第6話 王の為の言葉
夜の森に悲鳴が響きわたる。
「嫌っ・・・嫌だぁぁぁぁぁぁ!?!?・・・ゲフゥ!?」
泣き叫び逃げようとする男の胸に俺は槍を突き立てる。すると、噴き出る鮮血と共に男の眼から光が消えていく。
「終わったか・・・・・・」
先程まで戦闘の音が響いていた森に静寂が戻っていた。
「皆生き残っているか!?」
「主、我々は全員健在です!!」
俺の問いにオセが答える。その答えに安堵感を感じていると、
「ファウスト・・・・」
どこか悲しげな声を上げながら、ケットシーを抱き、レナが駆けてくる。
「・・・・そのケットシーは??」
問う俺にレナは無言で首を振る。
「そうか・・・」
そう答える俺には、もう先程までの男達への怒りはない。今の自分にあるのはただ、理不尽に殺されるモノを助けられなかった自分の無力さに対するいいようのない感情だけだった。
そうやって沈みこむ俺にレナは優しく言う。
「自分を責めても何もはじまらないよ。大事なのは、この子達を弔い、君が喰らって力にすることで、もうこんなことを起こさないように私たちがなんとかすることだよ」
優しいレナに甘えて俺は感情を吐き出す。
「コイツらを守るということは人間達を殺すということだ。悪魔の俺はもう躊躇いを感じない。けど、君は普通の人間だ!!そんな君が同族を殺してでもコイツらを守りたいと言えるのかよ!!!」
・・・完全な八つ当たりだった。けどそうでもしないと、何かに潰されてしまいそうだったのだ。そんな子供みたいな戯れ言にレナは真っ直ぐ俺を見つめて言う。
「守れるよ。・・・もし君が虐げられるモノを助けたいというなら、私は例え人を殺してでも君の力になる。・・・もし、君があの冒険者と同じ命を軽んじるモノに成り下がるなら、私は君を正す。私が君の隣に居るということはそういうことだよ」
そう言う彼女の瞳に迷いはなく、俺を見つめ続ける。
その強い瞳に俺は何も言えなかった。
ーーその時、不意にパチパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「いやぁ、本当に貴方達は面白いよね。ファウスト君だけじゃなく、レナさん、貴女も最高だよ」
いつから居たのか、白衣を着た男が立っていた。何らかの作業の途中だったのか、髪を縛り、眼鏡をかけた男ーーマルトは言う。
「レナさん、貴女の言葉は素晴らしい。それは王の為の言葉。王の隣に立つ者の言葉。いやはや、僕は感動したよ」
「王の為の言葉?」
「そう、王は迷うもの。王は独りでは生きられないもの。それは人でも魔物でも変わらない。そんな王を支えてくれる言葉。それはもっとも王に必要なものなんだよ」
「・・・まるで王になったことがあるかのような言い草だな」
マルトの言葉が響く中、俺は疑問をぶつけた。
「ふふふ、さて、何のことだか。それよりレナさん。そのケットシーを少し見せてくれないかい?」
そう言ってレナの方に歩き、受け渡しの仕草をするマルト。レナがおずおずと渡すと何やら観察を始めた。
「ふむ、やはりまだ魂の剥離は起きてないな。これならまだ間に合うか。時間凍結」
マルトはケットシーに時空間魔法を使う。
「何を・・・?」
「ん、死んでしまったけど魂が剥離する前だったからね。存在そのものを固定して、剥離をくい止めてるのさ」
「魂・・・??」
「うん、ただちょっとのんびり話をしている時間はないかな。とりあえず僕は研究所にこの子を連れて戻るから後からきてよ。そしたら詳しく話すからさ」
そう言ってマルトは空間に穴のようなモノを形成し入っていく。
「あ、そうそう、そこの手術後に進化した魔物達も連れてきてよ~。ついでに検査するからさ」
穴の中から声が響き、空間の穴が閉じてゆく。そうして残されたのは静寂な空間だった。
・・・いきなりのマルトの乱入で、俺は先程まであった感情の高揚も落ち着いてしまっていた。そしてレナに言う。
「ありがとうレナ。そしてすまない。君に八つ当たりをしてしまって・・・」
「いいんだよ、そんなこと。それに八つ当たり出来るなんて良いことじゃない?感情を出すなんて昔は出来なかったでしょ?」
言われて気づく。
「そうかもな。昔は君と喧嘩もしたことなかったな。そういえば」
「そうだよ!!私としては物足りなかったんだからね!!・・・っと、それより今はマルトさんの所に行こうよ。あのケットシーをどうしたいのか気になるし」
「・・・そうだな、皆、悪いが殺された魔物達を集めてくれ!!人間はそのままでいい!」
そうして魔物達の亡骸を集めた俺たちは皆で弔った後、吸収し、冒険者達の持っていた結界の魔道具を回収してダンジョンへ向かっていくのだった。
ーーー
「これは・・・・!?」
王都の地下に存在するマルトの研究室、ダンジョンに戻ってから休むことなくそこにやってきた俺達はまずオセとベリトの検査をした後、巨大なカプセルに液体が詰まったようなモノの前に案内されていた。その中にはケットシーが浮かんでいる。
