ギャルとオタクの平行線――ダウナー系ギャルに読んでいた漫画を見られたら、まさかの同担で昼休みが特等席になった。
「七巻の考察、全部外れてたんだけど」
「どこが」
「黒幕。わたしは絶対あいつだと思ってた」
「俺も最初はそう思ってた。でも五巻の扉絵、影の形が違う」
「気づかなかった」
「二周目で気づいた」
「わたし三周してる」
「それで気づかなかったの」
「……うるさい」
念のため確認しておくと、これは俺の妄想じゃない。
俺のクラスで、たぶん学年で、もしかしたら学校で一番綺麗な女子と、俺は今、昼休みのたびにこういう会話をしている。
とりあえずひとつ言えるのは、出会いがマンガアプリのポイント切れだったということだ。人生は、わからない。
名前は、一ノ瀬ミオ。
ウェーブのかかった黒髪、薄いリップ、両耳に三つずつのピアス跡。スカートの丈は校則の限界を一ミリ単位で攻めていて、ベージュのネイルは主張しすぎない程度に整っている。
かわいい、という言葉は少し違う。綺麗、の方が近い。
無表情で窓の外を見ているだけで、なぜかそこだけ切り取られた絵になる。本人はそれを、完全に、興味なさそうにしている。
俺の知ってるギャルとは、少し違った。
「あの子、彼氏いんのかな」
他クラスの男子が週一でそれを探りに来るのを横目に、俺はひたすら関係ない顔をしていた。騒がしくない。むしろ静かで、いつも片耳にイヤホンを差している。友達といる時間でさえ、目の焦点が少し遠い。
ダウナー系、というらしい。
カースト上位のギャル。綺麗で、静かで、俺には関係ない存在。そう貼り付けて、終わりにしていた。
俺の名前は柊蒼汰。アニメと漫画と考察ブログが生きがいの、私服はチェックシャツとジーンズでだいたい済ませてる漢だ。一ノ瀬ミオとは、宇宙規模で縁がないと思っていた。
平行線は、交わらない。中学で習った。
◆◆◆
「……骸のオルケストル」
声が聞こえた瞬間、俺は画面を伏せた。反射だった。
一ノ瀬ミオが、俺を見ていた。いつものぼんやりした目じゃなかった。少しだけ焦点が、合っているように感じた。
「読んでんの」
「……まあ」
「最新話」
「そう」
何かを言おうとした。でも彼女はもう自分のスマホを取り出して、同じアプリを開いていた。
『骸のオルケストル』は死者の魂を音楽で操る少女と記憶喪失の青年が主人公のダークファンタジーだ。知名度は低い。それを彼女が知っていた。
同じ作品。ただ画面ちらっと映るのはロックされた最新話。
「……まさかポイント切れたの?」
彼女は答えなかった。ただ眉間にわずかに皺が寄って、それが答えだった。
「どこで」
「エルネアが泣くところの、手前」
最悪だ、と思った。あのシーンにこの作品の全部が詰まっているのに。
一ノ瀬はスマホを置いて、天井を見上げた。
不機嫌というほどじゃない。でも、わずかに拗ねたみたいな顔をしていた。
「……報われない」
ぽろっとこぼれた一言が、なぜかおかしくて、俺は笑ってしまった。
一ノ瀬が視線を戻す。怒るかと思ったら——違った。
彼女も、少しだけ笑っていた。
たぶんこれが、始まりだった。
◆◆◆
「作者のインタビューで、手だけは感情を嘘つかせないって言ってて」
「それ、どこの」
「小さいウェブメディア。二年前、一巻出たタイミング」
一ノ瀬は三十秒で見つけた。
「……世界観の話もしてる」
「読む価値ある」
それから二人して、昼休みの残りを黙って読みふけった。
俺はときどき、隣の横顔をちらりと見た。
真剣だった。さっきまでのぼんやりした顔とは全然違う、ちゃんとした目をしていた。
好きなものを見ている顔だ、と思った。
それが綺麗だった。
さっきまでと別の意味で。
翌日から、昼休みになると一ノ瀬はイヤホンを片耳だけ外すようになった。それが「話せる」という合図だと、なんとなくわかった。
「三巻のこれ、六巻の布石だよね」
「気づいてなかった」
「二周目で鳥肌立った」
「作者の初期作、読んだ?」
