第11話 運命
第1章後編スタートです。
森に響く騒音。バキバキと木々を砕かれる中、黄土色の巨大な熊が俺を追い討ちするように姿を表す。
デュークグリズリー。それが目の前に迫る魔物の名であり、俺は森の主の1体たるそれを相手に立ち回っている。
もちろん、俺の後ろには仲間のゴブリンが進化したホブゴブリンやゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャーが控えている。だが、あえて俺は皆に手を出させず、ただ独りのみ戦っていた。
「ぐっ!?」
デュークグリズリーの鋭い爪が俺の予想を越える速度で襲いかかり、思わぬダメージを受けている俺を見て、ゴブリン達が援護に入ろうとするが、俺はそれを手で制す。
「大丈夫だ!!まだやれる!頼むから手を出さないでくれ」
制止のために伸ばされた手、その腕は筋肉などな骨で出来ており、人間と同じ骨格をしている。
…そう、今、俺はゴブリンリーダーから進化して、スケルトンリーダーになっていたのだった。
そして、俺は爪で攻撃してくるデュークグリズリーにカウンターをくらわせながら、あの日のことを思い出す。
ーーレナと再会してしまった日のことを。
※
「……レ……ナ……!?」
呟く声は周りの人々の声に打ち消される中、俺は呆然としながらその場に立ちすくむ。
そんな様子に不思議そうにリースが見つめてくる中、レナは俺のことに気がついた。
「あ、冒険者の人~??良かった~聞きたい事があったんだよね~」
昔と何一つ変わらない声、口調で話しかけてくるレナ。
「いや~、なんかここ今人探しのために冒険者達が出払っちゃってるって言うじゃない?? ちょっとここら辺で行方不明になっている人達について知らないか聞きたかったんだけど困ってたんだよね~。……って、もしも~し聞いてますか??そんなヘルムで顔隠してて聞こえてる~??」
相変わらずの遠慮なく入ってくるようなしゃべり方。それに懐かしさや動揺を感じていると、彼女の仲間らしき眼鏡をかけた青髪の男が近づいてきた。
「貴様ァ!! 勇者様が話しかけてくれているのに何なんですその態度は!? 大体何です? その顔を隠すようなヘルムは??勇者様の前で顔を隠すとは失礼だとは思わないのですか!!」
そう言って男がヘルムを外そうとするのをリースが止める。
「その方は顔に酷い火傷を負っているので他の人の気分を害さないようにヘルムを被っているんです!どうかやめてあげてください!」
「ふん、そんなこと知ったことではないですね。だいたい顔を見せない方が失礼じゃないですか!?せいぜい、勇者様に焼けた醜い顔を見られると良いんですよ!!」
言葉と共に男は俺を抑えながらヘルムを脱がそうとする。
ーーまずい、ヘルムの下の顔は元の顔だ。彼女が見たらすぐにわかるだろう。俺は彼女に今は知られたくない。何故?ーーだって俺は魔物だから。勇者の敵である魔物だから。嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだ……。
混乱する俺の思考を無視して、男はヘルムを脱がした。そしてそこにある半分火傷のある顔を見て、彼女は息を飲む。
「ーーーーーーー!?」
そして、フッと我に返った瞬間、彼女は俺に掴みかからんほどの勢いで問いただしてきた。
「ねぇ!?貴方の名前は!? 貴方はこの世界の住人なの!?」
彼女の問いに俺は震えながら必死に声を変えて答えた。
「私の名は……ファウスト……です。この世界の住人かとはどういう事でしょう?? 別の世界というのがあるのですか??」
「…………」
沈黙が場を支配していた。じっと見つめる彼女の瞳に懐かしさを覚えながらも、真っ直ぐ見つめながら嘘を吐く。すると、ため息と共に彼女が口を開いた。
「・・・・そう、そうよね。こんなところにいるはずないわよね。私ったら何を期待してたんだろう・・・」
呟くような言葉に俺は胸を締め付けられる。
「ごめんね。つい昔の大切な人に似ていたものだから、感情的になっちゃった。えへへ」
そういう彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、俺は思わず言葉をかけようとしたが、言葉が出てこない。
するとレナと共にいた整った顔の男がレナに近づいてくる。
「姫殿、そろそろ・・・」
「そうね。・・・でも・・・」
ちらりとこちらを見てくるレナ。
そして、自分の仲間達の方を見直し、悩んでから俺に向かって言った。
「私はマルグリット、マルグリッド=ラーネ。ガスパール帝国で勇者をやってるわ。
しばらくここら辺を拠点にすると思うからまた会いましょうファウストさん。」
