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15話

 さて、やることがない。


 ウェリング家での見合いの予定はまだ決まっていないし、家の細々とした仕事は私が手伝わなくても回ってしまう。むしろ何か手伝おうかと申し出たら「グラッサ様がいなくなって仕事が減って、使用人が多いくらいなんです。お嬢様がお仕事をされたら誰か暇を出さねばならなくなります」と言われてしまった。確かに主人が使用人の仕事を奪うのもよろしくない。


 アドラス様からお借りした魔剣を素振りしたり魔術を発動させてみたりと色々試してみたが、やはりその真価や実際の使用感は実戦でなければわからないだろう。弟が居れば良い訓練ができたのだろうが、彼の所属する騎士団は魔物退治で忙しくなかなか実家に戻れないようだ。というか私同様に実家を避けているから、大事な用事でもない限り戻るつもりもあるまい。


 では魔物を相手にするかと考えても、ダンジョンに行ったばかりだ。変異種も倒してしまったし手応えのある魔物もそう居ないだろう。今は野盗の類も出ない平和な状態なので、剣をもって出かける用事もこれといって無い。


 暇だ。


 部屋でごろごろするしかない。


 ダンジョンでの探索を終えて、3日ほどこんな有様だ。


「お嬢様」


 そんな私を見かねたのか、アーニャが声をかけた。


「ん? なに?」

「でしたらお料理やお裁縫はいかがですか」

「……う、うーん……それは、まあ、お祖母様に仕込まれたから」


 事実だ。田舎料理やダンジョン探索中にできるような乱暴な料理ばかりだが。


 まあ料理はそれなりに自信はあるのだが、裁縫や編み物は嫌いだった。ちくちくちくちくと延々と針と糸を相手にしていると投げ出したくなる。勉強も剣術も魔術もそれなりに根気よく取り組むことはできるが、針仕事だけはなぜか続かないのだ。お針子にだけは絶対になるまいと子供の頃から堅く心に誓っている。


「……はぁ」

「そんなにアドラス様とお会いになりたいなら行けばよろしいじゃありませんか」

「そ、そうじゃなくて! 暇だって話!」

「はいはい、そーでございますねー」


 アーニャの口調はとてもぞんざいだ。

 まったく女中とは思えないほど堂に入った態度である。


「でも結局、お見合いが遅くなるなら今のうちに遊びに行かれるのも良いのでは? 探索の分け前を貰ったり、お借りした剣の使い勝手を話したり、色々と御用があるでございましょう」

「そ、それはそうだけど……いきなり遊びに行ってはご迷惑でしょうし……。今頃はお仕事で大変でしょうし」

「ならば手伝って差し上げるなり、差し入れを持っていくなりすれば良いのでは?」

「差し入れ……」


 そういえば、魔術学校でもお土産を持って教師に挨拶しに行くこともあった。

 自分の卒業研究を監督してくれた教師は甘いものが好きで、水菓子などを持っていったものだ。


「……果物とかあるかしら?」

「林檎はありますが……このあたりの人は別に林檎なんて食べ慣れてますでしょうし」

「そうよねぇ……」

「あ、そうだ、丁度良いのがあります」

「え、なに?」

「グランドタートルの燻製肉などいかがでしょう」


 ……亀。


 亀かぁ。


「その、アーニャ、あまり我儘は言いたくないのだけど……もう少し、おしゃれなものって無いかしら……季節の果物を詰めたパイとか……焼き菓子とか……」

「お嬢様」


 突然アーニャが真顔になった。怖い。


「はい」

「ここは王都ではありません」

「はい」

「王都にあるような菓子店なんて私だって行ったことがないんですよ! 他所様にお土産に持ってくくらいなら私達に買ってきてください!」

「だ、だって! 家に来いって連絡も大至急ってことだったし! お土産買う暇なんて無かったし!」

「なら我儘言うんじゃありません! これはウェリング家のような美食家が相手でも当家が自身を持ってお出しできる高級品なんです!」

「そ、それはわかるんだけど……」


 グランドタートルの肉が高級なのはそのとおりだ。貴族でも滅多に食べられるもんじゃない。下層を歩くことのできる実力のある冒険者ゆえの特権でもあるため、金に替えるよりも冒険者の口に入ってしまうことのことの方が多いだろう。だから喜ばれることは間違いない。ないのだが……


