幼馴染み日記~残念すぎるあいつと、どうしようもない私の話~
矛盾があってももやっと見逃して頂けると、有りがたいです。誤字脱字教えていただけると、たすかります。
私、涼本 真珠には幼馴染みがいる。
その幼馴染みを一言で言うなら、情けない、と表現するしかない。
小さい頃から、下らないことでピぃピぃ泣いては、
「たまちゃん、たすけて、たまちゃん」
と、私にすがってくる。『真珠』、だから、『珠ちゃん』………私は、おかっぱの少女が主人公の某国民的漫画作品の中に出てくるお下げの親友じゃないっての。
そう思えど、それは、幼稚園でも、小学校でも、中学に上がっても変わらなかった。
かくいう私は別段姉御肌と言うわけでもなく、泣きながらくっついてくるそいつのめんどくささに負けて毎回嫌々助けてやっているにすぎなかったと言うのに、まるで親鳥を追いかける雛の如く、わたしにつきまとい、うっとおしい事この上ない。
そう、仕方なく助けてるのである。
幼馴染み、なんて、端から聞けばときめくフレーズらしいが、私に言わせればこどもの時からの腐れ縁というだけだ。
そんな幼馴染みだが、それでも小さい頃は身体もちっちゃく可愛いげがあったけど、中学校生活も半ばを過ぎる頃には私の背丈をゆうに十センチも追い抜いて、私を見下ろす始末。
それなのに、相変わらず「たまちゃん、たまちゃん」で正直まいる。
もともと可愛らしかった顔立ちは年を重ねる毎に女の子ウケする、所謂イケメン面に成長したが、中身を知っている私からすると、ときめきの「と」、の字も浮かんでこない。
奴の外見を見てキャーキャー言う女子たちの気持ちが全く理解できなかった。
そんな私たちは、高校生になっても相変わらずの関係を続けていた。
下らないことで悩んで、私を頼る幼馴染みは、何時しか、私よりも頭一つ分以上、背丈を伸ばしてた。
私が志望した高校に、偏差値のランクを下げて同じ日に入試を受けていたときは、正直あきれたけど、もうなにも言う気も起こらず、あいつのニコニコ顔にため息しか出てくれなかった。
高校生になっても、雛鳥よろしく私にくっついてくれるお陰で彼氏の一つもできやしない。せめて、こいつの顔面偏差値がその残念さに比例したものであれば少しは違ったのだろうが………。
私がそんな落胆を抱えて高校生としての生活を送り始めた、そんな時だった。
私と情けない幼馴染みが異世界へと迷い込んだのは。
いや、正確には、迷い込んだのではく、呼び出されたのだ。
傍迷惑に、自分達の手に終えないから、と異世界人である私達に魔王とやらの排除を願い出てきた奴等がいたのだ。
私は頑として頷かない考えだったが、馬鹿な幼馴染みは、同情を引くように憐れがましいその国の連中に丸め込まれ、そんな引き受けなくてもいい厄介事を引き受けてしまった。
アホだアホだ、とは思っていたけど、本当にド阿呆であらせられたらしい、我が幼馴染み殿は。
見捨ててもよかったが、正直、自分がこの世界で同郷のものはこのアホ幼馴染みしかおらず、こんな所で死なれでもしたら、こんなアホ間抜け馬鹿だとしても目覚めが悪い。
そう思って手を貸してやるだけなのに、「ありがとう、たまちゃん」と、ヘラヘラ笑う。
馬鹿じゃないの………。
魔王討伐とやらには、勇者(笑)らしい幼馴染みと、聖女(爆)なんてものに認定された私以外に、国一番の剣の腕を持つ騎士様、それに、魔法の才能がすごいらしいお姫様まで付いてきた。
正直、道程は順調の一言であった。まあ、国一番と謳われるだけあって騎士様が強い強い。私と幼馴染み要らないんじゃない?と思うくらいだった。もうあなたが勇者でいいと思う、と何度本人にいったことか。その度に謙遜する謙虚さも相まって、私の中で彼の好感度が鰻登りになったのは、言うまでもない。
まあ、そんなこんなで、魔王討伐なんていう物騒な名前のついた旅だったが、一行にお姫様がいたお陰か、資金は潤沢、騎士様のお陰で私たち二人は掠り傷程度しか傷を負わない、何とも、気の抜けた炭酸ジュースのような平穏な旅路を進んでいた。
折角間の抜けたあいつが騎士様に剣を習っていると言うのに、全くもって役に立っていないのが我が幼馴染みらしい。
かくいう私は、お姫様に回復魔法を習ってそこそこ貢献してると言うのに、なんと言う体たらくなのだろう。本とにあいつらしい。
しかし、そんな情けない奴の何処が良いというのか、お姫様が彼奴の事を好きになってしまった、と私に言ってきた。
私は、あーそうなんですかー?と、曖昧な返事しか出来なかったけど、私は悪くないはずだ、だってあと他にどんな答えがあるのだろうか?
