飛騨の金脈と武田への壁
墨俣一夜城は、斎藤義龍の喉元に突きつけられた、冷たい刃だ。
西美濃三人衆が俺に寝返ったことで、美濃の西半分は、もはや戦わずして俺の手に落ちたも同然。だが、俺はまだ動かない。
なぜか。
稲葉山城は、日本屈指の難攻不落の山城。そして、斎藤義龍は父殺しの大罪人だが、戦の腕は確かだ。正面から攻めれば、たとえ勝てたとしても、我が社の貴重な人材(兵士)という資産を、大きく損耗させることになる。
(コストパフォーマンスが悪すぎる。あんな山城に、俺の貴重なリソースを無駄遣いしてたまるか)
俺は、墨俣に柴田権六と島左近を置き、軍を展開させた。目的は、攻撃ではない。「牽制」だ。
毎日、城の周りで示威行動を繰り返し、鬨の声を上げさせ、いつ攻め込むか分からないというプレッシャーを与え続ける。義龍は、俺のこの動きに釘付けになり、稲葉山城から動けなくなる。
それでいい。巨大な蛇の頭を、俺が作った檻の中で睨みつけておいてやる。その隙に、俺は奴の胴体と尻尾を、別の場所から喰らい尽くす。
俺の本当の狙いは、北。
美濃のさらに北、郡上八幡城。
「森三左衛門(可成)!」
俺は、対美濃方面軍の司令官に任命した森可成に、精鋭を与えて密命を下した。
「俺が墨俣で義龍の気を引いている間に、お前の軍で郡上八幡を落とせ。電撃的に、だ。敵に、何が起こったか理解させる前に、城を奪い取れ」
森可成は、まさに疾風の如く動いた。
義龍の意識が南に集中している隙を突き、山道を駆け上がった可成の部隊は、ほとんど無抵抗の郡上八幡城を、わずか半日で陥落させた。
(よし、これで次の市場への扉が開いた)
郡上八幡城は、ゴールではない。次なる巨大プロジェクトへの、ただの「ゲートウェイ」だ。
俺の視線は、そのさらに北、飛騨の国へと向いていた。
飛騨。
米もろくに取れない、痩せた山国。普通の武将なら、見向きもしないだろう。
だが、俺の目には、あの国が日本の誰よりも輝いて見えていた。前世の知識が、教えてくれているのだ。あの山々には、金、銀、銅、鉛…莫大な鉱物資源が、眠っていることを。
(天下統一は、銭の戦争だ。兵を雇うにも、鉄砲を買うにも、城を建てるにも、全て銭がいる。飛騨は、俺の会社の財政を、数段階上のステージへと引き上げる、巨大なキャッシュエンジンになる!)
俺は、郡上八幡城を拠点とした森可成に、そのまま飛騨へと侵攻させた。
飛騨の国衆など、烏合の衆だ。森可成の猛攻の前に、次々と降伏、あるいは滅亡していった。あっという間に、飛騨一国は俺の支配下に組み込まれた。
だが、ここで新たな「リスク要因」が生まれる。
飛騨の東は、甲斐の武田信玄が支配する信濃国と国境を接する。あの油断ならない男と、直接隣り合わせになってしまったのだ。
「丹羽五郎左(長秀)!」
俺は、我が社のインフラ担当役員を、飛騨へと派遣した。
「飛騨と信濃の国境を、徹底的に要塞化しろ。道は狭く、険しい。そこを、さらに難攻不落の防衛ラインへと作り変えるのだ」
丹羽長秀は、俺の意図を完璧に理解し、凄まじい手腕を発揮した。
国境の要所に、鉄壁の城と砦を次々と建設。その防衛ラインは、南の東美濃に置いた岩村城、そしてさらに南の奥三河に築いた長篠城の防衛網と、有機的に連結された。
気づけば、俺の領地の東側には、甲斐の武田に対する、巨大な「防衛回廊」…万里の長城が完成していた。
信玄がどこから攻めてこようと、この防衛網のどこかで必ず動きを察知し、連携して叩き潰すことができる。
さて、これで全ての準備は整った。
北では、飛騨の金脈が、俺の金蔵に黄金を流し込み始めている。
東では、武田への鉄壁の防衛網が完成した。
そして、当の斎藤義龍は?
彼は、未だに稲葉山城に籠もり、目の前の墨俣ばかりを睨みつけ、俺がいつ攻めてくるかと怯えていることだろう。
彼は知らないのだ。自分がそうしている間に、自分の領土の北半分を完全に切り取られ、そのさらに北には、俺の巨大な資金源が生まれ、東には、俺の鉄壁の守りが築かれていることを。
(義龍。お前はもう、詰んでいる)
俺は、清洲城で飛騨から届いた金塊を手に取り、冷たく笑った。
お前は、もはや俺の敵ではない。ただの、俺が吸収合併するのを待つだけの、哀れな資産に過ぎないのだと。