「その……女の子としてのイメージがますます損なわれそうっていうか……」

「アドラス様だって虎の素っ首を落としたのを見た上で『お見合いが待ち遠しい』って仰ってくれたじゃありませんか。今更亀の肉や虎の肉を持っていったところで驚かれませんよ」

「ちょ、それ他の人に言わないでよね!」

「え、言っては駄目ですか?」

「……もしかして私がアドラス様と話してたときのこと、言いふらしてないでしょうね!?」


 そっと目を逸らされた。


 この分だとウチの使用人全員にバレてる……もしかしたら村人にも……。


「それはともかくですね、お嬢様」

「それはともかくで流してほしくはないんだけど、なに」

「先日、ターナー家のお二人がいらっしゃった件でふと思ったのですが……お見合い、早めにした方がよろしくありませんか?」

「ん? どうして?」

「コネル様と縁談の話が持ち上がってる、なんて噂が広まったらお見合いに響くでしょうし……」

「うっ」


 それはマズい。

 マズいというか、すごく嫌だ。


「うちから追い返された腹いせにあることないこと言い出しかねません。変な噂が届く前に一度お会いして根回しした方がよろしいかと存じます」


 それはまさか、と言いかけて……子供の頃のコネルを思い出した。


 私や弟に嫌がらせをしたときも、「遊んでやろうと思って」とか「ついうっかり押してしまった」とか、姑息な言い訳を使って切り抜ける駄目な男だった。


「……行ってくる!」

「はい、いってらっしゃいまし」


 アーニャがにっこりと微笑んで私を送り出す。


 ……上手く流された気がするのは、深く考えないようにしよう。


◆◇◆


 前回馬車で来た道を、今回は私が直接馬に乗って歩いて行く。

 平和な日だ。温かい春の陽気に包まれている。

 馬で遠乗りするだけでもそれなりに気分が晴れるだろう。普段ならば。


「亀肉、亀肉かぁ……」


 ありふれていたとしても林檎の方が良かったんじゃないかと未だにうじうじと考えてしまう。しかしアーニャの言う通り、このへんで素晴らしいお土産など早々手に入るものでもない。お菓子作りくらい覚えておくべきだった。覚えているのは日々の手慰みの料理や野営食ばかりだ。お菓子そのものはともかくとして、レシピくらいは持ち帰ってアーニャに渡せば喜ばれただろうに。見合いが終わったらまた魔術学校に戻ってちゃんと卒業せねばならないのだ。改めてお土産は考えるとしよう。


「おんや、お嬢様! お出かけですか!」

「そーよ! ちょっとウェリング家のお屋敷まで!」


 野良仕事に精を出す農夫に声を掛けられる。

 よく私の顔を覚えているものだ。

 いや、馬に乗って出かけている時点で素性はバレるか。


「また虎が出たらおねげえしますよー!」

「そうそう出ないわよ!」


 虎狩り扱いしないで欲しい……私が変異種のブラッドタイガーを斬ったことは広まっているみたいだ。誇らしくはあるのだが、歴戦の戦士のような扱いをされるのは微妙に納得が行かない。


 その後も何度か声をかけられつつ道を進み、気付けばウェリング領へと入っていた。


◆◇◆


「おお! これはこれはアイラ殿! 息子が世話になったようで!」


 ウェリング家の屋敷に着くと、アドラス様の父上、そして領主であるブルック様が直接出迎えてくれた。

 隣には奥様のメリル様も控えている。相変わらず二人共ふくよかだ。


「いえ、私の方こそアドラス様に助けられました。御恩ばかり増えるばかりで恐縮です」

「まあまあ、そんな堅苦しいこと言わないで、自分の家だと思ってゆっくりしてくださいな」


 と言われ、客間に通される。

 相変わらず綺麗なお屋敷だ。

 ただ綺麗というだけではなく、家具や調度品を使う人の品というべきものが表れている。

 いきなり当主の友人が押しかけてきて昼間から酒盛りするということなど無いだろう。


「あ、ところでこれ、つまらないものですが……」


 私は、土産物を渡さないわけにも行かずに差し出した。


「あら、なにかしら?」

「ええと、その……グランドタートルの肉の燻製でして……」

「あらまあ! こんな素敵なものよろしいの?!」

「ほほう、グランドタートルの肉とな! 何年ぶりかのう!」


 二人共身を乗り出して来た。え、こんなに食いつきが良いものなの?


