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少年ギャングの倉庫を出て、
サイラスは黒い車へ乗り込んだ。
「ボスの元へ向かいます」
運転手が無言で頷き、車はゆっくりと動き出す。
倉庫周辺のスラムは、
壊れかけの建物と、薄い路面、
ひしめく生活の痕跡で満ちていた。
子どもたちが路地に座り込み、
若者たちが角で怪しい取引をしている。
サイラスは窓の外を眺めながら、
一切表情を変えなかった。
車が進むにつれて、
散乱した廃材は姿を消し、
道幅が広がり、建物の造りが整ってくる。
街灯が並び、石畳が現れ、
歩く者たちの歩幅に余裕が生まれる。
丘に向かって勾配が強くなると、
大きな屋敷がいくつも並び、
広い庭を持つ家々が通りに上品な影を落とした。
同じ街でありながら、
この上下はまるで別世界だ。
サイラスはその対比を淡々と見つめつつ、
街の構造を思い返す。
政治を操るアッシュフォード家
夜を支配するローズマリア家
そして港を握るヴァレンテ家
どれか一つが欠ければ、
すぐに戦争になる。
車はヴァレンテ家の巨大な鉄門の前で止まり、
門番が顔を見て会釈し、鉄門を開けた。
◆
屋敷の中に入ると、
夕日の光が廊下に長い影を伸ばしていた。
案内役に先導され、
サイラスは奥の大きな扉の前に立つ。
ノック。
そして重い扉がゆっくりと開いた。
夕日が差し込む部屋の奥で、
ルチアーノ・ヴァレンテがソファに腰掛けていた。
手にはウイスキーのグラス。
その琥珀色が朱色に溶け、
グラスの中でゆっくり揺れていた。
「来たか、サイラス」
「はい。お呼びいただき、ありがとうございます」
「堅いことはいい。座れ」
サイラスは勧められた椅子に腰を下ろす。
夕日の角度が変わり、
ルチアーノの横顔が赤く縁取られる。
「昨夜な……港で妙な動きがあった。
外の連中が入り込んでる」
「はい。港湾の倉庫周辺で“痕跡”がありました。
呼ばれた者がいたようです」
「誰だ?」
「港区の店主です。
外と繋がり、こちらの情報を見せていた可能性があります」
ルチアーノが舌打ちし、
グラスを揺らした。
液体の中で朱と琥珀が混ざり、赤い陰影を作る。
「裏切り者はやったんだろ?」
「はい。処理は完了しております」
「……そうか」
ルチアーノの目が鋭く細められた。
「なあ、サイラス。
最近のこの街、どうもおかしい。
政治屋どもはアッシュフォードに買われて口を閉じる。
夜の連中はローズマリアの機嫌次第で暴れかねん。
港まで揺れたら……街が保たん」
「その通りです。
だからこそ“綻び”は早めに摘む必要があります」
「綻び……ね」
ルチアーノはその言葉を噛むように呟いた。
「お前が言うと、随分怖ぇ響きだな」
「物騒にする意図はありません。
ただ、この街の均衡を維持するために必要なことです」
ルチアーノは笑うでも怒るでもなく、
しばらくサイラスを見つめていた。
「裏切り者は……他にもいたか?」
「一名、精度に問題がありました。
すでに対処へ動かしております」
「……サイラスよ」
ルチアーノはグラスを机に置き、
夕日に照らされた背中を少しだけ丸めた。
「……本気で、この街を守るつもりなんだな?」
「もちろんです」
「……だがよ」
ルチアーノはサイラスを見つめる。
夕日がその瞳に入り、赤く反射した。
「お前、いつか街全部を掌に収めるつもりなんじゃねぇか?」
サイラスはすぐには答えなかった。
数秒の静寂。
「そのような野心は持っておりません。
私はただ、街が壊れる前に整えたいだけです」
その声は静かで、
どこまでも嘘を見抜かせない響きを持っていた。
ルチアーノは答えを返さず、
ただグラスを揺らした。
赤く染まった琥珀がもう一度光を返す。
「……好きにやれ。
お前のやり方で、この港を守れ」
「承知いたしました」
サイラスは一礼し、部屋を出た。
廊下に出ると夕日の影が長く伸び、
サイラスの歩みに合わせて静かに揺れた。
外に出て車へ乗り込む。
扉が閉まる瞬間、サイラスの目に映ったのは――
沈みゆく太陽と、
街全体の均衡がほんの僅かに傾き始める気配だった。