「読んだ。エルネアとあっちのヒロイン、同じ魂だと思う」
「俺もそう思ってた。初期作のヒロインは手を伸ばせなかった。エルネアはその——」
「やり直し」
俺の言葉を、一ノ瀬が引き取った。
やり直し。俺が選ぼうとしていた言葉と、完全に一致していた。
好きなものを話すと、ちゃんと伝わる。説明しなくていい。共通言語がある。
これが、あの一ノ瀬ミオと成立していた。
俺は内心かなり混乱していたが、それを表に出す気にはなれなかった。なんとなく、壊したくなかったから。
◆◆◆
それから、日を追うごとに昼休みの会話は少しずつ密度を増した。
「六巻のあのシーン、アニメ化したら絶対カット」
「されない。あそこ抜いたら構造が崩れる」
「でもアニメの尺的に——」
「されない」
一ノ瀬は断言した。根拠はなかった。でも俺も内心、そう思っていた。
話していると、時間の感覚がおかしくなった。昼休みが短いのか長いのか、わからなくなってくる。チャイムが鳴るたびに、少しだけ惜しいような気持ちがあった。それが何なのかは、深く考えないようにしていた。
そんなある日の帰り際、荷物をまとめている俺に、一ノ瀬が声をかけてきた。
「今日、放課後時間ある?」
疑問形のようで、疑問形じゃなかった。
「……どこに」
「図書室」
「何しに」
「来たらわかる」
それだけ言って、一ノ瀬は行ってしまった。片耳のイヤホンが、廊下に消えていく。
俺は少しの間、その場に立っていた。
図書室。放課後。一ノ瀬ミオ。
浮かれてるとかじゃない。ただ純粋に、何があるのか気になっているだけだ。そういうことにしておいた。
◆◆◆
放課後の図書室は、想像より静かだった。
引き戸を開けると、空気が変わった。外廊下の喧騒が、嘘みたいに遠くなる。窓際に女の子が一人、分厚い本を読んでいた。それ以外には誰もいない。
昼休みとはまた違う静けさだった。部活の声が、グラウンドの方からかすかに届いてくる。その音さえ、どこか遠い。
一ノ瀬はすでにいた。
書架の前に立って、俺を見るなり「こっち」とちょいちょい手招きする。
いつもと少し違った。声のトーンが、ほんのわずかに浮いている。
「昼は結構人来るんだけど、放課後はほとんどいない」
「……よく来るの、ここ」
「たまに」
そういうのか、と思った。賑やかなグループにいる彼女が、一人で図書室に来るのか。でも考えてみれば、あのダウナーな感じは、こういう場所と相性が良いかもしれない。
一ノ瀬は書架の間を少し歩いた。俺はその後をついていった。
案内、という感じがした。意図的に、少しペースを落として歩いている。何かを見せようとしている人間の歩き方だった。
コミック・グラフィックノベルのコーナーに来たとき、一ノ瀬が立ち止まった。
棚を見て。
俺は、目を止めた。
背表紙に見覚えがあった。正確には、見覚えがありすぎた。
『骸のオルケストル』一巻から五巻。背表紙の色と、あのロゴ。
「……図書室に置いてある」
「置いてある」
一ノ瀬は正面を向いたまま言った。ぼんやりした顔じゃなかった。微妙に、口元が動いていた。
「わたしがリクエスト出した」
「え」
「匿名のリクエスト用紙あるじゃん。三回くらい出した」
「三回」
「一回だと弱いかと思って」
俺は一ノ瀬を見た。彼女は棚を見ていた。でも耳が、いつもより微妙に赤い。
三回。同じ作品のリクエストを、三回。その絵を想像したら、なぜかうまく言葉が出てこなかった。
「ちゃんと通ったじゃん」
俺が言うと、一ノ瀬はそこで初めてこちらを向いた。
「通った」
言葉は短かったが、顔には書いてあった。嬉しい、と。隠しているつもりかもしれないが、全然隠せていない。いつもの静かな顔の中に、ちゃんと滲み出ていた。
「……すごいじゃん」
「でしょ」
自慢げにささやかなピースを向ける一ノ瀬。本当に、素直に自慢げだった。さっきまで耳を赤くしていたのに、切り替えが早い。
「でもなんで」
俺が言いかけると、一ノ瀬はあっさり答えた。