「そ、そんなに珍しいですか?」

「我が所領はどうしても戦士や冒険者が少なくてのう……。もう少し武芸を奨励したいところではあるのだが」


 ブルック様が悩ましげな表情をする。そういえば村や郷には大体腕自慢の冒険者や戦で名を挙げた者の一人や二人居るものだが、ウェリング領において名高い戦士というのは聞いたことが無い。


「魔物の肉は珍味であるとも、また滋養強壮に良いと聞きますし。工房の皆も喜びましょう」

「まあ私達夫婦が一番喜んでいるかもしれませんがね」


 おほほとメリル様は笑う。

 うん、まあ、食べるの大好きそうですね。


「あの、ところで……アドラス様はお忙しいですか?」

「ああ、息子なら大丈夫です。仕事も難しいところは終えたようですし。……おーい!」


 ブルック様は使用人を呼びつけ、アドラス様を呼ぶように申し付けた。


「あ、いえ、お仕事でしたらお気遣いなく……」

「いやいや、私達だけで応対していたらアドラスに怒られますからね」


 メリル様も、あまり貴族らしからぬ気さくさだ。

 婚約者の母親と思うと流石に緊張はするが、あまりぎこちなさを見せずに話せたと思う。


「そういえば遊びに来てくれたのは丁度良かった」


 と、ブルック様が言った。


「丁度良かったとは?」

「うむ、見合いの日取りだが、今度の……」


 と、言いかけたところで、使用人が戻ってきた。


「おお、ゴードン。……ん? お前一人か? アドラスは?」

「いえ、その……当主様、ちょっと……」


 ゴードンと呼ばれた使用人が、意味深に二人に目配せをした。


「ふむ、アイラ様、少し席を外します。まあなにもないとは思いますが直接呼んで来ます」

「あ、いえ、お忙しいのにすみません」


 どうしたのだろう。やっぱり忙しいところを邪魔してしまっただろうか。


「どうしたのかしら。あ、そういえばアイラさん、今は王都の魔術学校に通ってらっしゃるのよね?」

「はい、今は休みを取ってますが」

「私も昔、王都に居たのよ。下の子……アドラスの妹も王都で勉強しているわ。最近はなかなか遊びにも行けないけど」

「へぇ、そうだったんですか……」


 というか魔道具を作る職人から出世したのに、この田舎を領地としていることが不思議にも感じる。客に物を収めるにしろ材料を調達するにしろ、もう少し便利なところに構えた方が良い気がするのだが。何か事情があるのだろうか。


「職人街の近くに住んでて、賑やかなところだったわぁ……ここもなんだんだで賑やかなのだけど」


 と、メリル様が懐かしむように呟いた。 


「よければ今の王都のこと聞かせてくれないかしら?」

「はい、よろこんで!」


 この人雑談が上手いな、と感じた。人をもてなすことに慣れているのだろうか。まあ貴族たるものもてなしの一つや二つできなければ仕方ないのだが、私はまだまだ未熟だ。こういう人当たりの良さを身に着けたいものだ。


 そして私が今王都のはやりの服や菓子の話でもしようかと思ったとき、耳障りながなり声が聞こえてきた。


「おーい! 出てこーい!」


 外から客間までそれなりに距離があるのに、何を言ってるかはっきりとわかるほどの大声だ。

 貴族の屋敷にこんな無礼な呼びかけをするとは一体どこの誰だと内心で毒づく。


「誰かしら、野蛮だわ……」


 その声にメリル様は怯えたような顔を見せた。

 人の良さそうな御仁だ。あまり荒事にはなれていないのだろう。

 そしてアドラス様やブルック様も戻ってくる様子がない。


 よし。こういうときこそお役に立たねば。


「……あら、アイラ様、どちらへ?」

「確かめて参ります」

「え、ちょっと! 危ないわよ!」

「大丈夫、慣れてます!」


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