神輿の担い手
日本で最も価値のある「神輿」…将軍の弟君が、どこで埃をかぶっているか、俺は正確に把握していた。
越前・一乗谷。主は、朝倉義景。
名門という過去の栄光にすがりつくだけの、時代遅れの男だ。
案の定、覚慶はそこで元服し、**足利義秋**と名乗ったものの、朝倉義景は一向に動く気配がなかった。和歌を詠み、蹴鞠に興じるばかり。最高の投資案件を目の前に、その価値を理解できず、リスクを恐れてただ死蔵させている。経営者として、三流以下だ。
痺れを切らした最高の「商品」が、市場に出回るのを、俺は静かに待っていた。
そして、その時は来た。
俺が放った使者・明智光秀が、越前の義秋の元へたどり着いた。
光秀が俺の名代として提示したオファーは、シンプルかつ、抗いがたいものだったはずだ。
『朝倉殿は、過去の遺物。我らが主君・織田信長こそが、未来を創る男。我らには、兵も、銭も、そして何より、天下を動かすという揺るぎない『意志』がある。義秋様、我らと共に京へ上り、天下に号令をかけませぬか』
飢えと寒さで凍える者に、豪華絢爛な食事と暖かい寝床を差し出すようなものだ。断る理由など、あろうはずがない。
足利義秋は、俺のオファーに飛びついた。彼は、名ばかりの庇護者・朝倉義景の元を離れ、一路、俺の待つ美濃・岐阜を目指した。
◇
岐阜に到着した義秋を、俺は国を挙げて歓迎した。
最高の資産は、最高の環境で迎え入れる。それが俺のやり方だ。
新しく生まれ変わった巨大な岐阜城、活気に満ちた城下町、そして、俺が鍛え上げた精強な軍勢。その全てを、俺は義秋に見せつけた。
彼は、朝倉の寂れた館との、あまりの格差に絶句していた。それでいい。俺という男の器と、この織田という会社の底力を、その目で理解させねばならん。
「信長殿…。これほどの国を、これほどの兵をお持ちであったか…」
「義秋様。これは、まだ始まりに過ぎませぬ」
俺は、彼に向かってはっきりと約束した。
「朝倉殿のように、貴方様を待たせたりは致しませぬ。準備が整い次第、即座に出陣する。この信長が、貴方様を必ずや、将軍の座におつけしてみせましょうぞ」
俺の言葉に、彼の顔がぱあっと明るくなった。
「…信長殿。この義秋、貴殿に全てを賭ける。そして、この機に名を改めたいと思う。**義昭**と」
義秋から、義昭へ。良いリブランディングだ。過去を捨て、新しい未来へと踏み出す覚悟の表れだろう。俺は、上機嫌なこの神輿を、丁重にもてなした。
さて、商品(神輿)は手に入れた。
次なるは、上洛という巨大プロジェクトを成功させるための、最終調整だ。
俺は、まず北近江の浅井長政に使者を送った。
奴は、俺の妹・市を嫁に持つ、義理の弟だ。
『長政。俺は、義昭様を奉じて京へ上る。これは、天下を平定するための義戦である。お主も、この義挙に参加せよ。さすれば、浅井家の名は、天下に轟くこととなろう』
これは、同盟国への協力要請であり、そして踏み絵だ。俺の進む道を塞ぐか、それとも共に歩むか。賢い長政が、どちらを選ぶかは分かっていた。彼は、即座に協力を約束してきた。
次に、東の三河。我が社にとって、最も信頼できるビジネスパートナー、徳川家康だ。
『三河の。俺は西へ向かう。東の武田のことは、お前に全て任せた。背中は、預ける』
短い文で十分だった。あの男とは、もはや言葉を尽くす必要はない。俺と奴は、互いの利益のために、完璧に連携できる、唯一無二の同盟者だ。
北の道は、浅井が開ける。
東の背中は、徳川が守る。
そして、俺の手には、足利義昭という最高の大義名分がある。
全ての役者は、揃った。
俺は、岐阜城下に、我が社の全戦力を集結させた。
俺が率いる尾張・美濃・伊勢の軍団を中核に、浅井、徳川からの援軍も集まってくる。その数、もはや天を覆い、地を埋め尽くすかのようだった。
赤、黒、黄色…各家の旗指物が、風にはためき、森のように見える。
総勢、十万。
もはや、これは戦ではない。
時代の節目そのものが、地響きを立てて動き出したのだ。
俺は、馬上で采配を振り上げた。
その先に見えるは、西。京の都。
「全軍、出陣!」
「目指すは、京! 天下布武の、本当の始まりだ!」