「だって、好きなものは共有したいじゃん」
真っすぐだった。迷いも、照れも、ない。
ただそれだけの話だ、という顔をしていた。
俺は少し、返答に詰まった。
一ノ瀬ミオという人間は、好きなものを好きと言う。共有したいと思ったら、三回リクエストを出す。それを「なんで」と聞かれたら、「だって共有したいから」と言う。
一周回って、どこにも嘘がない。
……かなわないな、と思った。
変な意味じゃなく。ただ純粋に、この人間には何か敵わない、という感じがした。
「五巻まであるから」
一ノ瀬は棚から一巻を引き抜いた。それを俺に向けて差し出す。
「六巻以降は自分で読むとして。最初から読み直す気になったらここで読める」
「それ、読んでほしいから置いたんじゃないの」
「……置いたのはみんなのため」
「みんなの」
「図書室の蔵書は——みんなのもの」
一拍、変な間があった。
「……棒読みじゃん」
「うるさい」
そこで一ノ瀬は一巻を棚に戻して、窓際の席に歩いていった。俺もその向かいに座った。
放課後の図書室で、二人で静かに読んだ。
外の声が遠い。グラウンドの部活の声が、風に乗ってときどき届く。本のページをめくる音が、静かに響いた。
俺はときどき、向かいの横顔をちらりと見た。
一ノ瀬はページに視線を落として、真剣だった。
好きなものを見ている顔だ、と思った。
そしてそれを共有したくて、三回もリクエストを出した人間の顔だ、とも思った。
しばらくして、一ノ瀬がページから目を上げた。
「三巻の扉絵さ」
「うん」
「あの影、六巻の伏線だと思うんだけど」
「俺も気になってた。輪郭が細すぎる」
「ね。あれ絶対意図的」
昼休みとは少しトーンが違った。静かな分、言葉の間が長かった。余白があった。教室でする話と、ここでする話は、同じ内容でも少し違って聞こえた。
気づいたら、窓の外がオレンジになっていた。
一ノ瀬が本を閉じて、伸びをした。
「そろそろ閉まる」
立ち上がって、鞄を持つ。俺も倣って席を立った。
引き戸を開けると、廊下の空気が流れ込んできた。
「また来る?」
歩きながら、一ノ瀬が言った。
「来る」
「じゃあ今度は七巻の話、ちゃんと聞かせてよ」
そう言って、彼女はこちらを振り返った。
「——蒼汰の考察」
廊下の端で、一瞬だけ足が止まった。
俺の名前だった。確かに。下の名前。
一ノ瀬はすでに前を向いて、いつものペースで歩いていた。特に何かを言ったつもりのない顔で、イヤホンを片耳に差しながら。
しれっとしていた。本当に、しれっとしていた。
ギャルというのはこういうものなのか。それともこれは一ノ瀬ミオ固有の何かなのか。
俺にはわからなかった。ただ、答えを出す前に夕焼けが目に入って、なんとなく考えがそっちに流れてしまった。
それが何なのかは、深く考えないようにした。
◆◆◆
問題が起きたのは、一ノ瀬と話すようになって三週間ほど経ったときだった。
放課後、帰り支度をしていた俺を、声が呼び止めた。
「ちょっといい?」
振り返ると、女子が二人立っていた。
名前は知らない。でも顔は知っている。一ノ瀬のグループの子たちだ。片方は黒髪をハーフアップにした、いわゆるキレイ系。もう片方は茶髪で、笑顔が最初から完成されているタイプだった。
完成されすぎている笑顔というのは、たいてい交渉の顔だ。
「最近、ミオとよく話してるじゃん」
黒髪の子が言った。責めているわけじゃない。でも圧はあった。
「……まあ」
「ちょっと、距離置いてほしいんだけど」
直球だった。俺は何も言えなかった。
茶髪の子が、笑顔のまま続ける。
「ミオって目立つから。変に絡まれると面倒なことになるし、ミオ自身も望んでないと思うから」
ね、と言って二人は顔を見合わせた。
俺は、反論しなかった。
できなかった、というのが正確だ。
一ノ瀬ミオには、俺の知らない日常がある。グループがあって、立ち位置があって、見られ方がある。俺みたいな人間と昼休みに漫画の話をしているのが広まれば——それが何かマイナスになる可能性は、ゼロじゃない。