悪趣味としか言えないが、蓼食う虫も好き好きだろう。私がどうこういえる事ではない。
お姫様はいい意味でも悪い意味でもお姫様で、夢見がち、ふわふわとした、砂糖菓子のような女の子だ。
………心配なのは、恋に恋してるんじゃなければいいけどね、といったところだった。
そんな私の心配をよそに、幼馴染みとお姫様はその距離を縮めていった。
もう付き合ってるんです、と言われても違和感もないほどに仲睦まじい。
幼馴染みをその事でからかってやったら慌てて否定するところがまた妙に信憑性があると言うか、………て言うか、否定しないで肯定してあげればいいのに。こういうへたれたところが、また、らしいって言うか、情けないのは、異世界に来ても変わらない。まったく、しょうがないやつである。
魔王の居城に近付くにつれ、敵の強さや規模が大きくなり、騎士様だけじゃ手に余るようになってきた。
その頃からだろうか、幼馴染みが勇者としての頭角を現してきたのは。
いままでは騎士様の影に隠れていた才能みたいなものが、騎士様の余裕がなくなるにつれ、開花してきたのだ。
それと比例する如く、お姫様と幼馴染みの仲も良くなっていき、同時に、騎士様が私に恋愛的にアプローチしてくるようになった。………なぜだ。
正直、今まで男の子に女の子扱いされた経験が少ない私は嬉しく思ったのは否定しない。やっと私にも春が訪れたらしい、という処だろうか。
でも、日に日に切迫してくる旅の厳しさに危機感を抱いていた私はそれを先送りにしてた。
て、言うか、お前ら浮わつきすぎでしょ、しっかりしろ!………と、私じゃなくても言いたくなると思う。
てか、そこの馬鹿幼馴染み、お姫様の豊満なおっぱい押し付けられて鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!
そんなこんなで、鬼気迫る戦闘に次ぐ戦闘の合間にラブコメ展開を巻き起こしながら(不本意ながら、その登場人物に私も含まれる……)、少しずつだが、旅の終わりに近づいていった。
魔王の城での戦いは、予想通りだが、今までのように楽勝、と言うわけにはいかず、全員、魔王の前に立つ頃には結構な満身創痍であった。
魔王は、禍々しい雰囲気を纏った美丈夫だった。そのやたら整った容姿が逆に恐怖心を煽る。
騎士様は先の戦いで立っているのがやっと、お姫様は、魔王の美形ぶりに目をハートに輝かせ、馬鹿幼馴染みは、びびっているのかボロ泣きしてる。
………なんだ、このカオス………。
幼馴染みが役に立たないのはテンプレとして、お姫様が仲間そっちのけで魔王にラブアピールするは、一番ダメージが大きいであろう騎士様が私の前にたって盾になろうとするし………。
おい、こらまて、みんな冷静になろうよ………。
とりあえず私は、敵の攻撃を掻い潜りながら、幼馴染みに近づき、その頭を拳骨で殴り付けた。
「てっぺい、あんた、自分で勇者とやらになるって決めたんでしょーが、しっかりしなさい!!」
キョトン顔で私に殴り付けられた頭をおさえる幼馴染み。………ホント、世話の焼ける………。
「あんなボロ雑巾な騎士様だけ戦わせるとか、なんなの?女に振られたくらいで情けない。
○○○(自主規制)ついてんの?!何時までも情けない姿晒してんなら、その不要なもん、ねじりきってあげるけど!!?」
私がそういうと、幼馴染みは思わず、といった様子で股間を押さえつける。
そして、次いでへらり、と情けない笑みを浮かべて
「ありがとう、たまちゃん」
なんていった。
そして、武器を構えた。
………よし、これなら、大丈夫だ。
次に、騎士様だ。
近づきつつ、急いで回復魔法を発動する。
私に短く、しかし丁寧に礼を述べた騎士様は直ぐに前線に復帰しようとする。
私は後ろ襟をつかんでそれを阻止した。ぐえっ、と苦しげな声をあげて止まった騎士様に言う。
「あなたは後方支援。
………好きなひとに良いところ見せたいのは、分からないでもないけど、その好きなひとの目を醒まさせるために、確実に魔王をたおさなきゃだめでしょ?
