第9話 魔を喰らう龍槍
ちょっといつもより長いです。
「ファウストォ・・・」
「マスタァー・・・」
ザミエル王国王都、大通りにあるとある出店の前で、二人の女性が上目遣いで一人の男を見上げている。
一人は緑色の長髪をポニーテールにしている如何にも元気のよさそうな冒険者の女性。
もう一人は黒いゴシックドレスを纏う金髪の人形のような少女だった。
どちらも周囲の目を集めるような華のようなモノを持つ女性だったが、二人共どこか作り物めいた感じがしていた。
『ハハハ、ほれファウスト、男のみせどころだぞ?』
その女性達に見上げてられている見た目はそれほど冴えない男の背中から、その男が出すには豪快すぎる声が聞こえてくる。
その声を聞き、男はため息をつきながら意を決したように出店の店員と向かいあい、財布をとりだし金を払う。
そして、店員から何かを受け取った男が振り向いた時に持っていたのは、巨大な熊のぬいぐるみだったーー
ーーー
「なんでこんな高いんだよ!?」
思わず俺は叫んでしまう。ニーズヘッグに俺達の事情を説明した後、出店を回っていた俺達は調味料や料理道具や人間として生活する際の服などを購入していた。実際、これから必要な物だらけだったので、金を惜しまずどんどん使って買っていく。
そして、そろそろ残すことを考えないといけない量まで使った時、ヒェンが最初から目をつけていた店にそれはあった。
それーー巨大な熊のぬいぐるみはレナとヒェンを一撃で骨抜きにしてしまい、迷わず欲しがる二人を見て俺もそのくらいならいいかと思って値札を見て驚く。
なんと、そのぬいぐるみは魔道具で、枕代わりに使うと安眠できるらしい。その分値段も高く、今買ったらほぼ財布が空になるような値段だったのだ。
さすがに俺は財布を空にするのは良くないと思ったので、なんとか誤魔化そうと振り向く。
ーーしかし、そこに待っていたのは上目づかいでおねだりをする二人の女の姿だった。
「きゃ~、カワイイィ~~!!」
巨大な熊のぬいぐるみを抱き抱えながら、レナが叫ぶ。隣で店員がサービスでくれた少し小さなただの熊のぬいぐるみを抱きながらヒェンも嬉しそうな顔をしている。
「マスター、ありがとうございます!!私、大切にします!!」
笑顔で歩くヒェン。こうして見てみると、本当にどこかの令嬢か何かにしか見えない。
「こんなものでよければまた買ってやるよ。ただ、今は金がなぁ・・・」
そう言って財布を振る俺。振っても銅で出来た貨幣2~3枚がカラカラと音をたてているだけであった。
『我にはよくわからんが、そこらの奴を適当にぶちのめして奪えばいいのではないか??』
実に悪魔的なことを言うニーズヘッグ。やはり、弱肉強食の世界を生き抜いてきた奴の言葉は物騒だ。
「そういうことをするつもりはないさ。ここには戦う覚悟を持たないただの人間ばかりだしな。お前だって、丸腰の相手をいたぶったりはしなかっただろう?」
『ふむ、確かに我は攻めてくるモノ共しか相手にしなかったな。というより我は生まれしときより闘争以外欲するものが無かったからな、そういうのはよくわからん』
そう言ってガハハと豪快に笑う龍槍。もはや完全に戦闘狂としかいいようがない。
『それより、一般人から奪わないなら、先程から我らに敵意を向けてきている者共から奪えばよいではないか?』
「・・・・・は?」
思わず間抜けな声をあげてしまう。
『なんだ?気づいておらんかったのか。まだまだ青いのう。先程あの店からずっと我らを観察している者が四人ほどいるぞ?』
慌てて俺は意識を集中し、気配を探る。すると、確かに四人ほどの人間の視線が常にこちらを監視している。
「良く気づいたな?」
『何、この程度の気配を感じとれずにあの時代は生きてはいけないぞ?』
ふふん、と声をあげるニーズヘッグ。確かにメフィやマルトレベルの時空間魔法の使い手と戦いの日々を過ごしたならば納得出来る。アレを相手どるためには時空間の歪みすら見つける高い気配察知能力が必要だろう。
「敵の狙いは何だと思う?」
『さあな。だが、アレは獲物を狙う目だ。こちらが行動を起こせば乗って来るであろうよ』
実際そうなのだろう。こちらに向けられている視線は歩いている俺達の行く先をうかがっているように感じられる。おそらく人気の無いところでしかけてくる算段か。
「そうだな。あえて乗ってみるのもいいか。・・・レナ、ヒェンもいいか??」
熊のぬいぐるみに熱中していてもニーズヘッグとの会話は聞いていたらしく、頷く二人。それを見て俺は王都の郊外の方向へと行く先を変える。すると、四つの気配も同じようについてくるのだったーー。
