第5話 魔導師ジーベルの話
※※※sideジーベル※※※
私は選ばれしエリートである。
ガスパール帝国の宮廷魔術師筆頭だった父を持ち、生まれながらにして称号により〈天才〉の特性を持っていた。
周囲から羨望の眼差しを向けられる中、私はめきめきと頭角を表していき20代半ばには、炎魔法使いと土魔法使い、そして僧侶の職業を極め、上級職業である魔導師となる。しかも私は混合魔法を使いこなすことに成功し、〈キメラの魔導師〉という名誉ある名まで手にいれることが出来たのだ。
そのまま、たちまち宮廷魔術師になった私は富も女も名声も何もかもを手に入れ、妬む者共を見下し、邪魔者は金で雇った私兵で襲わせ消しながら満たされた生活を送っていた。
そんな折、皇帝から私に勅命が下される。それは新しく召喚された勇者、マルグリッドという女性と共に魔王討伐の旅に出ろというものだった。何でも、皇帝は非力な女が召喚されると思ってなかったらしく、私に共に旅に出させて見極めさせようという心づもりらしい。
それに従い、私は帝国の飼い犬である暗殺者のウェイバー、貴族崩れの冒険者のカール、そして、冒険者として名を知られているヴァランタインと共にマルグリッドと名をつけられた勇者との旅に出ることになった。
・・・そして、その旅の中で、私は勇者様ーーマルグリッドに恋をしてしまう。
強気で物怖じしない性格、人の心を理解するかのような気配り、何よりも眩い微笑みに私は今まで富や名誉に群がってきていた女が霞んでしまうほど、強く心惹かれてしまっていた。
けれど、私は知ってしまう。異世界から召喚された彼女は異世界にいるという大切な人のことを思っているのだと、つまり、自分の恋は叶わぬ恋であるということを。
ーーそして、それを知ってしまった時から自分の中で何かが崩れた。富も名誉も女も欲しいままにする自分が手の届かない者。それにより、砕かれたプライドは異世界にいるという彼女の思い人への嫉妬に変わり、その男の代わりに彼女の心の中心になりたい、彼女を屈服させて自分のモノにしたいという思いを持つようになる。
日々膨れ上がったその思いは私に皇帝へ虚偽の報告を送り、勇者達を殺すための部隊を派遣させ、そいつらやヴァランタインを懐柔したり、長期の遠征で疲れ切った所を狙うため部隊を伏せさせたりするなど私を駆らせた。
・・・実際、完璧なはずだった。アイツさえいなければーーー
あの日、計画を実行し、邪魔なウェイバーとカールを殺し、愛しい勇者様に手をのばそうとしたとき、奴らは来た。
最初はただの雑魚どもの集まりだった。群れの長であろうスケルトンの予想外の力に焦りこそすれ、ヴァランタインの手を借り、問題なく掃討出来た。
それから、再び勇者の元に向かい、愉悦の感情とともに部下達と服に手をかけた時、部下の一人の恐怖の感情のこもった叫びが聞こえてくる。
ーーその声に振り返った先にいたのは黒髪の赤い目をした男だった。
アンデッドの効果で生き返ったスケルトンが男になる。その上、一瞬で勇者の前に転移する。そんなありえないことを目にしながらも私は愉悦の感情を引きずり、たいしたことはないとたかをくくる。そのまま部下共に殺させようとしたとき、それは起きた。
ーー振り返った先の男たちの首から上が消失していたのだーー。
・・・意味がわからなかった。理解ができなかった。ただあるのは首無し死体が並んでいるという事実だけ。
信じられない現実を私は否定するように魔法を放つ。だが、そのことごとくが弾き返され、私に返ってくる。それに吹き飛ばされた私の前に赤目の男は立ち、手をかざす。
ーー殺される!?この私が!?
