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沈黙の港  作者: ちぇりー
8/8

7

 少年ギャングの倉庫を出て、

 サイラスは黒い車へ乗り込んだ。


「ボスの元へ向かいます」


 運転手が無言で頷き、車はゆっくりと動き出す。


 倉庫周辺のスラムは、

 壊れかけの建物と、薄い路面、

 ひしめく生活の痕跡で満ちていた。

 子どもたちが路地に座り込み、

 若者たちが角で怪しい取引をしている。


 サイラスは窓の外を眺めながら、

 一切表情を変えなかった。


 車が進むにつれて、

 散乱した廃材は姿を消し、

 道幅が広がり、建物の造りが整ってくる。

 街灯が並び、石畳が現れ、

 歩く者たちの歩幅に余裕が生まれる。


 丘に向かって勾配が強くなると、

 大きな屋敷がいくつも並び、

 広い庭を持つ家々が通りに上品な影を落とした。


 同じ街でありながら、

 この上下はまるで別世界だ。

 サイラスはその対比を淡々と見つめつつ、

 街の構造を思い返す。


 政治を操るアッシュフォード家

 夜を支配するローズマリア家

 そして港を握るヴァレンテ家


 どれか一つが欠ければ、

 すぐに戦争になる。


 車はヴァレンテ家の巨大な鉄門の前で止まり、

 門番が顔を見て会釈し、鉄門を開けた。



 屋敷の中に入ると、

 夕日の光が廊下に長い影を伸ばしていた。

 案内役に先導され、

 サイラスは奥の大きな扉の前に立つ。


 ノック。

 そして重い扉がゆっくりと開いた。


 夕日が差し込む部屋の奥で、

 ルチアーノ・ヴァレンテがソファに腰掛けていた。

 手にはウイスキーのグラス。

 その琥珀色が朱色に溶け、

 グラスの中でゆっくり揺れていた。


「来たか、サイラス」


「はい。お呼びいただき、ありがとうございます」


「堅いことはいい。座れ」


 サイラスは勧められた椅子に腰を下ろす。

 夕日の角度が変わり、

 ルチアーノの横顔が赤く縁取られる。


「昨夜な……港で妙な動きがあった。

 外の連中が入り込んでる」


「はい。港湾の倉庫周辺で“痕跡”がありました。

 呼ばれた者がいたようです」


「誰だ?」


「港区の店主です。

 外と繋がり、こちらの情報を見せていた可能性があります」


 ルチアーノが舌打ちし、

 グラスを揺らした。

 液体の中で朱と琥珀が混ざり、赤い陰影を作る。


「裏切り者はやったんだろ?」


「はい。処理は完了しております」


「……そうか」


 ルチアーノの目が鋭く細められた。


「なあ、サイラス。

 最近のこの街、どうもおかしい。

 政治屋どもはアッシュフォードに買われて口を閉じる。

 夜の連中はローズマリアの機嫌次第で暴れかねん。

 港まで揺れたら……街が保たん」


「その通りです。

 だからこそ“綻び”は早めに摘む必要があります」


「綻び……ね」


 ルチアーノはその言葉を噛むように呟いた。


「お前が言うと、随分怖ぇ響きだな」


「物騒にする意図はありません。

 ただ、この街の均衡を維持するために必要なことです」


 ルチアーノは笑うでも怒るでもなく、

 しばらくサイラスを見つめていた。


「裏切り者は……他にもいたか?」


「一名、精度に問題がありました。

 すでに対処へ動かしております」


「……サイラスよ」


 ルチアーノはグラスを机に置き、

 夕日に照らされた背中を少しだけ丸めた。


「……本気で、この街を守るつもりなんだな?」


「もちろんです」


「……だがよ」


 ルチアーノはサイラスを見つめる。

 夕日がその瞳に入り、赤く反射した。


「お前、いつか街全部を掌に収めるつもりなんじゃねぇか?」


 サイラスはすぐには答えなかった。


 数秒の静寂。


「そのような野心は持っておりません。

 私はただ、街が壊れる前に整えたいだけです」


 その声は静かで、

 どこまでも嘘を見抜かせない響きを持っていた。


 ルチアーノは答えを返さず、

 ただグラスを揺らした。

 赤く染まった琥珀がもう一度光を返す。


「……好きにやれ。

 お前のやり方で、この港を守れ」


「承知いたしました」


 サイラスは一礼し、部屋を出た。


 廊下に出ると夕日の影が長く伸び、

 サイラスの歩みに合わせて静かに揺れた。


 外に出て車へ乗り込む。

 扉が閉まる瞬間、サイラスの目に映ったのは――


 沈みゆく太陽と、

 街全体の均衡がほんの僅かに傾き始める気配だった。

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