いま、貴方のライバルは勇者じゃなくて、あの魔王よ」
驚いたように私を見る騎士様。
こんな小娘が気づいてないと思ったんだろうな。年頃の女を舐めすぎよ、貴方。
騎士様がすきだったのは、お姫様だ。城から出て、ずっと頑張っていたのは、お姫様の為に他ならなかったのだろう。歯牙にもかけられていなかったのが憐れだった。
折角私を出汁にしようとしていたのに、残念すぎるよね、この結果は。
苦笑いをしてやると、顔を歪めて下を向く騎士様。
絞り出すような声で「すまない」何て言うから、その端正な面に一つ全力でビンタをかましてやって「べつにいいですよー」といってやった。あっけにとられたようにポカン、と口を開けてお間抜けな顔になった。美形台無し。そして、可笑しそうに口元に笑みを浮かべるとうなづいて見せてくれる。
やっとその顔から焦りの色を消した騎士様は幼馴染みの斜め後ろについてサポートを始めた。ようやく彼本来の実力が見れるらしい。
さてと。
あんな攻撃受けて傷だらけになりながら、それでも全力で恋愛モードなお姫様は、ある意味すごいな。狂気すら感じる。あのいくら美形とはいえ、人ならざる者に「真実の愛に目覚めましたの!」とは、畏れ入った。回復が間に合わない………やれやれ。
私は、男共に「10分、いや、5分、回復無しで頑張って」と言った。
お姫様後ろに回り込み、その口を塞ぐと後方に下がる。
親の敵のように睨み付けるお姫様に溜め息を一つ。
いや、彼女の場合は親の仇にこんな憎しみを込めた視線は送らないよね。
「………いい加減、自分の人生を男に………他人に、預けようとするのやめたら?」
その言葉に目を見張るお姫様。
これは、この城に突入する前夜に騎士様からきいたことだけど、彼女はそのあまりにも優れすぎている魔法の才能により、王家や城の殆どの者から煙たがられていたそうだ。彼女を妬むもの、恐れるもの。そんなやつらの視線にさらされて、彼女は殊更頭の足りない可愛い少女を演じてきたと言う。
それでも、城では浮いた存在として扱われ、孤独に過ごしていたそうだ。
今回、討伐に参加させられたのも、一種の厄介払いの意味も有ったそうで、そこで、彼女が無意識に考えた事が、救国の英雄の嫁になれば家族を見返せる、孤独じゃなくなる、といった打算的な面もあったのだ。騎士様は、王家からの回し者と警戒され、端からその対象からはずされていたらしい。………憐れである。
けど、ここに来て勇者は負けかけていて、目の前には勇者以上の力のある男がいる、と。ならば、乗り換えてしまえ、と意識的にじゃなく、無意識にそれをやってしまえるのが、彼女の強いところであり、弱いとこでもある。幸せに貪欲だけど、その方向性が徹底的に明後日だ。
「私、貴方のそういうとこ嫌いじゃないけど、もったいないと思う。」
彼女の魔法の才能はとてもすごいものだ。
その使える種類の多さや力の強さも去ることながら、彼女のすごいところはその観察眼だろう。
欲しいときにほしいサポートがもらえる、というのは、下手な火力が10人いるよりも、価値がある。
彼女はその才能に優れているのだ。
けれど、その生まれ持った才能を、人に愛されたい、必要とされたい、というコンプレックスによってどぶに捨てようとしてるのだ、彼女は。
「他人に頼らなくても、貴女は一人でやっていける才能持ってるんだから、無理して男にすがるのは残念としか言えないわ。
……ほんと、あなた、あんなのの奥さんになりたいの?………幸せになれると思う?
………さみしいなら、ともだちつくればいいんじゃないの?