面倒なことになる。その言葉は、たぶん正確だった。
でも同時に、少し違う声も頭の中にあった。
本人は何も言ってない。それを決めていいのは、この二人じゃなくて——。
そこまで考えて、俺は止まった。
それを言ったとして、俺に何ができる。かばえるわけでも、守れるわけでもない。むしろ余計なことをして、余計な面倒を増やすだけかもしれない。
結局、そっちの声の方が大きかった。
「……わかった」
自分で言っておいて、どこかすっきりしない後味が残った。正しいことを言われたはずなのに。
二人は「ありがと」と言って去っていった。
貼り付けたような笑顔は変えずに。
◆◆◆
翌日の昼休み。
弁当を食べ終えた俺は、スマホを取り出した。
視界の端で、一ノ瀬がイヤホンを外す気配があった。
俺は画面から目を離さなかった。
沈黙が、いつもと違う重さで流れていった。
三日、それが続いた。
一ノ瀬から話しかけてくるわけじゃない。でも俺が、毎回それより先に目を逸らした。
ちゃんとした理由がある。彼女のことを考えてのことだ。——そう、自分に言い聞かせた。
でも。
なんか。
昼休みが、こんなに長いものだったとは知らなかった。
骸のオルケストルの最新話が更新されても、なんとなく開く気になれなかった。一人で読んでも、面白いのに、どこか足りなかった。
それが何なのかは、考えないようにした。
◆◆◆
四日目の昼休み。
一ノ瀬が席を立った。
友達のところへ行くんだろうと思った。違った。
彼女は俺の席の真横に立って、無言で俺を見下ろしていた。
俺は顔を上げた。
一ノ瀬の顔は、ぼんやりしていなかった。かといって、怒鳴りそうでもなかった。ただ静かに、真っすぐ、俺を見ていた。
「なんか、したっけ」
「してない」
「じゃあなんで」
「……別に」
「別に、じゃない」
一ノ瀬は隣の空き椅子を引いて、座った。周りがざわついた気がした。彼女はそれを気にしなかった。
「あの二人に何か言われた?」
疑問形じゃなかった。確認だった。
俺は答えなかった。それが答えだったと思う。
一ノ瀬は小さく息を吐いた。怒っているのか、呆れているのか、それとも別の何かなのか、俺には読めなかった。
「……ちょっと待ってて」
そう言って、一ノ瀬は立ち上がった。
何をするつもりなのか訊く前に、教室の後ろで友達と話していたあの二人の方へ歩いていく。周りの視線が、なんとなくそっちに集まった。
あの二人は、仲良さそうに笑いながら話していた。黒髪の子が何か言うと、茶髪の子が大げさに「えーやばい」と返す。ああいう掛け合いが自然にできる仲なんだろうと思った。一ノ瀬のことを心配して動いたのも、たぶんそういう関係があるからだ。
「どうしたのミオ?」
茶髪の子が笑ったまま言う。いつもの調子だった。
「蒼汰に、なんか言ったでしょ」
一ノ瀬の声は静かだった。静かすぎて、逆に空気が変わった。
「いや、あれはだってミオのために——」
言い終わる前に、一ノ瀬の手が黒髪の子の頭にぼすっと落ちた。
そこそこ音がした。友達にしかやらない感じではあるけど、ちゃんと痛いやつだ。
「あいた——っ、ちょ、何、急に」
黒髪の子が頭を押さえて振り返る。笑えてない。本気でちょっと痛かったらしく、目が少し潤んでいた。ばつが悪そうでもあった。
「それ、わたしのために言ってるのはわかる」
一ノ瀬は淡々と言った。怒鳴らない。けど、静かに怒っていた。
「でも、先に蒼汰に言うのは違う」
「だって——ミオが変なふうに見られたら嫌じゃん。わたしたちは別にいいけど、ミオが何か言われるのは」
茶髪の子の声は、さっきより少しトーンが落ちていた。本気で心配していたんだと、声でわかった。
今度はその子の頭にも、ぼすっと同じのが入った。
「いた——っ、ミオ、二人連続はさすがに」
茶髪の子が頭を押さえながら、困ったような顔をした。笑っていない。どうすればいいかわからない、という顔だった。