「これは上級ダンジョンの作成物である治療カプセルを僕なりに複製して改良したモノさ。ほら、義手を作るのにそこらにある培養器を用いたと言ったろ?それらの改良版さ」
確かに部屋にはカプセル状の容器があり、液体の中で金属片が浮いていた。
「こいつも同じように復元させるのか?」
俺はケットシー入りの容器を指さしながらながら言う。
「いや、この子は生物的に死を迎えているからね。復元は不可能なんだ」
「じゃあ!!」
「ほら落ち着きなって。言ったろ?魂はまだ剥離していないからたぶん大丈夫だって」
そう言って手をヒラヒラさせるマルト。そこにレナが尋ねる。
「前にも言ってたけど魂って・・・?」
「ん?魂はね、存在を確定する一番大切なモノだよ。魔物は進化し姿を変える。その中で変わらない唯一のモノ、それが魂さ。生物は死ぬと魂が剥離する。剥離が起こった時、その生物は本当の意味で死を迎えるのさ」
「・・・じゃあこのケットシーは本当の意味ではまだ死んでいないのか?」
「うん。もう自分の体を自然治癒すらできない状態だけどね。今は強引に剥離を抑え込んでいる状態さ」
その言葉に俺は肩の力が抜ける。生きている、そのことを知っただけで喜びの感情が身体中をかけめぐり、気づくと拳を握ってガッツポーズをしていた。そしてその様子を見ながらマルトはさらに続ける。
「さて、ここからが本題だ。今言ったようにこの子は自然治癒が出来ない。だから僕はこの中に入れた。・・・ああ、事後報告で悪いけど、スライムツヴァイ君から体液を分けてもらってこの中の液体に混ぜてある。君にこの意味がわかるかい??」
マルトは俺に問いかける。何故スライムツヴァイ??スライムじゃダメなのか??スライムツヴァイはどんな魔物だ??・・・そのとき、思考する俺の中に不意に答えが飛び込んでくる。
「〈同化〉か!!」
「うん、正解。彼等の称号が持つ〈特性〉は面白い。だから僕はそこに着目したんだ。ーーそう、別の魔物の肉体で足りない部分を補填する助けにならないかってね。その研究の結果、異なる魔物を繋げることがこの容器内の液体中なら可能になったんだ。だからーー」
マルトの眼が怪しい光を帯びる。
「だから、ファウスト君。ここでまた質問だ。この子が生きるには君の身体のあるモノで補填することが必要だ。君はこの子のために身体を差し出せるかい?」
意地悪い笑みを浮かべながら、マルトが問いかけてくる。それを見ただけで俺は試されてるとわかった。だから、俺は素直に今の思いを即答する。
「俺の命に関わるところじゃなかったら好きに持って行け。腕か?足か?どこがいいんだ?その代わり必ずコイツを助けろ!」
そう言って、俺はマルトに詰め寄る。すると奴の眼から怪しい光が消え、穏やかな顔をする。
「迷わず身体を差し出す選択をするか。君は優しいんだな。・・・けど、覚えておくといい。王は優しさだけじゃダメだ。王は自分のエゴを押し通すために部下を犠牲にする強さも必要なんだよ。・・・まぁ僕としては甘ちゃんは嫌いじゃないけどね」
そう言って空間から刃物を取り出すマルト。その刃物を試しに軽く振った後、軽く俺の腕に切りつけた。腕からじんわりと血が流れ出す。
「何を!?」
「ん?この子を助ける為に血を貰おうかと思ってさ。深く切り過ぎちゃったかな?ゴメン、ゴメン」
「コイツを助けるのに必要なのは血だけでいいのか?」
「うん。足りないのは血液だからね。それに君の中の血はバードマンの始祖に近いから、その分他の魔物と適合しやすい可能性がある。だから君の血が欲しかったんだ」
「なるほど。それなら好きなだけ血をもっていってくれ。こんなもので助けられるなら安いものさ。それより俺が始祖に近いとはどういうことだ?」
俺は滴る血液を採取しているマルトに問う。
「言葉通りの意味さ。君の種族であるバードマン・龍血混種は普通のバードマンの祖先にあたる存在で、翼龍から鳥類に派生した頃の血を多く引いている。だから君は〈翼龍化〉出来るんだよ・・・っとこんなもんだね」
そう言いながら、マルトは俺の腕から手を離し、空間に穴を開け血液を注ぐ。するとどういう理屈かカプセルの中が深紅に染まっていく。その様子を見て、満足そうな顔をするマルト。
「うん、後はしばらくすればこの子は新たな種族として生まれてくるよ」
「どのくらいかかるんだ?」
「ん~、それはこの子次第かな?まぁ、そんなにすぐに結果が出るわけじゃないから、気長に行こうよ。とりあえず僕はこのまま、オセ君とベリト君の検査結果をまとめたりするから、君達は今日は休んだらどうだい?」
「・・・わかった。そうさせてもらう」
確かにもう深夜を軽く過ぎていた。遠征からそのまま来たので、疲労はたまっている。マルトの言葉に従い、俺達は休むことにしたのだった。
マルトさんが便利キャラすぎて逆に困る




