勇者の師
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勇者が魔王を倒してから早四年。
人間による開拓も進み、最近は露店で色々な品を見る機会が増えた。
穀物だって手軽に手に入るようになって、生活も豊かになった。
でも魔族の脅威が無くなった訳じゃない。
わたしの故郷は魔王が倒された後、魔族の残党による襲撃で壊滅した。
生き残ったのはわたし一人。
当時、わたしは十歳だった。
それからは色々あって、今は街の娼館で住み込みで働いている。
まだお客をとることはできないから、主な仕事は炊事や掃除、洗濯。
でもあと一年で、わたしもお客を取って、ようやく報酬を貰うことができる。
そうすればわたしは……。
*
その日は珍しいお客が来ていた。
身なりは少し小汚いおじさん。
しかし羽振りはかなり良いみたい。
「あの人、何者ですか?」
昨晩おじさんの相手をした娼婦に尋ねると、小声で教えてくれた。
「実はあの勇者のお師匠様らしいの」
「……え?」
「信じられないでしょ? でも実際羽振りは凄く良いし、体もとてもたくましいの。あたし、あの人にハマっちゃいそうで――」
「あの! その人はいつまでこの娼館にいらっしゃるんですか!?」
「え? 確か当分の間はここに泊まる予定って言ってたような……」
わたしはそれを聞いて安心した。
「ありがとうございます!」
それはわたしにとって、千載一遇のチャンスだった。
その日の夜、わたしはおじさんが寝泊まりする部屋に向かった。
「失礼します」
ベッドの上で仰向けになっていたおじさんは、わたしを見て少しだけ驚いた顔をした。
「この娼館じゃあ、こんなガキが人気なのか?」
勘違いするおじさんにわたしは言う。
「すみません、わたしは娼婦じゃないんです。今日は頼みごとがあって来ました」
「頼みごとと?」
「はい。二年前、わたしの故郷の村が魔族の襲撃に遭いました。村の人は全員殺されて、わたしだけが生き残ったんです」
おじさんは眉根を寄せながら、わたしの話を聞いていた。
「あなたはあの勇者様の師匠なんですよね?」
「……だったらどうした?」
わたしは深く頭を下げた。
「わたしに戦い方を教えてください! 家族の敵を討ちたいんです!」
少しの沈黙。返ってきたのは短い一言だった。
「断る」
「……っ、それはわたしが子供だからですか?」
「違う」
「……女だからですか?」
「違う」
「じゃあ、どうして!!」
「意味がないからだよ」
「……え?」
「魔王が倒されたお陰で、年々魔族も減ってる。確かにお前の故郷のように魔族の残党によって被害を受けた村もあるが、その数は昔に比べたらごくわずかだ。世の中平和に近づいてるのに今更戦い方を学んで何になる」
おじさんの言うことは確かに正しくて、反論の余地がない。
でも、そんな理屈はわたしにとってはどうでも良かった。
これは理屈じゃなくて、気持ちの問題なのだ。
「じゃあ、わたしの中にあるこの怒りはどうすれば良いんですか……」
「そんな一時の感情に振り回されるな。子供は子供らしくしてれば良いんだよ。そもそも、お前を弟子にして、俺に何の得がある?」
「……」
そう言われ、わたしは着ていた服の紐を解いた。
「お前……」
「あと一年で、わたしも客を持つことができます。こんな娼館に来なくても、わたしが居れば、好きな時に欲を発散できます。それがわたしを弟子にするメリットです」
おじさんは唖然としてから、深いため息をついた。
「……冗談じゃねえ。誰がお前みたいなガキに興奮するかよ」
おじさんは寝返りを打つように、わたしに背を向けた。
「お前のせいで萎えちまった。さっさと出ていけ」
「で、でも……」
「出ていけ」
「……」
これ以上は話を聞いてくれそうになかった。
わたしは仕方がなく服を着て、その日は部屋を後にした。
その日からわたしはおじさんが滞在している間、毎日部屋を訪れ、弟子にしてもらえないか頼んだが、答えはいつも「断る」の一言。
「お願いします! わたしを弟子にして下さい」
「はぁ……いい加減にしろ。俺はお前を弟子にする気はない。そんなに戦い方を学びたいなら他を当ってくれ」
「……じゃあ、他ってどこですか?」
「それは……」
おじさんは声を詰まらせた。
おじさんだって分かっているんだ。
他なんて無いってことに。
「そ、そもそもだ。お前の村を襲った魔族が今も生きているとも限らんだろ。いっそのこと魔族は死んじまったことにして、何もかも忘れたらどうだ?」