「それも、わたしに言って」
「……うん」
「二人がわたしのこと考えてくれてるのは、知ってる」
一ノ瀬はじっと二人を見た。
「わたしが好きで話してること、わかってる?」
黒髪の子が目を逸らす。茶髪の子は何か言いかけて、やめた。
「合わせてるとか、断れないとか——そういうふうに見られたら、蒼汰に失礼だから」
「……ごめん」
茶髪の子が先に言った。黒髪の子も、小さく続けた。
「ミオのためって思っただけで」
「うん。そこは知ってる」
一ノ瀬は少しだけ間を置いた。
「だから怒ってるっていうより、ちゃんとわかってほしい」
「わたしのことは、わたしに言って。勝手に蒼汰に迷惑かけないで」
二人はしゅんとした。さっきまでの軽い空気が、きれいに消えていた。見ていてちょっと気の毒になるくらい、わかりやすく。
でも一ノ瀬も、それ以上は何も言わなかった。詰めない。ただ伝える。そういう怒り方だった。
一ノ瀬はそれ以上何も言わず、席に戻ってきた。
しばらく沈黙があった。
窓から風が入ってきて、黒髪が少し揺れた。
「あのさ」
一ノ瀬が口を開いた。さっきより低い声だった。
「わたしは」
俺を見たまま、続けた。
「好きなものが、好きなの」
教室の騒がしさが、一瞬遠くなった気がした。
「かわいくなるのが好き。校則ギリギリでおしゃれするのが好き。あんなんだけど、あの子たちといるのが好き。骸のオルケストルが好き。エルネアが好き」
一拍、間があった。
「蒼汰と骸の話をしてる時間が——好き」
その二文字が、じわりと刺さった。
「ギャルはこう、オタクはこう。そういう話、わかるよ。気にしないわけじゃない」
一ノ瀬は窓の外に目を向けた。薄曇りの空が、教室のガラスにうっすら反射していた。
「でも、いつの間にかそれが人間の評価になってくじゃん。ギャルだから、オタクだから、だから話が合うわけないって。だから距離を置いた方がいいって」
声は静かなままだった。荒げない。でも、確かだった。
「わたしがギャルっぽくするのは、好きだから。友達といるのも、好きだから。あんたと骸の話をするのも、好きだから。それだけ」
そこで一度、止まった。
「誰かに決められた枠の中で、好きって言えなくなるのは——わたしは、嫌い」
俺は何も言えなかった。
言えなかったというより、言葉が追いつかなかった。
一ノ瀬の言ってることは正しかった。俺は「彼女のため」と言いながら、本当は面倒を避けていただけかもしれない。どうせ続かないと、自分から幕を引こうとしていただけかもしれない。
どちらにしても、かっこ悪かった。
「……ごめん」
絞り出した言葉は、それだった。
「謝らなくていい」
「でも」
「謝罪じゃなくて」
一ノ瀬はそこで初めて、視線を窓から戻した。
「続き、教えてほしい。七巻の考察」
俺は——笑ってしまった。
つい、という感じで。
一ノ瀬も、少し笑った。
さっきまでとは全然違う、綺麗に整った顔が、少しだけ年相応に崩れた。
◆◆◆
翌日から、昼休みはまたいつも通りになった。
一ノ瀬がイヤホンを外す。俺が口を開く。あるいは逆。
周りが何を思うかは、わからなかった。たぶんこれからもわからないままだと思う。
でも一ノ瀬ミオは、好きなものを好きだと言える人間だった。
だったら俺も、そうじゃないと釣り合わない。
そういうことだと、俺は理解した。
遅ればせながら。
平行線は交わらない。中学で習った。
でも七月の昼休みに俺が知ったのは、平行線というのは案外、自分で思い込んでいるだけかもしれない、ということだ。
線を引いたのは他の誰かじゃなく、俺自身だった。
一ノ瀬ミオは最初から、そんなもの引いていなかった。
読んでいただきありがとうございます( ;∀;)
☆、☺、ブクマをいただけると励みになります!
短編をもう一つ投稿しているのでそちらもぜひ!
『先輩の告白を手伝ったら、自分が一番後悔した件』
https://ncode.syosetu.com/n2848lw/




