プロローグその6 物語の始まり 修正済
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「……ならば何故奴は俺を助けた?」
アスモデウスが言うにはメフィストフェレスは俺を助けたのだと言う。なら何故助けたのだろうか。
「さぁ?そこまでは知りませんわ。試しに本人に聞いてみましょうか?」
そう言って、魔王は虚空に魔法陣を描きはじめる。
「本人に聞く?」
「ええ、こんな感じで」
そのまま右手を俺の胸の球体に当て、左手でパチンっと指を鳴らす。すると、宙に浮かぶ魔法陣を背にホログラムのような形で、実体をもたない執事服のモノが姿を表した。
「お呼びでしょうかご主人様?」
出会った時と同じ様に薄い笑みを浮かべながら立つ紅い悪魔、メフィストフェレス。
そんな悪魔の姿に動揺している俺の横で、気づけばアスモデウスは実体をもたないメフィストフェレスへと飛びかかっていた。
「あ~ん、メフィちゃん会いたかったですわ~。もう今夜は離さないわ。二人で愛の結晶を作りましょう!!」
ホログラム状になり透けているにも関わらず、アスモデウスはメフィストフェレスをハグするように抱きしめる。すると、メフィストフェレスは笑みを崩し、心から驚愕したような表情を見せる。
「ゲェーーーー!? 何でアスに拾われているんですか!? 私は倪下に頼みましたよね!?」
初めに会った時の軽さに近い感じで驚くメフィストフェレス。本気で拒絶の意思を示すものの、アスモデウスは離そうとしない。
「ん~、ルッシーが”めんどくさい。近くに居るならアイツ貸してやるから助けとけ”って」
「あの野郎!!今度あったら主様に羽もいでもらってやる!!」
強く叫びながらも必死にアスモデウスを引き剥がそうとするメフィストフェレス。だが、実体を持たないため、意味をなさず、アスモデウスになされるがままになっている。
そんな様子に正直面食らいながらも俺はメフィストフェレスに訊ねる。
「お前とそこの魔王は親友と聞いたが?」
「この状況を見て下さいよ。そんな風に見えますか? こいつとはただの「セフ…」アスは少し黙っていてください!! …単なる腐れ縁ですよ……」
そして疲れた様子でアスモデウスを追い払った後、メフィストフェレスはホログラムの中で服装を正し、髪をかきあげて俺の方を向き直った。
「それより主様。度重なる無礼誠に申し訳ありませんでした。謝ればすむという問題では無いことは分かっていますが、契約が成されたが故に、もう元に戻ることが出来ません。然るにこれから先私は主様に力を捧げることのみに尽力致します。それで許してはいただけないでしょうか?」
俺の胸の球体がドクンと強く脈動する。それを感じることで、俺はメフィストフェレスの思いが本物であると何故か自然に理解することが出来た。
「……何故そんな態度をとる? お前は契約通り魂を奪おうとしただけだろう? それに俺はお前を喰らったんだぞ?恨み言の一つでも言うのが普通じゃないのか?」
素直に謝られたせいか、毒気を抜かれたように先程まで感じていた強い感情が鳴りをひそめ、思わず俺は何故素直に謝ったのか問いかけてしまう。
「いえ。私は主様を見誤っておりました。まさか貴方様の中にあのような素晴らしい強欲が在るとは思いもしませんでしたし、喰われてから私は望んでいたものの片鱗を味あわせて頂きました。そのような主にどうして恨みを持ちましょうか? それに私は主様に枷を与えてしまいました。ならば力を貸すのは当然かと」
「枷?」
ペラペラと捲し立てるメフィストフェレス。それを聞きながら俺はふと疑問を覚えた言葉について訊ねる。
「……ええ、今は私の力で自身を抑えていますが、これから少しずつ主様の体と融合して行くことで、私の力は主様へと流れ込んで行くでしょう。そうすると、負荷に耐えきれなかった場合、主様の体は消滅し、結果的に私が主様を吸収してしまうことになるでしょう。そして、それを避けるためには私が主様の全てを呑み込む前に、主様に私に匹敵する力をつけていただかなければならない。申し訳ありませんが、そういう枷を私は主様につけてしまったのです」
「力をつけなければ死ぬ……?」
胸の球体に思わず手を当て、呆然と俺は呟く。その様子にメフィストフェレスは複雑な表情を浮かべた後、さらに言葉を続けた。
「ですから主様。どうかこの剣と魔法の世界で多くの命を奪い、強くなっていって下さい。……そう、私を喰らい、世界を喰らい、貴方の中の無限の強欲を満たしてくださいませ。ーーそうしていけば、本当の意味で主様は自身の望みを叶えることが出来、レナさんと再会することも出来るでしょう」