………………私、みたいな、さ」
可愛くて、巨乳で、生活にいかせる才能があって、人に羨まれる要素を持った彼女がほしいのは、ただ一つ。
愛情だ。
私は、愛情はあげられないけど、友情ならあげられる。
………私は、彼女のあざとくて弱いところも含めて嫌いじゃないらしい。
淀んでいたお姫様の瞳に輝きが戻る。
そして、魔王をぎろっ、と睨み付けた。なまじ元が可愛いから、妙に迫力がある。ちょっと怖い。
でも、よかったわかってくれた。
この最終決戦において、やっとほんとの意味で息があったという感じだった。………ほんと今まで私たちは何をやっていたんだろう。
しかし、いくら息があってきたとはいえ、今までで一番いい戦いかたが出来てるとは言え、魔王の力は圧倒的だった。
幼馴染みが膝をつき、騎士様の剣が折れ、お姫様の魔力が封じられ、その場にまともに動けるのは私一人になった。………この一行の唯一の回復役である私を皆が庇った結果だ。
………………仕方ない、覚悟を決めよう。
おさななじみが、「たまちゃんだけでも、にげて!!」何て言ってるけど、冗談にしてはたちの悪い。………あとで眉間グリグリの刑ね。
私は、魔王の前に立つ。魔王は、今の今まで私が直接的な攻撃をしていなかったことをきちんと観察していたらしく、何もせず、にやにやと小バカにしたような顔で、でも興味深そうに私の出方を待っている。………なめてるわね。
………まあ、好都合だけとさ。
「………まさかっ!?」
お姫様が慌てたように声をあげた。………流石に魔法職。私のやりたい事に逸早く気づいたみたいだ。
幼馴染みと私は、この世界に渡るとき、所謂チート能力というやつに目覚めた。
この世界にはない、理に逆らった力を。
間抜けな幼馴染みはどうやらトレース能力を開花させたらしい。見たものを瞬時にコピーして相手にそのまま返す反則すれすれな、でも使いどころを迷う力だ。………うん、ほんと、あいつっぽい。
そして、私は、膨大な魔力の持ち主でこの世界でも珍しい回復魔法の使い手、と思われていたけど、実は、少し違う。
魔力そのものに干渉することが出来る力が、私固有の能力だ。
相手の体をめぐる魔力に干渉して、生命力を活性化して傷を直し、毒を中和する、それが私の回復魔法の正体なのだ。自分の魔力じゃなくて、外部の魔力を使用してるから、魔力が無尽蔵に見えるだけだ。決して、癒しの力じゃないのが、私らしいと言えばらしいんだよね。
だから、こんな事も出来るのだ。
魔王に意識を集中させる。
端から見れば、ただ魔王にガン飛ばしてる女だろう。魔王もそう思っているらしく、せせら嗤っている。
そして、ゆっくり此方に指先を向ける。
さっきからあんな一寸した動作で強力な攻撃魔法をぶっ放してくるから、恐い。さすが、魔王だ。規格外の大魔法を使うときくらいそれらしい呪文の詠唱位唱えてほしいものだ。そんなことをぼんやりと思う。
………指からピカッ!て光が走って、私に向かって衝撃波が放たれる、はずだったのだろう。
魔王が、初めて顔を歪めた。
………さっきまで調子良くぽんぽん出していた大魔法が発動の気配すらない。
そう、私は今、魔王の魔力に干渉してる。
膨大で、真っ黒で、禍々しい魔力を私のなかに取り込んでいる。
少しずつ、少しずつ。
私が、魔王の闇の色に染まっていく。
なんて、禍々しいしくて、殺意に満ちて、
………悲しい力だろう。
そう、あなたは、大切な誰かを人間によって失ったの。魔力と共に魔王の心が流れ込んでくる。
人間を憎む以上にその大切な人を守れなかった自分自身を蔑み、貶め、それでも、失ったものを取り戻せないことを理解して、苦しんだ末に、そんな存在になったのね。
もういい、私が全部受け止めてあげる。
幼馴染みのせいで、お節介は御手の物だ。
だから、
全部よこしなさいっ!!!