恐怖が思考を支配し、頭が白くなる。その時、ヴァランタインが強烈な殺気と共に現れた。
・・・そこから先は良くは覚えていない。ただ、ヴァランタインに殴り飛ばされたということと、意識を取り戻した時、ヴァランタインが空間の歪みに飲まれていく姿を見たことだけ覚えている。
ーーそれからはっきりと意識を取り戻した私は必死にその場から逃げる。死の恐怖から。絶対的な力から。
そして、なんとか命からがら帝国に逃げ帰った私に待っていたのは皇帝からの無能という言葉と、かつて見下してきた者達の憐れみの眼だった。
そうしてすぐに噂は拡がり、気づくと、悪魔に命乞いをして勇者を生け贄に助かった男という噂がたてられる。誰が流したかはわからない。ただ、もう自分で火消しが出来る段階を越えてしまっていた。
それにより帝国に居られなくなった私は先の戦闘に参加しなかった部下達と、逃げるようにザミエル王国の王都に向かった。そこで、日々飲んだくれ、女を金で買うような生活を送って居たのだったーーー
ーーー
「やめ、やめてくれ!?ぐぎゃああぁ!?」
夜のザミエル王国王都の郊外、人の気配のない場所で男の悲鳴が上がる。そこには三人の男がいる。一人は既に事切れて地面に倒れており、悲鳴をあげている男は土で出来た十字架のような物に拘束され、目の前にいる私に殴られている。
「ああん?私は強気な女を連れてこいって言ったはずですよ?なのに何で、二人も殺された挙げ句おめおめと帰ってきているんですかぁぁぁ!!」
「そ、それは・・・あの黒髪の野郎がーー」
「そう。それですよ!黒髪の男にやられたですと!?それに殺されずに生かされたと??ふざけんのも大概にしやがれぇぇ!!!」
私の手に魔力が溜まる。
「ま、待ってくれ!?ぎゃぁぁぁぁ!?!?」
私の詠唱と共に、拘束された男の腹に魔法がぶち当たり、男の目から光が消える。それを見て、私は呟く。
「ふん、本当に使えない連中ですね。・・・それにしても黒髪ですか・・・」
私の脳裏に一人の男の姿が思い出される。あの日見た、絶対的な力の持ち主、おそらく高位の悪魔であろうその存在を。
今でも何故彼処にいたのかはわからない。だが、あの悪魔は勇者を守ろうとする意思がはっきり感じられた。それにヴァランタインが空間に飲まれているその時、まるで悪魔を守るように勇者がヴァランタインの前に立ちふさがっているように見えた。
・・・それがどういうわけかわからない。ただ、あの悪魔は決して勇者を殺さないだろう。それだけははっきりしていた。だから勇者マルグリッドはまだ生きている。そう思ったから皇帝に勇者は生きていると報告しなかった。ーーそう、今度こそ自分のモノにするために。
「くそっ!!」
黒髪赤目の悪魔を思い出す度に苛立ちがつのる。例えマルグリッドが生きているとわかったところで、今のままじゃ力が足りないのは分かっている。それに皇帝に賞金をかけられた以上あの悪魔は腕利きの冒険者共に殺され、マルグリッドを自分のモノに出来なくなる可能性もある。そのことが焦りを生み、結局逃げるように酒を飲み、強気な売女を屈伏させて抱く日々を送ることしか出来ていなかった。
「何でこうなった?・・・そうだ、あの悪魔が悪いんだ。アイツが強いからいけないんだ。ああ、憎い憎い憎い!!妬ましい妬ましい妬ましい!!私もあんな力があれば!!!」
感情が私の口から自然に飛び出てくる。それは、その感情は、紛れもない嫉妬の感情だった。
そして、二人の死体の上でその感情を吐露したその時ーー、
「あらあら、何て素晴らしい嫉妬の感情なのでしょう?ふふ、昼間の悪魔の坊やはつまらなかったけど、貴方は良い持ち主になりそうですね?」
いきなり倒れていた男の死体から女のような口調と声色がこぼれる。そして、死体だったはずの腹に大穴が空いた男がのっそりと立ち上がり、さらに話し出す。
「それにしても良いところに死体を作ってくれました。ここはギリギリ私の能力の圏内なので助かりますわ」
そういって微笑む男。女声で微笑む違和感は私に恐怖を与えてくる。
「貴方は一体?」
さすがに男が話しているとは思わず私は誰なのか尋ねる。
「ふふ、貴方に力を授けるモノとでも言っておきましょうか。貴方の嫉妬の感情が実に甘美でしたから私の力を貸そうかと思い、この方の身体をお借りしましたの」
そう言って、悩ましげな姿勢をする男。
「それで?貴方は力を求めますか??嫉妬を叶える力を??」
そのまま首元まで近づき、耳に甘い誘惑をしてくる男。心を震わせるような問いに私は悩む事がなかった。
「ええ、私が奴を越え、彼女を手に入れられる力をくれると言うなら私に寄越しなさい!!!」
その答えに満足しているかのように笑う男の身体を借りる何か。それがひとしきり笑った後再び喋り出す。
「いいわ。ならこちらにいらっしゃい」
その言葉と共に男が歩き出す。それについていくと少し進んだ所にある高級な武器屋の前で立ち止まった。その店はもう閉店しており人の気配はない。
「こっちよ」
誰かに操られた死体は鍵を壊し、中に入る。防犯の魔道具のブザーが鳴る中、死体は平然と進み、そして、一番奥に飾ってある剣の前で立ち止まった。
「さぁ、私を手に取って?マイロードよ」
言いながら死体が指さしたのは、金で豪華に彩られた柄頭にエメラルドの宝玉が嵌まった剣だった。私がそれを言われるがまま手に取った瞬間、パキィィンと何かが外れる様な音がして、手に持つモノから声が響いた。
『はじめましてマイロード。私は死の蜘蛛の杖と申すもの。どうかよろしくお願い致しますわ』
私は驚きながら手に持つモノを見る。すると、其処にあったのは、バラバラに分解された剣の芯となっていた先端にエメラルドの宝玉を持つ一本の黒い杖だったーーー
※※※sideジーベル end※※※




