の低い者を同じ人間とはみなさず目に余る乱暴狼藉ばかり。奴の嫁になる者は、この屋敷に逃げてきたエリーのようになるのが目に見えています」

「あっ、は、はい、そうします」

「アイラ殿自身がそう言っても、貴族どうしの結婚の話だ。当主がどうしても言えば断れないこともあるだろう。だが」


 そしてアドラス様はやおら立ち上がり、私の手を握った。

 え、っと、その、こころの準備が……、


「もしそうなったとしたら、私は全力であなたを守る」

「は、はい……!」


 ど、ど、どうしよう、やや、やっぱりもっと良い服を着てくれば良かった。

 ていうかお見合いはまだなんですが。

 え、えっと、こ、これは、その、きゅ、求婚される流れなのでは……!?


「あー、その、二人共すまないんだが」

「ふえっ!?」


 と、あらぬ方向から声をかけられた。


「そなたのお父上から、『アイラに求婚や縁談の誘いは来ているが、全てお断りするので予定通りお見合いをお願いします』という連絡が来たばかりでな。二人共安心すると良かろう」

「父上……、居るならば声を掛けて下さい」

「さ、さっきから居たわい! 二人だけの空気になっておるから声をかけづらくて……」

「す、すみません」「ごめんなさい」


 なんだかもう恐縮するしかない。

 男の使用人もブルック様とともに入ってきていたようで、微笑ましいようなものを見る目で見ている。

 というかお父様もなんで私に相談無くそんな連絡をするのか……それを聞いていれば私が先走ってここに来ることもなかっただろう。状況的にここに来ておいてよかったとは思うけど……。


 ああもう恥ずかしい……帰って布団を被ってしまいたい……。


◆◇◆


 アドラス様のお父上ブルック様も同席し、改めて話をすることにした。

 茶をのみ、心に平静を取り戻す。

 顔が緩んではダメだ。平常心、平常心……よし。


 私の心が落ち着いたところで、話を切り出した。

 今までの経緯で疑問に思う点が幾つかあった。


「なんでコネルはあんな真似をしたのでしょうか。他家の屋敷に武器をもって手下を連れてやってくるなんて流石に異常では」

「……実は、その一歩手前くらいのことならば何度かあったのだ」

「本当ですか?」


 ブルック様が苦い表情をする。


「コネルの居るターナー領と我がウェリング領は隣り合っている。その上、共に同じ川が流れていて我が領地の方が上流にあたる。ここが前提じゃ」

「はい」

「我が領民は麦を作るのがほとんどだが、ついでに林檎を育てたり、あるいは川の魚を獲って生活しておる。それはターナー領も同じで、しかし向こうは下流。上流で魚を取りすぎると喧嘩になるんじゃ」

「あー……なるほど」


 領民同士が喧嘩をする理由は大体そんなところだろう。山での狩猟や山菜採り、海や川での漁、あるいは水不足のときの川の水そのもの。どれもこれも死活問題だ。魔道具が発達し食料を保存する技術は発達してはいるがまだまだ農夫や狩人といった平民に十全な恩恵を与えているとは言い難く、飢饉が起きる可能性は常に捨てきれない。


「……その喧嘩、もしかしてコネルがよく来るんですか?」

「ああ。他にも色々と難癖をつけてやってくる」


 アドラス様は苦い顔で頷く。


 常識から考えれば、領地を治める者はそうした喧嘩も収めなければいけない。貴族同士で話をつけて人死が出る前に事を済ますのが統治というものだ。なめられっぱなしではまずいにしても、そこに乗り込んで喧嘩の火種を大きくするような真似は論外だ。もしブルック様やアドラス様が短気だったら村々から若者達を駆り出して戦になっていてもおかしくはない。


「しかしここまで露骨に挑発してきたのは初めてですね……やはりアレが」

「そうじゃな……アレだ」


 アドラス様とブルック様が目配せをして頷き合う。

 二人にとっては言わずともわかることらしいが、なんだろう。


「アレ、と言いますと……?」

「う、ううむ、その……」


 私が尋ねると、何故か二人共目をそらした。

 とても言いにくそうな雰囲気だ。


「そ、その……差し支えなければ、聞いてもよろしいですか?」


 コネルのアホがそんな危なっかしい行動をしているとなれば、我がカーライル家にとっても他人事ではない。私がこの家に嫁いだとなればもはや当事者だ。できれば聞いておきたい。


「ちょっと前までは、腕利きの食客が居たのだ。フィデルという名の男で、銀級の冒険者じゃった」

「コネルも流石にフィデルには敵わないと一目見て悟ったようで、彼が抑止力となってくれていました」


 うっ。


 食客のフィデル。


 それは、その、お姉様と駆け落ちした男の名前だ。


 そいつが駆け落ちなんて真似をしなければ、コネルもここまで調子に乗らなかっただろう。


 ということは、つまり……


「グラッサお姉様が、間接的に今の状況を作った……?」


 ブルック様とアドラス様は、沈鬱な顔をしながら頷いた。


 ああ、そっかぁ……。


 仕事を投げ出したフィデルという男の責任が一番重いとして、次に悪いのは間違いなくグラッサお姉様、そしてグラッサお姉様を寄越した我がカーライル家だ。


 お父様が時折辛そうな顔で腹を抑えている理由がわかった。これは流石に胃に来る。

 この屋敷では恐縮することばかりだが、今ほどに肩身が狭いと思うことはなかった。


「なんかもう……本っ当にすみません……」


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