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沈黙の港  作者: ちぇりー
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3

 ロングベイ・シティを見下ろす古いビルの最上階。

 外の喧噪は分厚い壁に遮られ、部屋の中は静かだった。


 磨かれた木の床に、陽が薄く差し込んでいる。

 本棚は壁一面に広がり、どれも手入れが行き届いていた。

 ジャズのレコードが低く回り、

 ゆったりとしたリズムが部屋の空気だけを揺らしている。


 サイラス・ヴァーンは、

 高台の部屋で本を読んでいた。


 机の上には万年筆と薄い茶色のノート。

 ページには繊細な字で箇条書きが並んでいる。


 ノックが二度、規則的に響いた。


「どうぞ」


 扉が開き、部下が入ってくる。

 顔にはどこか緊張の色があった。


「サイラス様……報告があります」


「港の件ですね。どうぞ」


 サイラスは椅子に座り直し、

 部下に続きを促した。


「例の……店主の死体が、

 今朝、港で発見されました。

 ……後頭部に外傷があったとのことで……」


 一瞬、部屋の空気が止まった。


 サイラスのまぶたが、ゆっくりと上がる。


「外傷……ですか?」


「は、はい。小さな凹みが……」


 サイラスは頷いた。

 驚きでも、怒りでもない。

 ただ受け取ったというだけの動き。


「私が指示したのは何でしたか?」


「えっと……外傷は残さず、

 自然死か事故に見えるように処理しろ”と……」


「そうですね。

 そうお伝えしたはずです」


 声は穏やかだった。

 しかし部下は汗をかいていた。


「その処理を行ったのは……誰でしたか」


 サイラスは机の上のノートを開き、

 万年筆を指先で軽く回した。


 部下が躊躇なく答えられないあたり、

 彼自身もまずいと感じていたのだろう。


「……リードです。

 リードが、店主を……」


「リード」


 サイラスはその名を繰り返し、

 ゆっくりノートに書いた。


 “Reed”


 黒のインクが淡く紙に染みていく。


「ありがとうございます。

 続けてください」


 その声には怒気の欠片もなかった。


 ただ――

 部下は、背筋を凍らせた。


 サイラスが名前を書いたということは、

 それが“彼の中で処理が決まった”という意味だからだ。


「……他には?」


「い、いえ……外傷以外は、指示通りかと……」


「そうですか」


 サイラスはページを閉じ、

 万年筆を丁寧に拭いた。


「外傷を残すと、

 余計な疑問が生まれます。

 店主のような男には必要のない演出です」


「申し訳ありません……」


「謝罪は不要です。

 誰でも間違いはあります」


 穏やかな微笑みすら浮かべた。


 だが、その笑みに救いはなかった。


「……リードには、後ほどお話があります。

 呼んでおいてください」


「……はい」


 部下は深く頭を下げ、部屋を出ていった。


 扉が閉じてから、

 サイラスはノートを指で軽く叩いた。


 “Reed”


 その名を、短く見つめる。


「……街の整理には、

 正確さが必要なのです」


 ジャズが静かに流れ続けた。

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