市場の反応
六角氏が、たった一日で滅んだ。
この報せは、俺が放った軍勢よりも早く、京の都へと駆け巡った。
俺は、陥落させた観音寺城で、月影衆が次々と もたらす「市場の反応」を、冷徹に分析していた。
報告一:足利義昭(我が社の看板商品)
まず、俺が担ぐ神輿、足利義昭だ。
彼は、俺の本隊の後方、安全な浅井領で戦況を見守っていた。そこに、六角氏滅亡の報が届いた。
「…まことか! あの六角が、たった一日で!」
報告によれば、義昭は狂喜乱舞し、涙を流して俺の使者の手を取ったという。
『信長殿は、まさに天が遣わした義の将軍! この義昭、信長殿と出会えたことを、亡き兄上もきっと喜んでおられるであろう!』
(まあ、そうなるな)
俺は、その報告書を読みながら、鼻で笑った。
彼は、自分の夢が叶うことしか見えていない。その夢を叶えているのが、誰の力で、どんな計算に基づいているのかを、まだ理解していない。
それでいい。神輿は、ただ輝いていればいいのだ。担ぎ手が誰であるかなど、意識する必要はない。彼のその純粋な喜びは、俺の上洛を「正義の戦い」として見せるための、最高のPR材料になる。
報告二:三好三人衆(競合他社)
次に、京で権力を握る、将軍殺しの逆賊ども、三好三人衆。
彼らの反応は、一言で言えば「パニック」だった。
『馬鹿な! あの六角が一日だと!? 何かの間違いであろう!』
『織田の軍勢は、一体どれほどの数なのだ! 報告を改めよ!』
『裏切りか!? 六角の誰かが、奴に内通したに違いない!』
彼らの本社(京の拠点)では、幹部たちが互いを罵り合い、責任をなすりつけ合う、典型的な末期症状を呈しているらしい。
彼らの計算では、六角は最低でも数ヶ月は持ちこたえるはずだった。その間に、京の防備を固め、周辺の反織田勢力を結集させる計画だったのだろう。
(旧時代の経営者の、なんと想像力の欠如したことか)
俺の電撃戦という「新しいビジネスモデル」が、彼らの常識を、そして前提としていた事業計画の全てを、根底から破壊したのだ。
狼狽し、内輪揉めを始めた企業など、もはや敵ではない。ただの、俺がこれから行う「資産整理」の対象に過ぎない。
報告三:朝廷(格付け機関)
そして、最も重要なプレイヤー、帝のおわす朝廷だ。
彼らは、軍事力も、経済力もない。だが、この国で最も価値のある資産…「権威」という、無形のブランドイメージを独占している、最高の格付け機関だ。
その報せは、明智光秀を通じて、極めて丁重に届けられた。
朝廷の反応は、「驚愕」と「期待」が入り混じったものだった。
三好という、粗暴で、朝廷を軽んじる「野蛮な経営者」に、彼らは心底うんざりしていた。そこへ、足利義昭という「正統なブランド」を掲げ、圧倒的な実力で旧弊を打ち破る、俺という新しい経営者が現れた。
帝は、俺を評価するために、すぐに勅使を派遣することを決めたという。
(来たか)
俺は、静かに頷いた。
彼らは、俺を試しているのだ。この織田信長という男が、三好と同じただの野蛮人か、それとも、自分たちの権威を尊重し、新たな庇護者となりうる男か、を。
「光秀。勅使は、最大級の礼節をもってお迎えしろ。俺は、旧時代の権威を破壊するが、利用価値のある伝統は、最大限尊重する男だということを、彼らに見せつけてやれ」
◇
全ての報告を、俺は読み終えた。
盤上の駒の動きは、全て俺の想定通りだ。
神輿は、上機き嫌で輝きを増している。
敵は、パニックに陥り自滅寸前。
そして、最高の権威を持つ格付け機関が、俺という新しい会社に興味津々だ。
もはや、躊躇う理由は何もない。
俺は、観音寺城の広間に、全軍の将を集めた。
「六角は、消えた。京までの道は、開かれた」
俺は、地図上の、京の一点を、鞘の先で叩いた。
「これより、この織田信長が、天下の静謐を取り戻す。全軍、京へ!」
俺の号令に、十万の軍勢が、地を揺るがす鬨の声を上げた。
日本の、古いOSをアンインストールし、俺の新しいOSをインストールする時が、ついに来たのだ。