そう言って、若干名残おしそうな顔をしながら仲間達と酒場を出て行くのだった。
それを見送り、俺はリースに討伐の証拠を渡し、報奨金とFランクへのランクアップを受けたあと、逃げるように町を出た。
すると、狙ったように声が響く。
「正体を明かさなくて良かったのですか主様??貴方は彼女に会うためにここまできたのでしょう??」
俺はその声に返事をする代わりに尋ねた。
「・・・・・・なぁメフィスト、俺は人間に進化することは出来るのか?」
その言葉に少しの沈黙が流れた後、メフィストは答える。
「・・・・・・ええ、出来ます。元は主様は人間でしたから。ですが・・・」
「ああ、人間じゃあお前に喰い潰されてしまうのだろう?それに、人間になって満足したら契約通りお前に魂をとられてしまうのだろう?それはわかっているんだ。けど・・・」
人間は進化出来ない。これがこの世界のルールである。それを補うために人間は職業を極めることで強くなるが、強さに限界があるため、いずれメフィストに喰われてしまう。
だから人間になるべきではないとわかっているのだが、理解は出来ても、感情が追いついてこない。
「・・・はは、俺って情けないな。どんなでも良いから会いたいって思っていたはずなのに、実際に会ったらこの様だ。・・彼女が無事で良かったという嬉しさと、彼女と共にいるのが別の男だという嫉妬心でどうにかなってしまいそうなんだ。・・・なぁメフィスト、お前はこんな俺を軽蔑するか??」
心が不安定になっていた俺は縋るようにメフィストに問う。すると黒猫は極めて真面目な顔をしながら俺に話かけてくる。
「私はそんな主様を軽蔑など致しません・・・いや、軽蔑など出来ないのです。だってーー」
メフィストが言葉を紡ぐ。
「だって私にはわからないのです。その感情が、主様の心の奥から沸き上がるものの正体が。」
「・・・・・・」
「私には俗に言う心と言うものがありません。もともと神がそのように作ったのでしょうが、私は生を受けた時から喜怒哀楽と言うものを感じたことがなかったのです」
メフィストの独白が続く。
「ですから私は心が満たされると言うことが理解出来なかったし、理解しようとも思いませんでした。しかしーー」
悪魔の声に熱が篭もる。
「私は契約により魂を奪っていく中で知ってしまった!!本当に満たされた魂の良さを!素晴らしさを!!高貴さを!!!ーーーそう、それを知ってしまってから私は自分の心を求める様になったのです」
そう言った後、やや声を落として、メフィストは呟く。
「私は心が欲しかった。人間やアスモデウス達のような心が。だから私は命をかけて神と交信出来る地に行った。・・・ねぇ、主様、その時奴がなんと言ったか分かりますか?」
俺は無言で首をふる。
「奴は、神はこう言いました。ーーお前に心が無いのは運命だーーと。信じられますか?神はその言葉を最後に何も言わなくなったのですよ?私の望みは運命だから叶わないとだけしか言わなかったのですよ?・・・だから私はその言葉を聞いてから決めました。ーーー絶対に運命を越えて見せると」
メフィストは一度言葉を区切り、俺を強く見つめ直す。
「それから私は契約により多くの魂を奪い、感情を学びました。でも、それは仮初めのモノでしかなく、私は空虚な心しか手に入れる事が出来ませんでした。そして心を手に入れることを諦めかけ、最後の手段として異世界に行った時、初めて願いを叶えてくれるかもしれない人間に出会えたのです」
「・・・それが俺だと言うのか?」
「貴方が魂を奪われる時に現れた比類なき<強欲>は私の心にもその感情を、強い欲求を与えてくれました。そして、今も、私の本体が貴方の中にある影響で貴方の悩み、喜び、嫉妬といった感情がーー私が求めてやまなかった心が少しずつですが、入ってきているのです。ですから主様ーー」
メフィストの瞳に力が灯る。
「心を否定しないでくださいませ。弱さも強さも全部貴方の素晴らしき心です。それを持って、貴方は全てを求めてください。さすれば、貴方も私も願いが叶うでしょう」
メフィストの告白を聞き、俺は一つの結論をだす。
「そうだな。弱さも強さも全部俺だよな。そして、俺は覚悟したんだ。俺が喰らった奴の分まで生きると。だから、悩みながら、俺は強くなり生き抜くよ。俺の望みを叶えるために。お前の望みを叶えるために」
そう言いながら俺はダンジョンへと足を進める。
そして、それから10日ほど経ち、魔物や俺が新たな進化をこなしたあと、時は冒頭の場面へと戻るのだったーー。
ヘタレのファウストが結局レナに対してどうするかということに結論を出さなかったことは後で大きく関わってくる予定です。




