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俺の悪女がかわいすぎて困る

作者: マチバリ

 

「悪女があんなにかわいいなんて俺は聞いていない」

「噂だけを信じて『追放された悪女を妻にする』とか言い出したアンタが悪いんでしょうが」


 頭を抱えるシオメンに向かって、宰相のアルバスが冷たい言葉をぶつけた。


「お前……主に向かってなんという口の利き方だ」


 シオメンは殺意を込めて睨み付けるが、当のアルバスは涼しい表情を浮かべたままだ。


 北の帝国、バルドー。

 その若き主であるシオメンは熊さえ避けて通ると称される強さに加え、容赦のない政策を取ることから周辺諸国から暴虐王と呼ばれている。

 実際は、かつてこの国を支配していた腐った前政権を容赦なく排除しただけの、至って誠実な為政者なのだが、少々強面の見た目のせいでそのような噂が立ってしまっているだけだったりする。

 だがその噂のおかげで周辺諸国から一目置かれているのも事実で、シオメンはあえて否定をせず今日まで来ていた。

 幼馴染みであり右腕であるアルバスは、銀縁のメガネをくいっと押し上げながら無遠慮な視線を向けてくる。



「それで、どうするおつもりですか? 当初の目的通りに彼女を無理矢理妻にして……」

「馬鹿を言え!」


 拳で机を叩けば、真新しい天板が嫌な音を立てた。


「やめてください。ついこの間、新調したばかりなんですから」

「うるさい!! とにかく、セレナ殿には離宮で静養を……」


 軽やかなノックの音がシオメンの言葉を遮った。

 そして返事を待たずに扉が開く。


「シオメン様、午後の紅茶をお持ちしましたわ」


 優しい香りと共に小柄な少女が室内に入ってきた。

 まるで妖精と見紛うばかりに愛らしい彼女は、ふわりと微笑む。


「……セレナ殿。そのようなことはしなくていいとあれほど」

「気にしないでください。私がしたくてやっているんですから」

「しかし……聞けば昨日も文官たちと長く議論していたというではないか。ここではゆっくり過ごしてくれて構わないんだぞ」

「とんでもない! 私、シオメンさまのお役に立ちたいんです! 命の恩人なんですから!」


 心からそう思っているのであろう、邪気の欠片も含まれていない笑顔にシオメンはうぐうと唸る。

 隣にいたアルバスがメガネを押し上げた気がするが、視線を向ける勇気もなかった。



 数週間前。

 山向こうの王国で建国記念のパーティが開かれた。

 その場でその国の王太子が、長く婚約関係であった公爵家の令嬢に婚約破棄を言い渡したのだ。

 なんでもその令嬢は王太子の婚約者である立場を笠に着て贅の限り尽くし、周囲を虐げていたのだとか。

 極めにつけにその王太子と懇意になった男爵家の令嬢を野盗に襲わせようとしたのだという。

 婚約破棄された令嬢は、悪女として国を追放されることとなった。

 噂を聞いたシオメンはなんと豪胆な女だと心から感心した。

 己の矜持を守るために悪事に手を染める豪胆さと気高さと強さ、良しと思えた。


(その娘、欲しい)


 実はシオメンは以前から王国をどうにかして攻め落とそうと考えていた。

 歴史ばかりが古く貴族が圧政を敷いている王国からの難民は、帝国にとっては頭の痛い問題だった。いっそ水源豊かな王国を手に入れれば帝国の暮らしの安定にも繋がる、と。

 令嬢を味方につけ内情を知れば、攻め落とすのは容易になる。

 少々骨は折れるだろうが、悪女とはいえ女。

 自分が躾ければよい妻になる可能性もある。

 もし矯正ができなければ、情報だけ聞き出して離宮に閉じ込めておけばいい。

 追放されて野垂れ死ぬよりはマシだろう、と当時考えた自分をシオメンは殴りたいと思っている。


 部下に命じ、追放された令嬢を帝国に連れてこさせたところまではよかった。

 麻袋の中から転がり出てきたのは、噂で聞いた悪女とは全く別――むしろ真逆の清廉な美少女、セレナだったのだ。


「シオメン様のためなら、私なんでもいたします」

「若い乙女が何でもなど言うな!!」


 叫ぶように叱り飛ばせば、セレナがしゅんと眉を下げる。


「ごめんなさい……私、浮かれてて」

「いや、その」

「陛下」


 しゅんとうなだれてしまったセレナにおろおろしていると、アルバスまでも咎めるような声をかけてくる。


(俺が悪いのか、俺が!)