俺は魔物と姿を変えられ、強くならなければ死ぬ呪いのようなモノをかけられた。だが、結果的に言えばもう会えないと諦めていたレナのいる世界へと辿り着くことが出来、メフィストフェレスを吸収することで元の世界へとレナだけでも送り返すことが出来るかもしれない可能性を手に入れた。
……まだ何も終わっていない。その思いと共に胸が熱くなるのを感じながら、俺はメフィストフェレスを真っ直ぐ見据える。
「お前を喰らうということは、すなわちお前は消え失せるということだろう? それでお前は構わないのか?」
「ええ。私が契約により魂を求めるのはひとえに望みがあるからです。ですが、いくら魂を奪おうとも私の望みは叶わず、このままでは恐らく叶わないのでしょう。
ーーしかし、私は主様に喰われたお陰で、望みの欠片に手が届き、主様が望みを叶えて行こうとすれば、同時に私の望みが叶えられる可能性があることがわかりました。
故に望みを叶えた結果、消えるのなら本望でございます」
俺が向けた目線に対し、メフィストフェレスは笑みも浮かべず真っ直ぐ見つめ返し己の意思をはっきりと示した。ーー自分は本気であると。
故に、
「……わかった。ならば俺は強くなり、望みを叶えよう。レナに会い、己の深層の望みとやらを叶えるために。そのために力を貸してくれるか?」
覚悟を決めよう。この世界で生きていく覚悟を、何を犠牲にしてでも強くなる覚悟を。
「はい。私が持てる力を持って主様をお助け致します。そのためにも主様には強くなるということがどういうことか説明いたしましょう」
メフィストフェレスは一度言葉を区切り、襟を正してからまた喋り出した。
「まず、前提としてこの世界では、全ての生物の肉体の中ににマテリアと呼ばれるものが視認出来ないけれど存在していることを、主様には理解していただきます」
「俺の中にもか?」
「ええ、もちろん。そして、そのマテリアこそ、所謂力の源であり、それを鍛え上げることで肉体を強化し、空気中の魔素を取り込んで魔法を使用するといった、この世界での肉体的な強さを得ることが出来るのです。……ここまでは宜しいですか?」
「ああ」
鍛え上げることで強くなり、肉体を強化したり魔法の行使を可能にする。要するにそれはロールプレイングゲームのレベルのようなものかと俺は納得する。
「先程言ったようにマテリアは全ての生物に存在します。ですが、マテリアがどこまで成長するかは生物毎に異なっており、その中で、私達魔物は高い成長性を持っているのです」
「成長性?」
「そうです。魔物は種毎にマテリアの限界が異なるのですが、限界を迎えた種は進化という形で自分の行動にあった上位種へと姿を変え、マテリアをより高みへと成長させることが出来るのです。その上、主様は私の契約魔法のせいで魔物へと変化した身であるため、種族という制約に囚われること無く、進化できるはずです」
「要するに、普通ならスライムとしてのマテリアの限界を迎えた場合、本来はポイズンスライムやレッドスライムといったスライム族にしか進化出来ませんが、貴方の場合は、そこからゴブリンやゴーストと言った別種族への進化を可能にするのですわ」
メフィストフェレスを補足するようにアスモデウスも言葉を紡ぐ。
「……結局俺は他の生物を倒し、マテリアを高めて行けば種族の制約が無い分高みを目指せるということか?」
色々説明されたが、結局他の命を奪って生きていくということが全てと判断し、簡潔に纏めてみる。
すると、メフィストフェレスは頷き、
「そうですね。大体肉体的な説明は以上です。ですが、これだけでは足りません。主様と私の間にある魂の格という溝を埋めなければ主様は私に呑まれてしまいます」
「魂の格??」
またしても現れる聞き慣れない言葉。疑問に思う俺に、嫌がりもせずメフィストフェレスは説明してくれる。
「はい、主様はスライムの身なれど魂の格は人間のままです。そして人間の魂は大体一般悪魔と呼ばれるくらいの格であり、対して私は上級悪魔のさらに上、公爵の爵位を持つ爵位悪魔でありまして、私を喰らうには主様には少なくとも爵位クラスになって頂く必要があります」
「ならその魂の格を上げるにはどうしたらいい?」
今までの口調であればただ殺すだけではダメらしい。ならどうすればいいのかと訊ねてみる。すると、メフィストフェレスは心から申し訳なさそうな顔と共に言葉を紡ぐ。