魔王から全てを吸い取る。
魔力ごと、命も、存在そのものも、
悲しい感情も
がくり、と地面に膝をつく。
視界がテレビの砂嵐のようにちらつく。
すべての音が歪んで聞こえた。
私は、魔王を取り込んだ。
「………たまちゃんっ、たまちゃん!!!」
ガクガク揺さぶるのはお間抜け馬鹿な幼馴染み。具合悪い人をむやみやたらと揺さぶるな。
「………聖女、さま」
驚きと衝撃、そして、悲しみに顔を歪める騎士様。………最後まで名前で呼んでくれないんですねぇ………そんなだからたかだか小娘な私一人騙くらかせないんですよ。
「御姉様ぁ………!!」
わっ、と泣き出すお姫様。折角の可愛い顔が台無し………になってない。さすが、美少女。………と、いうか、私はいつから貴方の姉になったのだろうか。あなた私の同い年でしょうが。
全くもう、みんなして世界が終わるみたいに嘆くとか、何なの?
………折角私が身体張ったってのに。
「お、ひめ、さま。泣かないの………折角美人、なんだから、笑って、凛と胸を張って………ね?」
お姫様が私の手をとって顔を涙で濡らしながら何度も頷いてみせてから笑顔をつくって見せた。うん、その笑顔なら大丈夫。………どんな人でも騙せるわ。
「騎士様。
もっと、………正直にならないと、
たいせつなもの、めのまえを、すりぬけてきます、よ」
騎士様は、苦い顔で「肝に命じます」と頷いた。
さて、最後に、お姫様よりぼろっぼろに涙を流す幼馴染みだ。
ああ、もう、折角顔だけはいいんだから、ちゃんと笑ってなさいって………。
………まあ、あんたの良いところは、顔だけじゃないから、ちょっとくらい不細工になっても大丈夫か。
私が、このきつい性格のせいで孤立しかけたとき、あんたが何時もみたいに「たまちゃん、たまちゃん」って絡んでくれたお陰で、皆から距離をおかれずにすんだこと、あんたが、ほんとは、一人立ちしようとしたことを邪魔したのは私。
それを私に気づかせないため、「たまちゃん」って、ずっとそばにいたんだよね。
………ほんと、あんた、馬鹿で、間抜けで、………情けないくらい御人好し。
ほんと、残念なやつ。お姫様くらい強かにならないと、ダメなんだから。
私は、もう、側にいられないんだからね?
全く、あんたはいつまでたっても、残念なんだから。
「てっぺー………」
あいつを呼ぶ
「………たまちゃぁん………」
ぐずぐず、と鼻を鳴らしながら私を覗き込む幼馴染み。
………容赦なく顔にかかる滴。
………涙は我慢するにしても、鼻水垂らしてないでしょうね。
まったく、しょうがないやつ。
………だけど、そんなだから、私は………、
「………しっかり、しなさい、よ………」
あんたの事、すきなの。
目の前が真っ黒に染まっていく。
魔王の意志が私の意識を塗り潰していく。
ああ、そろそろ私が終わる………………。
ちらり、と騎士様の手元を見る。
あれくらいの長さなら、大丈夫、かな?
皆は、私の顔に視線を向けている。
私は、迷わずそれに手を伸ばした。
ばっ、と騎士様の手からそれを奪う。
そして、
……ずっ………!!と胸に衝撃と熱。
「………御姉様!!!」
お姫様の悲鳴みたいな呼び掛け。
「……何て事をっ!!」
私の手から剣の柄を外させる。あは、なにその泣きそうな顔。 焦りすぎでしょ?
「た………ま、ちゃん………」
ああ、やっと泣き止んだ。
………折角だから笑って欲しいんだけどな、何時もみたいに「たまちゃん」って。
………流石に無理かな。我儘だよね。
「てっ、ぺ………気合い、たりな、………泣いて、る、場合………」
あんたは、まだやることがあるでしょ?皆連れて逃げなきゃね?