ーーー
「そこの兄ちゃんよぉ、有り金と女を置いてさっさと失せな!」
王都から出てすぐ、俺達は呼び止められる。振り返るとそこには予想通り、四人の男が立っていた。ただ、予想ではただのゴロツキかと思っていたが、実際には知的そうな魔法使いのような男が二人と、普通の冒険者のような剣士の男が二人立っている状況だった。
「見た目普通なのに何でヤラレ役のテンプレートみたいなセリフ言うんだろ?」
さらっとレナが思ったことを口にする。メフィに影響受けてるのかメタ発言だったが、実際俺もそう思ったので黙っておいた。
「ええい、ごちゃごちゃ言ってないで金と女達を寄越しやがれ!こちとら大将の八つ当たりがいつくるかってヒヤヒヤしてんだ!」
必死に叫ぶ男に同調する仲間達。よほど切羽詰まった状況なのだろう。俺が俺達狙いじゃなければ見逃そうかと思うくらい奴等は哀れに見えた。
「有り金はこれしか残って無いんだがいるか?あと、彼女はたぶんお前等より強いぞ?だから町娘みたいなもっと狙いやすい相手を狙ったらどうだ?」
そう言いながら、財布を振り中身を見せる。ついでにさりげなく町娘に対して酷いことを言ったら、案の定レナに睨まれた。
「はぁ!?何でそれしか持ってねえんだよ!?そんなに買い込んでいるんだから金持ってんじゃねえのかよ!!・・・まぁいい、金はいらんが女はもらおう。大将が冒険者の強気そうな女を連れてこいって煩くてな。あんたの連れがちょうど良さそうだったんだよ。・・・ヒヒ、悪いことは言わねえ。兄ちゃん、女を置いてさっさと失せな。四対二な上俺達は全員魔法が使える。あんたらに勝ち目はねえぜ」
勝ち誇った顔で語る男達。それを見ながら俺は剣士も魔法を使えるということに興味を覚える。レナが光魔法を武器に宿していたが、あのようなものなのだろうか?そう考える俺の背から声が響く。
『ふ、鴨が葱を背負ってやってきたか。おい、ファウスト、良い機会だ。我の力見せてやる。汝は少し手を抜いておれ』
やる気十分なニーズヘッグ。後ろでレナがヒェンにこっちにも鴨とか葱が有るのか真面目に聞いている。それを見ながら俺はため息をつきながら剣士達に話しかけた。
「・・・なぁ?お前達。特に害をなさない魔物ってどう思う?」
「はぁ?なんだよいきなり。魔物なんて害をなさなくても生きてる価値ねぇだろ。せいぜいピグが食用に役に立つくらいか?」
「・・・そうか」
俺は予測していたものの、返ってきた答えにがっかりする。やはり、基本概念からして歪んでいる。どうにかならないものなのか・・・
「意味わかんねぇが、もう逃がさねぇ。野郎共!!やるぞ!!!」
かけ声とともに魔法使い達が呪文を紡ぐ。そして、炎属性のファイアボールと水属性のウォーターボールを俺に向け放つ。同時に剣士の男達が魔法に追随して駆けてくる。どうやら魔法が避けられたら、剣士が斬りかかる手筈らしい。
そのチームワークの取れた攻撃を前に俺は背中から槍を手に取り、軽く前に迫る二つの魔法の球を払う動作をする。
ーーその瞬間、剣士の顔が驚愕で歪んだ。
「!?!?!?」
突如、魔法の後ろから駆けていた男の目の前で魔法が消失したのだ。いや、消失と言うより払われた空間にあった魔法が喰われたような感じだった。慌てて動きを止める剣士。そこに、槍から声が響く。
『魔力の練り方がなってないな。点数にして3点くらいか?』
気づくと喋る槍の白い柄の部分にある3つの透明な球体の内、2つが赤と青に染まっている。そして剣士達に向けられ直した槍からまた声が響く。
『ほれ、返すぞ?解放』
「な、何だ!?前が見えない!?・・グハッ!?」
言葉と共に槍の先からファイアボールとウォーターボールが放たれる。それは剣士達の目の前で衝突して弾け、蒸発した白い煙が剣士の視界を覆う。そして、それに戸惑う一人の剣士の腹にいきなり三叉槍が突き刺された。その鋭い切れ味は薄いとはいえ剣士の防具を貫通している。
『汝らの弱き魔法も巧く使えばこのようなモノよ。・・・それにしても弱き血だのう。全然力が湧かないではないか』
赤と青に染まっている球体が再び透明になる中、槍は男の腹に刺さりながら、流れ出す血を吸収している。それによりたちまち刺さっている男は血が足りなくなり死亡する。
「この野郎!テリーをよくも!!死にやがれ!雷よ!刃に宿れ!属性付加・雷!!」
煙の晴れた中、残ったもう一人の剣士が何かを唱えながら突撃してくる。その手には雷を纏った剣を携えていた。
『ほう、武器に属性魔法を付加するか。面白い、その魔法喰らわせてもらうぞ!いけ!!ファウスト!!』