「……大変申し訳ありませんが私には手段が思いつきません。私は生まれた時から上級悪魔であり契約の力を持っていたため、他者の魂を頂くという功績を得ることで格を上げてきたのですが、主様はその手段を行うことが出来ません。かといって低級悪魔がどのように格を上げてきたのか興味を持ったこともないため存じあげません。ですからーー」
そう言ってメフィストフェレスは自身の隣に立つ魔王の方を向き、
「〈色欲〉を司りし魔王、アスモデウスよ。我が主を助けるために、我が無知が招いた事態を救うために御身の力を貸してはいただけないだろうか?」
メフィストフェレスはは深く頭を下げるーー深く、深く、深く。
その先には本当に驚愕が隠せないといった感じの表情をした魔王アスモデウスが立っていた。
「……驚きましたわ。いつも偽りの仮面を脱がず、〈傲慢〉の魔王ルシファーより傲慢とすら言われていた貴方が、たかが人間……しかも貴方にとって餌でしかない契約者の人間のために頭を下げるなんて……」
まさしく絶句していると呼ぶのがふさわしい状態で立ち尽くすアスモデウス。
そして、ふぅ、と息をつき俺の方へ向き直る。
「……良いでしょう。メフィストフェレスの思いに応え、わたくしは貴方に力を貸しましょう。
人間達の町ロックケーブ、その町の近く、〈強欲〉の魔王領の森にある私が管轄する封印されしダンジョンを貴方に与えましょう。
そこで貴方はダンジョンの主となって挑んでくるモノを破りなさい。それは貴方の功績となりその功績で格を上げることが出来るでしょう。
……ただし、わたくしはメフィストフェレスの望みを知っています。知っているからこそ貴方に必要以上に力を貸しません。最低限は施しましょう。しかし後は貴方次第です。
何故ならこれは貴方とメフィストフェレスの物語。ーー愚かな愚かな一人の異世界人と一匹の悪魔の物語。同胞を殺め、血をすすり、命がけで生きていく覚悟を問われる選択の詩。
……それでも貴方は望み、私の元でダンジョンを求めますか?」
歌うように紡がれる言葉。アスモデウスが問うのは俺の覚悟。故に俺は俺の意思をはっきりと示す。
「……俺は望む。願いを叶えるために。どんな困難であろうとも進み続けることをここに誓う」
強く言い切ると同時に胸が熱くなる。それはまるで選択を祝福するようだった。
「……良いでしょう。ならば〈色欲〉の魔王アスモデウスの名のもとに、汝に問う。ーー汝は何者か?」
まるで決められた台本があるかのようにアスモデウスが俺に問い、それに応えるように俺の口から自然に言葉が溢れ出す。
「我は迷宮の主たる資格を望む者。
我は悪魔メフィストフェレスの契約者。
そう、我が名はーーファウスト。
己が強欲を満たすため悪魔と契約した愚か者」
ファウスト。それが新しい俺の名前。それを紡ぎ終えると同時に俺の体が光輝いた。
「……はい、お疲れ様ですわ。これで貴方は立派な〈色欲〉に属する悪魔であり、ダンジョンマスターですわよ。せいぜい頑張ってくださいまし」
「主様おめでとうございます。私も貴方の中から見守っております。」
魔王と悪魔の言葉に俺はうなずいて返す。
「さて、このままダンジョンの近くまで送って行きましょうか?此処からだといささか遠いので。」
「ああ、頼む。あと一つだけ願いがあるのだがいいか?」
そう言って俺は魔王の耳元で囁く。
「ーーーーーーーーー」
そして魔王は驚きのあと笑みを浮かべ、
「……うふふ、メフィちゃんが貴方に肩入れするのもわかる気がしますわ。
……面白い。良いでしょう、貴方のその願い叶えましょう!」
そう言って魔王は虚空に魔方陣を描いたーー。
※
ロックケープ近郊。魔物を防ぐ城壁に覆われた街を背に全身を布で隠した男が前方に広がる森への道を歩く。
「主様は本当に最高です。けどこんな姿にするなんてあの女め……これじゃ主様に夜の御奉仕が出来ないじゃないですか~。はっ!? まさかあの女そこまで見越して!! ねぇ~主様~そこんとこどう思います?」
そんな男の横を、全身が黒く目がルビーのように赤い猫が饒舌に言葉を喋りながら歩いている。
「どうでもいい」
「あ、ひどい! 主様が私に土人形の肉体を持たせるようにしたんだから責任をとってくださいよぅ~」
口では軽口を叩くものの、その状態を満更でもなさそうにする猫と共に、男は進んでいく。
……そう、生きて望みを叶えるためにーー。
これで第0章は終了です。初期案だと前編後編に分けるつもりはなくさくっと終わらせる予定でしたのですが、思ったより長くくどく成りました。申し訳ありません。次の章からはいよいよ本編ダンジョン経営。正直なかなかうまく出来ないわ、忙しいわですぐには出せないかも知れませんが、次章もよろしくお願いいたします。