「……セレナ殿。俺はあなたに何かしてほしいとは思わない。どうか、祖国で受けた傷をゆっくり癒やし、これからの行く末をゆっくり考えてくれれば……」

「いいえ。あらぬ罪を着せられ殺されそうになっていた私を助けてくださったシオメン様に尽くすことが私の余生の使い道ですから、遠慮なさらず使ってください」

「ああ……」


 思わず両手で顔を覆い、シオメンは情けない声を上げた。

 そう。セレナは悪女などではなかった。

 それらは全て、王国が作り上げた虚像だった。


 王国は随分前から貴族の享楽のせいで腐敗し、国民からの不満が溜まっていた。

 その不満の矛先を向けるために「悪女セレナ」という存在を用意したのだった。

 彼女の悪事は全て嘘。

 むしろ散財三昧の我儘王太子を必死に諫め、代わりに公務を行い、必死に国を支えていた忠臣だったのだ。

 追放された彼女は真実を葬るために、殺されかけていた。


 それを救ったのはシオメンが送ったセレナを誘拐するための刺客という皮肉さ。

 セレナはシオメンを恩人だと信じ切り「なんでもする」と言ってその有能さを遺憾なく発揮してくれている。

 かつ、セレナの生家である公爵家は、娘の恩人だとシオメンに忠誠を誓い王国の機密をじゃんじゃん流してくれていた。

 確かに望み通りではある。

 だが。


「シオメン様。私のことは便利な道具と思い、使い倒してくださいね」

「だから、お前なぁ……」


 かわいい顔でとんでもなことを告げてくるセレナに、シオメンは泣きたくなった。


(くそう、俺の馬鹿者)


 はじめて顔を合せたあの日、セレナはシオメンをみて優しく微笑んだのだ。

 あらゆる女性から恐怖の眼差ししか向けられたことがなかったシオメンは、当然堕ちた。

 愛を囁けばよかったのに、咄嗟に出た言葉は「今日から俺の為に働け」という最悪な言葉だった。

 そこでセレナが怒るなり泣くなりしてくれればよかったのに、あろうことか感激したとばかりに顔を輝かせて「喜んで」と声を上げたのだ。

 今ではセレナはこの帝国になくてはならない人材となっている。

 さすが崩壊寸前の王国を陰で支えていただけあり、頭脳明晰で社交的。

 身分を問わず才ある者や努力する物に目をかけ、不正をしっかり見抜き断罪する強さを持っている。

 セレナを慕う臣下は多く、皆、口を揃えてシオメンに「さっさと告白してはやく妃に迎えろ」と言ってくる始末だ。


(できるものならさっさとしている)


 ちらりとセレナに視線を向ければ、愛くるしい笑みがシオメンの心を打ち抜く。


「私、頑張って働きますね」

「あ、ああ」


 にこにこと嬉しそうに笑いながら部屋を出て行くセレナを、シオメンは今日も見送るしかできない。

 うまれてはじめての恋なのに、自分のせいで何もはじまれない。

 武力も権力も恋心の前では無力なのだと思い知らされながら、シオメンは悲しげなうめき声を上げた。

 はぁと深いため息をこぼしたのはアルバスだ。


「陛下の自業自得ですからね」

「わかっている。ところで例の件はどうなった」

「こちらに」


 アルバスが一枚の書類を取りだした。

 そこに書かれていたのは、王国の内情だ。


 セレナがいなくなったことで、彼女に頼り切っていた王家の内情はズタズタ。

 王太子の無能さがバレ、周りから白い目を向けられているらしい。

 浮気相手だった男爵令嬢は、お金ほしさに王太子に近づいた身分を偽っていた平民だったこともわかった。

 加えて「悪女セレナ」に押しつけていた様々な悪事が、全て王族であったり高位貴族の行いだったことも国民の知るところになり、今は王家の威信は風前の灯火。

 金策の要だったセレナが不在になったことがとどめとなり、借金まみれだったことも露見したため、王国は大変な騒ぎだとか。

 大半は連中の自業自得だが、シオメンが部下に命じて情報を流したのも大いに影響している。


「あの国はもう持たないでしょう」

「そうだな。頃合いを見て攻め込むか」


 ほおっておいても崩壊するだろうが、セレナを苦しめた連中には自らの手でとどめを刺したいのが男心だ。

 王族を退けたあとは、セレナの家族に国を任せるのもいいかもしれない。

 そうすればセレナはあの国の王女になる。

 ならば皇帝として政略結婚を持ちかけるのは至って普通のことだろう。


「必ずあの国を落とすぞ」

「その度胸がなぜ恋愛に活かされないないんでしょうね。変に策を巡らせないでさっさと想いを伝えたら、案外すぐにうまくいくかもしれませんよ」

「黙れ!」


 一言多いアルバスに怒鳴りつけながら、シオメンは王国侵略計画をめぐらせたのだった。





「はぁ。今日のシオメン様もかっこよかった」


 セレナは先ほどお茶を届けたときのシオメンを思い出し、ほうっと息を吐いた。

 王国で搾取され続け、まるで道具のように扱われ、最後は殺されかけていたセレナを助けてくれたシオメン。

 帝国の皇帝でありながら、公正で立派な人だ。

 ちょっと厳ついお顔もたくましいお身体もすべてセレナの理想そのもの。

 だがこの恋心は隠しておかなければならない。

 シオメンが望んでいたのは、噂になっていた「悪女セレナ」だということは知っている。

 きっとシオメンは悪女の名にふさわしい妖艶で強い女性が好みなのだろう。

 自分のような地味な小娘がお呼びでないのはわかっている。

 だからこそ少しでもお役に立って、傍にいる資格がほしかった。


 「どうか、いつまでもシオメン様のお側にいられますように」

 

 セレナはそうひっそりと願ったのだった。


 


じれもだ両片思いっていいよねッ

以前、某賞の企画用に書き下ろしたSSを加筆修正したものです


長編2作連載中です

「華栖国の占い女官~前世はいかさま占い師~」

「愛してる、俺と一緒に死んでくれ」

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