ニーズヘッグが命令してくる中、俺は飛び込んでくる男の剣を槍で受け止める。すると先程と同様に魔法が消え、柄の球体の一つが黄色に染まる。その様子に剣士は信じられないものを見た顔で叫ぶ。
「は?何で・・・何で魔法が消えるんだよぉぉぉ!?・・・ふぐっ!」
剣士の剣を弾き、槍を一回転させて柄頭で男のみぞおちを打つ。うずくまる男にニーズヘッグは言う。
『我は魔を喰らう龍槍だぞ?このくらい出来なくてどうする』
俺は柄を目の前でうずくまる剣士の延髄に叩き込み、意識をとばさせる。
そして、うめき声と共に男が倒れ込むのを見て、残る二人の魔法使いの方を見た。
「う、うわぁぁぁぁ!?来るな!!来るなぁ!?」
炎魔法の使い手が恐慌状態になり、叫びながら魔力を練っている。
その一方、水魔法の使い手の方は黙々と何かを詠唱していた。その様子に、ニーズヘッグがボヤく。
『ふむぅ、あの詠唱は水流圧殺か。めんどくさいのぅ。おい、ファウスト。あの水魔法は今の我では喰いきれん。放たれる前に殺るぞ!!』
「わかった!!」
ニーズヘッグの言葉に答えながら、俺は本来の力を込めて踏み込み、距離を詰める。
その俺を見て、炎魔法使いが慌ててファイアボールを撃つが、槍の一振りで無効化し、柄の球の一つが赤色に染まる。そして、そのまま俺は詠唱途中の水魔法使いに突撃しながら槍を突き出す。
『ふん、見ておけファウスト。これが我の力だ!!二重解放!!』
ニーズヘッグの言葉と共に、柄の2つの球体から赤と黄の輝きが消える。それと同時に槍の刃先を延長する様に炎が刃先を覆い、さらに雷を纏う。そして、龍槍は本来届かない距離を炎と雷で満たし、炎雷槍が水魔法使いを突き刺した。
「なん・・・だと・・・!?」
驚愕のまま炎と雷に肉を焼かれる水魔法使い。俺はそのまま槍を突きだし、刃が水魔法使いを突き破り、絶命させる。
「ひぃぃぃぃ!?!?あぎゃ!!」
槍を水魔法使いに突き刺したまま俺は手を離し、恐怖で硬直している炎魔法使いの元に駆け寄り、顎を蹴り飛ばす。そして、男が脳震盪で倒れた時、立っている敵は居らず、再び周囲に静寂が訪れたのだったーー
ーーー
『皆殺しにしなくて良かったのか?』
外から戻って来た俺達はギルドに向かう事にした。その途中にでニーズヘッグが尋ねてくる。
「皆殺しじゃ誰がやったのかわからないだろう?もう一度同じ奴らに絡まれるのも面倒だからな、生き残りを作っておいたんだ」
「ん?でもそれじゃああいつらの大将とかいうのが復讐にくるんじゃない?」
「それならそれで返り討ちにすれば良いだけだろ?そもそもその大将のせいなんだからさ。けど、あいつらを見ている限りそんなに部下思いじゃ無さそうだしな」
正直、哀れにも思っていた。きっと生き残った奴らも帰ってもただじゃ済まないだろう。どのみち変わらないと思ったから生かしておいたという思いもある。
「それよりニーズヘッグ、二重解放ってあれは何だったんだ?」
『あれは〈魔法喰らい〉の力で貯めてある一つの魔法にもう一つの魔法の魔力と属性を上乗せし、解放する力だ。打ち消しあう魔法には使えないし、今の我では二つが限度だが応用はきくと思うぞ?』
確かに良い力かも知れない。例えば俺の時空間魔法を二つ掛け合わせれば効果が二倍になったりとかなり有用だ。
そんなことを考えていると、ヒェンが話しかけてくる。
「それより、マスター。メフィスト様より、スライムツヴァイ2体が同化して、スライムフィーアへと進化したなどの情報が入ってきています。今日はもう日が暮れますし、ギルドへは行かずにダンジョンへ帰還するのはどうでしょうか?」
ヒェンの言葉を聞き、俺は両手に持つ購入したモノを見ながら言う。
「そうだな。こんな荷物持ってギルドへ行くのも邪魔だし、そもそもぬいぐるみ持って入ったら何言われるかわからないよな。レナもそれでいいか?」
「全然構わないよ。私の新しいギルドカード何ていつでも作れるしね。それより早くスライムフィーアちゃんを見てみたいしさ!」
そのレナの返事を聞いて、俺達はギルドからマルトの家に行き先を変更し歩きだす。
・・・この時ギルドに行くべきだったのかどうかは後になってもわからない。ただ、一つはっきりしているのは、その時ギルドには俺達を襲撃した奴らの大将がおり、それは俺達がよく知る青髪の男だという事実だけだったーー
ということで、ここで第2章前編終了です。区切りとして中途半端かもしれませんが、ここらでとりあえず一息。
次話に断章を一つ挟んで、後編に入ります。
ただ、完全に貯蓄が切れた上、忙しいので更新ペースは落ちそうです。申し訳ありません。