私は、幼馴染みの魔力に干渉して、傷を治しておく。
視界が完全に黒に塗り潰される。
あー…………時間切れだわ。
私の中に魔王を取り込んだとき、拒絶反応で私の生命力を蝕むと同時に、魔王が、私を乗っ取ろうとした。
このままでは、私のからだを使って魔王が復活してしまう。
だから、私は私を滅する事で魔王復活を阻止したのだ。
そして、私は終わる。
願わくば、我が幼馴染みに幸多からんことを。
………じゃあね、私の幼馴染み。
「………どうしてこうなった?」
私はくびをかしげる。
私の前には黒い豪華なゴシックぽい椅子にふんぞり返る角の生えた黒づくめの男。
そして、その右側に黒い騎士、左側にゴスロリドレスの巨乳美少女。
そして、私はというと、
黒いレザーなレオタードに、ロングブーツ、前開きの巻きスカートに艶のある生地のマント。………勿論、全て黒だ。
なんだ、この、どこぞの悪の組織の女幹部のような格好は………。恥ずい………。
「説明してくれるんでしょうね?」
目の前の男を睨み付ける。
「ああ、目が覚めたんだね、真珠」
妙な迫力がある男。私の不機嫌な問い掛けなんて歯牙にもかけない。
肌の色が黒く、瞳が赤い、そして、髪の色も黒い。
………髪の色だけは、元のまま、なんだね。
「………てっぺい」
薄笑いを浮かべている、その男は、幼馴染みだった。
ゆっくり、幼馴染みが立ち上がる。………身長も変わってないんだ。
と、いうか、変わったのは、色だけなのね。………ほんと、格闘ゲームの2Pカラーバリエーションじゃないんだから。
いや、決定的に違うものがもう一つ。
「………真珠、待っていた」
目元を細めてやたら色気たっぷりに笑んで見せる、幼馴染み。
いや、この笑みは………
「………魔王」
そう、この笑い方には覚えがあった。
私に取り込んだはずの、あの、超絶美形………魔王と同じモノだ。
ふふ、と余裕たっぷりに笑いながら立ち上がり、私に近づく魔王。
「………魔王か、………そうだな、今の俺は魔王だ」
す、と頬に触れる手。
ああ、ほんと、何なの?
「でもね、真珠、魔王は俺だけじゃない。
あそこの二人も、そうだよ」
後ろを指差す。
スカートを摘まんでお辞儀する、ゴスロリ巨乳。
胸に手を当てて礼をする黒騎士。
………魔王が、3人、
………………何となく、わかった。
「………もういい、理由は聞かない」
魔王が3人居ようが、10人居ようが、今はどうでもいい。
それよりも、私は目の前のこいつだ。
「………てっぺい?」
私は、頬に触れた手を掴んでそっとはずす。
にっこり、と微笑んで。
目の前のやつも、それに合わせたように笑みを深めた。
ああ、そう。まだ、それつづけるんだ?
私は、手をす、とあげた。
そして、
ばっちぃぃぃん!!!
その頬っぺたに全力でそれをぶつけてやった。
「ふっざけんじゃないわよっ!!てっぺい!!!!」
怒鳴り付ける。
目を見開く、魔王。
「私は、あんたにこんな事させたくて最後の力を使ったんじゃない!
………………いや、それは、百歩譲って赦してやるけど、あんた、なんなのっ!!?」
思いの丈を目の前で驚きに固まっているやつにぶつける。
ぐっ、と胸が苦しくなって、言葉をつまらす。
ちがう。
ちがう。私は、あんたにそんなの、望んでないもん!
「………真珠」
戸惑ったような、こえ。
「あんたはっ、………私の幼馴染みじゃなきゃ、ダメなんだからっ!!!
………こんなの、てっぺいじゃない………
なんで、
『たまちゃん』って、呼んでくれないの……」
私は、幼馴染みに、幼馴染みのままで、いてほしくて、覚悟を決めたのに、何なのよっ、これはっ!!!
