13話
報酬の分配を取りまとめ、そして魔剣を借りることができて、ほくほく顔でカーライル家の屋敷へと凱旋した。こんな晴れがましい気持ちで家に帰るなど何年ぶりのことだろうか。今乗っている馬も、屋敷についたら自分の手で世話してあげよう。やはり貴族の相棒は馬だ。自分の手で餌や水を与えることを忘れてはいけない。
「お嬢様……ご気分が大変よろしいでしょうけど、あまり危ないことはお控えくださいまし」
「うっ……そ、その……ちゃんと成功したわ!」
「事の顛末は夫からちゃーんと聞いております。ずいぶんと無茶をされたようですね?」
と、一緒に乗っているアーニャから釘を刺された。
そしてアイザックの裏切りが発覚した。
「そりゃあ夫が稼いでくれることも、お嬢様が活躍なされることも嬉しいですよ。ですが怪我をしたり何か万が一のことがあったら亡くなった先代様に顔向けできません!」
「お祖父様はむしろ危険をけしかける方だったけど……」
「そ、それもそうですが……ともかく!」
「は、はい」
「ご無事でなによりです、お嬢様」
「……うん、ありがとうアーニャ」
そしてアーニャのお小言を聞き流しながら屋敷へと戻り、馬につけた鞍や鐙をはずして屋敷の厩へとつないだ。水と飼葉を与えながら馬の頭を撫でる。ありがとうね、と気持ちを込めて。それを見て馬丁が恐縮しているが、お祖父様からもお祖母様からも馬の世話は他人に任せきりにするなと教えられている。たまにこうしてやらないと枕元に出てきてお祖父様が怒るのだと言って頼むと、馬丁は仕方ないですねと肩をすくめつつ納得してくれた。
さあてついでに他の馬も面倒を見てやるか……と思って厩を見回すと、妙に馬の数が多いことに気付いた。というか厩の外に見知らぬ馬車が停まっており、これまた見知らぬ顔の御者が居て暇そうにしている。
「あれ、もしかして誰か来ているの?」
私は馬丁に尋ねると、馬丁は妙に困ったような顔をして答えた。
「ええ、その……ターナー家の方々が」
「うっ……嫌な来客ね……何のようかしら」
「さあ……あっしにはさっぱり……」
私はあえて裏口から屋敷の中に入った。
裏口のすぐ近くには調理場があり、メイドたちが慌ただしく客間と往復しているようだった。
「あ、お嬢様……」
一足先に屋敷に入っていたアーニャが私に気づき、なんとも渋い顔で私に声をかける。
詳しく話を聞こうとしたら、客間からお父様の笑い声が聞こえてきた。
「まったく! そういうことならグラッサもお前のところに嫁に行かせれば良かったわい!」
ずいぶんと楽しそうな声だ。これは、明らかに酒が入っているな。
まったく昼間から何をしているのやら……。
そして次に、お父様よりもさらに大きながなり声が聞こえてきた。
「ぐぁっはっは! すまんすまん! そもそもわしは、あのウェリング家の太っちょは前から気に入らんのだ! 俺らのように前線で戦ったわけでもないのに偉そうに貴族顔しおって!」
……なんだろう。
ものすごく、
嫌な予感がする。
漏れ聞こえてくる話の内容に、とてもダメダメな気配がある。
アーニャも何かを察したようで、心配そうに私の顔を見ている。
「せっかく良い気分で帰ってきたのに、まったく……」
「お嬢様、その……お客様と言うのは……」
「わかってる。ターナーの家のバカ殿でしょ。バカ息子も居るのかしら」
「そうみたいです……って、お嬢様!?」
いくら酒の席とはいえ、貴族同士の約束事には一定の拘束力がある。
お父様は酒癖があまりよくない。何を口走るかわからない。
一緒に飲んでいる連中も酒癖はよくないだろう。
そして彼らが話している内容は、自分の子供の結婚の話だ。
はしばしの言葉を拾うだけでもわかる……冗談じゃないのですが。
「お父様!」
私は勢い良く客間の扉を開ける。
そこには赤ら顔の男三人が気分良く葡萄酒を引っ掛けている。
っていうか酒くさっ! みんなべろんべろんじゃないの!
