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ロングベイ・シティを見下ろす古いビルの最上階。
外の喧噪は分厚い壁に遮られ、部屋の中は静かだった。
磨かれた木の床に、陽が薄く差し込んでいる。
本棚は壁一面に広がり、どれも手入れが行き届いていた。
ジャズのレコードが低く回り、
ゆったりとしたリズムが部屋の空気だけを揺らしている。
サイラス・ヴァーンは、
高台の部屋で本を読んでいた。
机の上には万年筆と薄い茶色のノート。
ページには繊細な字で箇条書きが並んでいる。
ノックが二度、規則的に響いた。
「どうぞ」
扉が開き、部下が入ってくる。
顔にはどこか緊張の色があった。
「サイラス様……報告があります」
「港の件ですね。どうぞ」
サイラスは椅子に座り直し、
部下に続きを促した。
「例の……店主の死体が、
今朝、港で発見されました。
……後頭部に外傷があったとのことで……」
一瞬、部屋の空気が止まった。
サイラスのまぶたが、ゆっくりと上がる。
「外傷……ですか?」
「は、はい。小さな凹みが……」
サイラスは頷いた。
驚きでも、怒りでもない。
ただ受け取ったというだけの動き。
「私が指示したのは何でしたか?」
「えっと……外傷は残さず、
自然死か事故に見えるように処理しろ”と……」
「そうですね。
そうお伝えしたはずです」
声は穏やかだった。
しかし部下は汗をかいていた。
「その処理を行ったのは……誰でしたか」
サイラスは机の上のノートを開き、
万年筆を指先で軽く回した。
部下が躊躇なく答えられないあたり、
彼自身もまずいと感じていたのだろう。
「……リードです。
リードが、店主を……」
「リード」
サイラスはその名を繰り返し、
ゆっくりノートに書いた。
“Reed”
黒のインクが淡く紙に染みていく。
「ありがとうございます。
続けてください」
その声には怒気の欠片もなかった。
ただ――
部下は、背筋を凍らせた。
サイラスが名前を書いたということは、
それが“彼の中で処理が決まった”という意味だからだ。
「……他には?」
「い、いえ……外傷以外は、指示通りかと……」
「そうですか」
サイラスはページを閉じ、
万年筆を丁寧に拭いた。
「外傷を残すと、
余計な疑問が生まれます。
店主のような男には必要のない演出です」
「申し訳ありません……」
「謝罪は不要です。
誰でも間違いはあります」
穏やかな微笑みすら浮かべた。
だが、その笑みに救いはなかった。
「……リードには、後ほどお話があります。
呼んでおいてください」
「……はい」
部下は深く頭を下げ、部屋を出ていった。
扉が閉じてから、
サイラスはノートを指で軽く叩いた。
“Reed”
その名を、短く見つめる。
「……街の整理には、
正確さが必要なのです」
ジャズが静かに流れ続けた。




