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蝮との盟約、京との道

尾張を統一した俺の元に、北の隣人から一人の使者がやってきた。美濃国主、「蝮」こと斎藤道三からの使者だ。

俺の電撃的な尾張統一を「面白い」と評したあの男が、次に何をしてくるか。俺の予測は的中した。

「我が主・道三が娘、帰蝶きちょうを、上総介かずさのすけ様の正室に迎え入れてはいただけまいか、と」

きたか。いわゆる政略結婚。企業で言えば、業務提携からの資本提携といったところか。

広間に控える柴田権六や林秀貞ら、古参の家臣どもは「なんと!あの蝮が頭を下げてきたか!」「これほどの誉れはありませぬ!」と色めき立っている。単純な奴らだ。

俺の頭脳は、この提携案のメリットとデメリットを冷静に弾き出していた。

メリット:

1. 北の国境が安定する。これにより、経営資源を東の今川対策に集中できる。

2. 斎藤道三という、一筋縄ではいかぬ梟雄を、(少なくとも表向きは)味方に引き入れられる。

3. 美濃の経済圏との繋がりが生まれ、商業的な利益も大きい。

デメリット:

1. 送り込まれてくる嫁(帰蝶)は、十中八九、道三が放つスパイだろう。有名な逸話だ。『うつけのままなら、その手で刺せ』と。

2. 斎藤家も内紛の火種を抱えている。下手に提携すれば、そのゴタゴタに巻き込まれるリスクがある。

(結論:リターンは大きい。リスクは…マネジメント可能だ)

俺は、その場で道三の申し出を快諾した。

「美濃の蝮殿のお申し出、この信長、謹んでお受けしよう。帰蝶殿を、我が正室としてお迎えする、と」

家臣たちが喜びに沸く中、俺は静かに思考を巡らせていた。

(帰蝶、か。さて、どんな女だ? 俺の会社の役員として、有能なアセット(資産)となるか、それとも早々に処理すべき負債となるか。お手並み拝見といこう)

北の安全保障に目処を立てた俺が、次に取り組んだのは「ブランドイメージの確立」だ。

俺がやった尾張統一は、突き詰めれば簒奪と下克上の連続。このままでは、俺はただの「成り上がりの田舎大名」でしかない。それでは、天下という全国市場で戦うための「信用」が得られない。

信用と権威。それを手に入れる場所は、一つしかない。京の都だ。

俺は、内藤昌豊を責任者として京へ派遣した。目的は二つ。室町幕府と、帝のおわす朝廷へのロビー活動だ。

もちろん、手ぶらで行かせるはずがない。那古野と清洲の商業活動で稼ぎ出した莫大な銭を、献金として持たせた。前世の感覚で言えば、政治献金だ。

幕府への上申書には、こう書かせた。

『尾張国守護・斯波様を弑逆せし逆臣・織田信友を、斯波様のご遺志を継ぎ、この織田信長が討ち果たしました。また、その義戦に参加しなかった織田伊勢守家も同罪とみなし、これを討伐。これにより、乱れきっていた尾張国は、ようやく静謐を取り戻しました。これも全ては、公方様(将軍)と帝のため。つきましては、尾張国の安寧のため、この信長に**『尾張守おわりのかみ』**の官位を賜りたく…』

完璧なストーリーだ。俺の簒奪を、幕府と朝廷への忠義にすり替えた。

カネと大義名分。この二つを突きつけられて、ノーと言えるほど、今の京の権力者たちは強くない。

案の定、結果はすぐに出た。

幕府からは正式な感状が、そして朝廷からは、俺を「従五位下じゅごいのげ・尾張守」に叙するという宣旨が届いた。

「これより、俺は尾張守・織田信長だ」

清洲城の広間で宣旨を披露すると、家臣たちはひれ伏した。

柴田権六ですら、感動に打ち震えている。この時代の人間にとって、朝廷から賜る官位の重みは絶対的なのだ。

(買ったぞ。銭で、正統性を買った)

これで、俺はもはや単なる織田家の当主ではない。朝廷と幕府から公認された、尾張国の公式な支配者だ。俺に逆らう者は、すなわち朝敵・幕敵となる。これほど強力なブランドがあるか。

外交とブランディングを終えた俺は、本格的な「社内改革」…すなわち、領国経営に乗り出した。

俺の経営方針は、いつだってシンプルだ。

第一に、規制緩和による市場拡大(楽市楽座)。

城下に高札を立て、これまでの組合(座)が持っていた特権を全て剥奪。誰でも自由に、税を納めれば商売ができるようにした。美濃との国境の関所も撤廃。人、物、銭が自由に動けば、経済は勝手に成長する。

第二に、インフラ投資による物流革命(街道整備)。

領内の主要な街道を拡幅し、橋を架けさせた。目的は、商業の活性化と、軍隊の迅速な移動。物流こそが、国力と軍事力の根幹を成す。

第三に、ガバナンスの強化(貫高制の徹底)。

内藤昌豊を責任者として、尾張国内の徹底的な検地(土地調査)を命じた。土地の価値を正確に数値化し、それに基づいて公平に税を徴収する。どんぶり勘定の経営は、俺の最も嫌うところだ。

俺が打ち出す新政策に、旧来の家臣たちは戸惑っていたが、数字は嘘をつかない。

尾張の税収は、俺が支配してからわずか一年で、親父の時代の倍以上に膨れ上がった。

北には蝮との同盟。手には朝廷からの官位。そして、足元では、近代的な経済システムが唸りを上げて回り始めている。

天下統一という、途方もないプロジェクトの基礎工事は、完了した。

あとは、東の巨大な競合他社…今川義元という名の「旧時代の怪物」を、どうやって市場から排除するかだ。

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