「おお、アイラか……丁度良かった……ひっく……」
赤ら顔のお父様がこちらを見る。
酔っ払っているを越えて泥酔している。メイドたちが空いた酒瓶を片付けていた。
そして、お父様が座る向かいには、これまたいい年してる癖に昼間から酔っ払っている男二人が深々とソファーに腰掛けていた。
「おーお、久しぶりだのう。大きくなって」
「久しぶりだな。姉には似てないが、まあ、それなりになったんじゃあないか!?」
「……はぁ」
お父様と向かい合って座っているのは南側の隣りの領主、ターナー子爵とその息子だ。
まず当主のジェイムソン=ターナー子爵。お父様の幼馴染であり、お父様と同じく騎士団に務めていた。更にはお父様に負けず劣らずの偉丈夫だ。しかし十年近く前にあったときよりも髪の生え際がだいぶ後退している様子だ。
そしてその馬鹿息子、コネル=ターナー。私より5つか6つ年上だったはずだ。外見は父親のジェイムソンと同じく偉丈夫で、脂肪も筋肉もがっつりと蓄えている。縦にも横にも大きいオーガのような図体をしていた。昔より更に肥え、そして鍛えている。頭は鍛えてい無さそうだが、体の鍛錬は欠いてはいなさそうだ。
「……で、昼間から何のバカ騒ぎをしていたんですか?」
「ああ……うむ、お前にも関係ある話なのだがな……」
と、お父様が言いかけたところで、酔っ払ったコネルが割り込んできた。
「お前、俺のところに来いよ」
「お断りです」
こんな酒臭い求婚など考慮に値するはずもあるまい。
「……なんだと?」
「お断りです! と言ったんです!」
そう私が声を張り上げると、コネルの目が座った。
だが私は気にせず言葉を続けた。
「大体、私はウェリング家に嫁ぐんです。聞いてませんか?」
「あんな女に逃げられる青瓢箪の何処が良いんだ? お前だって別に好き好んで嫁ぐわけじゃないだろ?」
あ、これは、ケンカを売られているぞ。
そして私の腰にはアドラス様からお借りした剣を佩いたままだ。
……いや、待て、冷静にならねば。今ここでこちらが狼藉するわけにもいかない。今、彼らはお父様の客人という立場だ。ここは穏便に済ませつつ毅然と断らねば。
「昼間から泥酔しているあなた方よりは遥かに。ごらんなさいジェムソン様を」
「ん?」
私がコネルを促した先には、さっきまで起きていたはずのジェイムソン様がこっくりこっくりと船を漕いでいる。まったく、夜会や公式の宴席ならば恥を晒していたところだ。貴族は酒が飲めなければ恥をかくが、かといって酒に酔って粗相をしたり泥酔をして同じ貴族に迷惑をかければそれもまた恥だ。他人を黙らせられるほど位が高ければ話は別ではあるが。それに、私達のような田舎貴族は領民達からの人気商売と言い換えても良い。こんな日の高い内から寝首をかかれるような真似をする者はなめられてしまい、けっこう本気で一揆が起きて税の減免を約束させられたりする。今のところ大掛かりな戦争は無いが小競り合いは多く戦場働きをする者や戦場帰りの者も少なからずいるため、我が祖国の民は他国に比べて血の気が多いのだ。
つまり今の状況は、言い触らされたくはない恥そのものに他ならない。
「おい親父! ここ人の屋敷だぞ! 寝るな!」
「ん、むう……すまんすまん、いやあ母さんが居ないとつい酒が進んでな……」
そう父親を呼びかけるコネルの足元も少し怪しい。
よし、押し切ろう。
私は指を鳴らしてメイドたちを呼んだ。
「はい、お嬢様」
「ジェイムソン様もコネル様もお疲れのようです。お帰りの準備を」
メイド達が、大丈夫だろうか、という目線をお父様に送るが、お父様もずいぶんと赤ら顔だ。声も明朗とはいえない。
「お父様、よいですね」
「……む、むう、まあ仕方あるまい」
よし、押し切った。
「ではお帰りの準備を!」
「はい、かしこまりました!」
メイドたちがターナー家の御者を呼び、見送りの準備をいそいそと始める。
やはりこの来客の応対は面倒だったんだな、メイドたちの動きが心なしか嬉しそうだ。
「くっ、また来るからな!」
「酔っぱらいの戯言は本気に致しません。さようなら」
ふう、自分が酔っ払っていることくらいは自覚していたか。
ターナー家の御者が、居眠りをしているジェイムソン子爵を苦労して運んでいく。
コネルは足元をふらつかせながらも自力で立って去っていった。
「……お父様」
「……うむ」
二人が玄関から出ていったのを確認した後、私は怒りを押し殺しつつお父様の方に振り返った。
テーブルには空いた酒瓶や、あまり手を付けられず残った酒肴が置いてある。
お祖母様が見られたら屋敷から蹴り出されていたことだろう。
まったく祝いの日でも無いというのに……。
いや、でも、魔術学校主席の彼女よりはまだ酒癖は良いか。
あの子の汚部屋の片付けよりは楽そうだ。
あの子と会ったときは下には下がいるものだと驚いたものだった。
「昼間からどれだけ飲んだんですか。まったく……村人に見られたらどうするんです」
「ああ、すまぬ……」
「アーニャ、みんな、悪いけど片付けをお願い」
「はい、かしこまりました!」
私は使用人達に呼びかけ、一斉に掃除に取り掛かるのだった。




