嘆き(続・人魚姫シリーズ①)
「ミラノ、此処にいたのね。」
僕が庭で座っていると妻の次期王妃が僕の名を呼ぶ。彼女は先日この国に嫁いできた、隣国の貴族の娘だ。蝶よ花よと育てられ、欲しい物は何でも手に入れてきた超ワガママ娘。初対面で彼女から僕への第一声は、それはそれは酷いものだった。ちなみに僕は彼女が大嫌いだ。
「ねぇミラノ、私も冒険に連れて行ってよ。」
「絶対やだ。」
「は? 王様に言いつけるわよ?」
「知らん、お前は連れて行かない。」
彼女は凄い顔で僕を睨みつけた。
先日、海への旅路で一緒だったユリアとクリスが父に呼ばれて王室に来ていた。 僕は嬉しくなって二人に駆け寄る。ユリアは僕にとって母親みたいな大人だ。海賊の女頭領で、僕の苦手な父と対等に渡り合える数少ない人物。クリスは僕の幼馴染みで、数年前に惨殺されたが海の者として改めて生を受けていた。色々あって今は一寸法師のような大きさになっている。
「今日はオマエの戴冠式の件で来たんだ。」
ユリアが言う。
「ミラノが王様なんて気に入らないけどね。」
クリスがユリアの帽子によじ登りながら呟く。僕はものすごい不安に襲われた。もともと、海での怪物事件を解決したら僕が国を継ぐことになっていたが。しかし、僕は…。
「世界は、絶望に満ちている…。」
僕の嘆きにユリアが頭を優しく撫でる。クリスは無言でその光景を見つめていた。僕は泣きそうになって下を向いた。顔を上げずに、ずっと気になっていたことを訊いた。
「ねぇクリス、君を殺したのは誰なの。」
クリスの息を呑む気配が伝わってきた。すぐ後にその沈黙を否定するように彼女は言う。
「…覚えてない。」
「嘘だろう?」
僕は目に沢山の涙を溜めながら、ユリアの帽子に乗っかったクリスを見上げた。
王はミラノの妻の訴えを聞く為に人払いをさせた。
「ミラノ様は私を蔑ろにしすぎですわ!」
王は困り果てていた。この娘の家の財力なくして、資源の乏しい自国を守ることはできないだろう。この娘の機嫌を損ねることはできない。
「申し訳ない。ミラノに変わってお詫びを申し上げます。本当にできの悪い息子で…」
「存じてますわ。でも、私の機嫌を損ねるほどの愚か者だとは思いませんでした。」
「ぐ…申し訳ない。」
王は呆れながらもそんな言葉を繰り返すしかなかった。
「折角 私があの時チャンスをあげたのに…本当に、バカな王子ね。」
ユリアは頭の上から無言のプレッシャーを感じていた。先刻、ミラノと別れてからのクリスの様子がどうもおかしい。クリスはいつも無口だが、今回のそれは尋常ではない。ユリアが彼女の好物のお菓子を差し出しても、それを受け取ろうとさえしないのだ。それは普段の彼女の食欲からはとても想像もできない光景だった。
「何があったんだ? 話してみろ、クリス。」
「…別に?」
「そうか。私に隠し事をするなら海に捨てるぞ?」
「…ユリアって時々容赦ないよね。」
クリスの言葉にユリアは不敵な笑いを浮かべる。
「もともと私はオマエの討伐を命じられていた身だぞ。」
クリスは深く溜息をついた。
数年前。
話はクリスがまだ人間だった頃に遡る。夏のある日のことだった。王様に呼ばれ、巫女だったクリスは憑物落しに王室へ来ていた。その政が無事に終わり、御社へ帰る途中、少女に呼び止められた。少女は唯一の肉親である病気の母がもう長くないので、無事に天国へ旅立てるように禊をしてくれ、とクリスに懇願してきた。クリスは疑いもなく少女についていく。そして…
「そして次に目が覚めた時は海の怪物になっていた、という訳か。」
ユリアの問いにクリスは小さく頷く。
「手がかりは、その少女だな。……ひとつ訊く。真実を知る覚悟はあるか?」
「…分かんない。」
クリスは子供のような眼で、空を見上げていた。この娘の時間は、殺されたその頃で止まっているのだろう。
「目が覚めたとき、人間や神様への憎しみでいっぱいだった…誰を憎んでいいのかも分かんなくて、それで人間を見つける度に海へ沈めたの。特に貴族や王族の印を持った人間への恨みは尋常じゃなかった。それは、今でも変わらない。…ねぇ、誰を殺したら、この憎しみは静まるの?」
「泣くな。…少なくとも、今はまだ泣くな………。」
ユリアはクリスの頭を撫でた。