悔しさと悲しさで、涙がボロボロと止まらない。
「てっぺい様が悪いですわね」
お姫様が言う。
「てっぺい殿………」
あきれた声の騎士様。
え?え?と戸惑う声をあげる目の前の男。
「………きらい、てっぺいなんて、大っ嫌いだ!!!」
私がそういったとたん、はっ、と息を飲んだ。
「そ、………そんな、真珠、おれ………」
自信なさげに震える声。
嫌だ。こんなの、
私のせいで幼馴染みがてっぺいじゃなくなってしまった………。
顔を両手で覆ってしゃくりあげる私をそっと包み込む温もり。
「………ご、ごめ、………たまちゃんっ………泣かないでっ」
ぐず、と鼻をすする音。
………情けない声。
「………てっぺい………」
私は、顔をあげる。
目の前には、どうしようもなく不安に満ちた顔で涙を流す幼馴染みがいた。
ああ、やっと、私の幼馴染みを見つけた。
「やっと、元サヤですわね。よかったですわ、御姉様」
柔らかいお姫様の声に顔をあげる。
「てっぺい殿……だから下手に繕うことはないともうしあげたのに」
呆れたような、でも優しい口調の騎士様。
「おれっ、………俺、弱くて、たまちゃんに無理させてあんなことにっ、………だからっ、頼り概のあるっ、余裕のある男にっ、なろうっ………て」
そこまで言うと、幼馴染みは、だー!と涙をさらに流して、ひーん!と情けない鳴き声をあげる。
あーあ、もう、しょうがないなぁ……。
私は、その涙で湿るほっぺに触れるだけのキスをした。
「わたし、てっぺいが、すき」
幼馴染みが、一瞬動きを止めて、次の瞬間、ぼっ、と頬辺りのその浅黒い肌の色を濃くした。
あわあわ、と口を閉口する幼馴染みに、自分もぎゅーっと抱きつく。
「………でも、私が好きなのは、この、てっぺい。
余裕も、頼り概もいらない。
………泣きながらでも、私の事をまっすぐ見てくれる、今のてっぺいがいい」
暫く無音が続く。
戸惑うように、ゆっくりと力が込められるうで。
「………たまちゃん、ごめんね、ありがとう、俺も、たまちゃんが、一番すき」
てっぺいの言葉。
………なんだ、この、茶番。
てっぺいと両思いとか、何のギャグ?
………まぁ、いいか、嬉しいし。
んんっ!と、業とらしい咳払いに、私たちは、おずおずと離れた。
その咳払いをしたのは、騎士様だった。
その後、騎士様とお姫様から私と、3人がこんな風になった経緯を教えてもらった。
私が魔王と一緒に自分の命を絶った後、幼馴染みは、私の能力をトレースして、魔王の魔力を私がしたように自分に取り込んだのだ。
しかし、そのままだと、私の二の舞になってしまうため、二人に協力を協力を申し出た。
そして、魔王の魔力を二人にも分ける事で、自我を保つことができたのだと言う。
そして、私の魔力回路と自分の魔力回路を繋げた幼馴染みは、私の命を現世に留めるため、より多くの魔力を摂取しながら私のからだの維持と治療を続けていたのだ。
そして、新たな魔王として3人で私を守りながら、人間の進攻をとどめていたという。
「でも、これで俺達も全力で人間に対抗できるねー!」
明るくそんなことを言う幼馴染み。
「………そうですね。最後の魔王も目覚めましたし、守りに割いていた配下達も、攻めにまわせますからね」
爽やかに物騒な発言をする騎士様。
「一番力の強い魔王が覚醒したのですから、どの国からでも落とせますわー」
可愛らしく邪悪さ全開のお姫様。
………………………うん、なんかさ、全員、いい意味でも悪い意味でも強くなったんじゃないかな。
少し引きぎみで、豪華なテーブルで御茶を飲みながら他の3人の話を聞いている私。
「ねー、たまちゃんはどの国から征服したい?」
すっかり魔王が板についてる幼馴染みにそう問い掛けられて、私は、溜め息をつく。
まったく、
馬鹿で、間抜け、情けない事に加え、ろくでなしになってしまった幼馴染み兼恋人を見やる。
まあ、いい、それくらいは、許容しよう。
だって、わたしは、あんたの、『たまちゃん』だからね。
「……新鮮な海鮮丼が食べたい」
この世界に来て、口にしてない料理の名前を口にすると幼馴染みの目が輝いた。
「よし、じゃあ、港に面した国と農耕盛んな国からだねっ!」
ああ、もう、そんな張り切って。
どじ踏まないように、私が見ててあげなくちゃ。
人間の国を支配下に置くための会議は和気あいあいと続いていく。
そんな様子をとても満たされた気持ちで、眺める。
ああ、幸せだな。
それから数十年後、世界征服は成った。
しかし、それは、ひどく平和な世界を作り上げることになる。
圧倒的な魔力、武力をもった支配力と、カリスマ性のある、元勇者が国々をまとめ、
そして、慈愛の魔王妃が、愛をもって、3人の魔王を統括したためである。
そして、異世界から召喚された勇者と聖女は、魔王と堕ちながらも正しく世界を平和に導いた英雄として、語り継がれていくこととなった。
………………そんなこと、わたしと幼馴染みには、関係ないことだけどね。
結局、リア充爆発しろって話です。
ハッピーエンド上等、と悔し涙を流す非リア充な書き手な自分をよそに、彼らは末永くばくはつすることでしょう。