「それはあり得ません。アイツは必ず生きています」
「どうして言い切れるんだ?」
「わたしの村を襲った魔族は、自分を『憤怒の魔人』と言っていたからです」
「……なに?」
おじさんの目が鋭くなった。
「憤怒の魔人だと? それこそあり得んな。魔王はもちろん、魔人は全て勇者が討伐したはずだ。お前の聞き間違いだろ」
「聞き間違いなんかじゃありません! 確かにアイツは魔人と言っていました!」
「……」
するとおじさんはベッドから起き上がった。
「表に出ろ」
「……え?」
言われるまま娼館の前に出ると、おじさんに剣を渡された。
「気が変わった。俺に傷を一つでも付けられたら、お前を弟子にしてやる」
「本当ですか!?」
「ああ。ただしチャンスは一回だけだ」
どういう風の吹き回しだろう。
いや、今はそんなことよりも、目の前のことに集中しなくちゃ。
チャンスは一回きりなのだ。
わたしは鞘から剣を引き抜いた。
ずしりと重い。
体の前で構えるだけでもかなりの力がいる。
「ほら、かかってこい」
「え、あの……剣が当たったら怪我しませんか?」
「ああ? お前みたいなド素人の剣なんて当たらねぇよ。ほら、さっさとしろ」
わたしは剣を握る手に力を入れて、地面を蹴った。
「せやあああ!!」
大ぶりの剣はするりと避けられる。
次はおじさんの腹を狙った横ぶり。
「せいっ!」
これも当たらない。
わたしは少し自棄になって、とにかく剣を振り回した。
しかしどれもおじさんの体には届かない。
「はぁはぁ……」
「おいおいこれで終わりか? 最初で最後のチャンスだぞ? 使えるもんは全部使うくらいの気概を見せてみろ」
おじさんは人だかりの中の娼婦に笑顔を振りまいて余裕な様子。
「まあ、お前のその貧相な体じゃあ、色仕掛けの一つもできやしないだろうけどな」
と、しまいにはそんな挑発まで。
「なっ!?」
安い挑発だが、わたしを怒らせるには十分だった。
このままじゃ終われない。
わたしは再び剣を振るった。
当然それをおじさんはひらりと交わすが、わたしの狙いはここからだ。
わたしは明後日の方向を指さして言う。
「あ、マリアンさん!」
それはおじさんのお気に入りの娼婦。
ここ数日で彼の好みは把握済みだ。
胸の大きな良い女性というのが腹立たしいけど、効果てきめんだった。
「何だって!?」
居もしないマリアンさんの陰を探すおじさん。
その隙にわたしは剣を構えた。
「しまった!」
おじさんはとっさに回避行動を取る。
不意を突かれたとはいえ、流石はあの勇者の師匠。
彼の目はしっかりとわたしの手にしていた剣を捉えていた。
きっとわたしの剣はまた避けられる。
だからわたしは想定外の一撃をお見舞いするために、足を振りかぶった。
「は!?」
おじさんは驚愕した顔をする。
そして、
「せい!!!」
わたしはおじさんの股を目掛け思い切り足を振り上げて、渾身の蹴りを繰り出した。
足の甲に感じる不快な感触。
「~~~~っ!!?」
おじさんの声にならない声。
「て、てめぇ……」
おじさんは白目をむいて、その場にへたり込んだ。
*
「あの、どうして内股なんですか?」
「ああ? 誰かさんのせいで、昨日から下半身の感覚が無いもんでね」
翌朝身支度を済ませて、わたしはおじさんと街を出た。
「お前、勝手に出てきて良かったのか?」
「はい。もともと客をとっていたわけでもないですし、書置きも残しておいたので」
「そうかい」
ふらふらと歩くおじさんにわたしは尋ねた。
「あの、これからどこに向かうんですか?」
「王都だ」
「王都……どうしてですか?」
「お前の言っていたことが正しいかを確かめるんだよ。仮に魔人が生きていたら大問題だからな」
「だったら尚更、どうして王都なんですか? 王都には勇者が……あ」
「そうさ。だから確認するんだよ、勇者本人にな。心配しなくても道中で剣の稽古は付けてやるよ。ところでお前、名前は?」
そう言えば、お互いまだ名前も知らなかった。
「フレリカです。あなたは……」
「シルバだ。おじさんでもジジイでもシルバでも好きにしろ。ただし師匠だけはやめろ」
「わかりました、師匠」
おじさんは少し引きつった顔をして言う。
「……お前、本当に良い性格してるな」
わたしも、貧相な体と言われたことを根に持っているのだ。
これくらいの仕返しはあっても良いはず。
何はともあれ、こうしてわたしと勇者の師匠の旅が始まった。




