表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

政教分離

伊勢志摩を手に入れたことで、俺の会社の事業領域マップは劇的に広がった。

当然の帰結として、その背後に位置する藤林長門守の故郷・伊賀も、半ば話し合い、半ば脅迫という、俺の得意なM&Aで手中に収めた。

これで尾張、美濃、伊勢、志摩、飛騨、そして伊賀。六ヶ国を支配下に置く、巨大コングロマリットの完成だ。これまでの農業革命や商業改革が実を結び、我が社の総資産(石高)は、もはや四百万石に迫ろうとしていた。

だが、これだけ巨大化した組織の、まさに心臓部の喉元に、一本の腐った骨が突き刺さっていた。

長島・願証寺。

一向宗門徒の巣窟。俺の支配地の中にありながら、俺の法律ルールが及ばない、治外法権の独立国家だ。例えるなら、本社ビルのど真ん中に、武装した過激派の労働組合が立てこもっているようなものだ。

(鬱陶しい。俺の完璧なガバナンス体制において、このような例外は認めん)

俺は、織田家の全土に、一つの布告を出した。

『これより先、我が領国において、寺社が領地と兵を持つことを禁ずる』

政教分離。神や仏は、人々の心を救うだけでいい。政治や経済、ましてや軍事といった、この世の経営に口を出すな、という俺からの最後通牒だ。

当然、願証寺の坊主どもは猛反発した。上等だ。俺は、その反乱を待っていた。

「全軍、長島へ向かえ! 仏に仕える道を忘れ、ただの武装集団に成り下がった豚どもを、根絶やしにする!」

だが、この戦は、これまでの戦とは全く性質が違っていた。

敵は、侍ではない。信仰という名の狂気に取り憑かれた、信者たちの集団だ。死を恐れず、赤子や女までが武器を持って向かってくる。土地は、川と湿地帯が入り組んだ天然の要害。

さすがの俺の陸軍も、攻めあぐねた。犠牲だけが増えていく、不毛な消耗戦。

(…やはり、正面からの殴り合いは非効率だ)

俺は、舌打ちすると、一つの命令を下した。

「嘉隆! 海からだ! お前の海軍で、奴らの海上補給路を完全に封鎖しろ! 一粒の米も、一人の兵も、長島へは入れるな!」

「川並衆! 川を遡り、奴らの隠し港を全て焼き払え! 奴らを、水の上から干上がらせるのだ!」

ここで、俺が投資してきた新しい「事業部」が、真価を発揮する。

九鬼嘉隆率いる織田海軍の巨大な船団が、伊勢湾を完全に封鎖。川並衆の小舟が、湿地帯を縦横無尽に駆け巡り、ゲリラ戦を仕掛ける。

陸と海、そして川。全ての方向から締め上げられ、補給を断たれた長島の狂信者たちは、もはや檻の中の獣だった。

苦戦はしたが、最後は圧倒的な物量と、俺のシステムの前には、狂信も無力だった。一年近くに及ぶ激戦の末、願証寺は燃え盛り、長島の一向一揆は、この地上から完全に消滅した。

長島の煙がまだくすぶる頃、京の都から、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

月影衆がもたらしたその報せに、さすがの俺も、一瞬言葉を失った。

『永禄の変。室町幕府第十三代将軍・足利義輝様、三好三人衆と松永久秀の謀反により、御所にて討ち死に』

(…CEOが、殺されただと?)

俺の頭脳が、高速で回転を始める。

将軍の死。それは、日本の統治システムそのものが、完全に崩壊したことを意味する。

秩序は失われ、日本中が、より一層深い混沌の渦へと叩き込まれるだろう。

誰もが、未来を憂い、絶望するだろう。

だが、俺は。

俺だけは、その報を聞いて、心の底から歓喜に打ち震えていた。

(最高の、ビジネスチャンスじゃないか)

CEOが殺害され、本社が機能不全に陥った。株価は大暴落。市場は、大混乱。

だが、見方を変えれば、これは最高の「買い場」だ。

この混乱を収拾し、新しいCEOを立て、会社(日本)を再建する。その離れ業をやってのけた者こそが、この国の新しい支配者…次期オーナーとなる。

俺は、地図を広げた。

喉元の骨は、抜いた。

国内のインフラは、完璧だ。

陸軍も、海軍も、そしてそれを支える財政も、もはや敵はいない。

俺は、西の空…燃え盛る京の都を幻視し、獰猛な笑みを浮かべた。

「京の都が、燃えている。そして、燃え跡に転がっているのは、天下という名の、最高の『掘り出し物』だ」

天下布武。

その最終プロジェクトを始動させる、最高の口実が、向こうから転がり込んできたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