表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

勝利の配当

桶狭間で今川義元の首が飛んだという報せは、まるで燎原の火のように、瞬く間に日本中を駆け巡った。

その衝撃の大きさは、俺の想像以上だった。

まず、足元の尾張国内。

清洲城へ凱旋した俺を出迎えた家臣たちの目は、以前とは全く違う光を宿していた。

柴田権六のような古参の家臣ですら、もはや俺を「うつけ」や「若殿」とは見ていない。その視線に宿るのは、絶対的な強者への畏怖。そして、人知を超えた何か…神か、あるいは魔王を見るかのような、狂信的なまでの崇拝だった。

民衆の熱狂は、さらに凄まじい。二万五千の侵略者から国を救った英雄。俺の名は、もはや神仏のように崇め奉られていた。

(いい傾向だ。ブランドイメージが"予測不能なリスク要因"から"奇跡を起こす救世主"に書き換わった。これで、俺の会社(織田家)の内部統制は、より一層やりやすくなる)

俺は、この熱狂を冷徹に分析していた。

周辺諸国、すなわち競合他社の反応は、もっと露骨だった。

北の美濃。斎藤義龍は、心の底から震え上がったことだろう。父・道三が「婿殿はただ者ではない」と言い残した意味を、骨身に染みて理解したはずだ。月影衆の報告によれば、義龍はすぐさま国境の守りを固め、俺への警戒レベルを最大に引き上げたらしい。結構なことだ。臆病な犬ほど、扱いやすい。

甲斐の武田信玄。あの男は、今川の敗北をほくそ笑んでいるに違いない。長年のライバルが消え、駿河・遠江という市場への道が開けたのだからな。だが同時に、西に誕生した俺という新興企業の存在を、強烈に意識し始めたはずだ。これより先、あの狡猾な男の視線が、常に俺の背中に突き刺さることになるだろう。

そして、京の都。公家や将軍家は、ただただ驚愕したという。『海道一の弓取り』と謳われた名門・今川を、成り上がりの田舎大名が滅ぼしたのだ。俺の名は、もはや地方の有力プレイヤーではない。天下という巨大なゲーム盤の行方を左右する、最重要人物…「キングメーカー」候補として、中央に認知された瞬間だった。

俺は、感傷や勝利の余韻に浸る趣味はない。

ビジネスの世界では、勝利の直後こそが、最大の攻め時だ。

「全軍に告ぐ! 休息は許さん! 敗走する今川の残党を掃討し、奪われた領地を全て奪い返すぞ!」

俺は、休む間もなく軍を再編し、追撃を開始させた。

柴田権六と島左近に別動隊を率いさせ、今川方に奪われていた大高城、沓掛城といった尾張南部の砦を、一日で全て奪還。

そして、俺は自ら本隊を率い、そのまま三河国へと雪崩れ込んだ。

混乱の極みにある三河に、もはや抵抗する力はなかった。

特に、西三河の国衆たちは、蜘蛛の子を散らすように今川を見限り、我先にと俺に降伏を申し出てきた。

そんな中、月影衆から興味深い報告が入る。

「岡崎城にて、松平元康(後の徳川家康)様が、今川からの独立を果たした模様にございます」

(やはり、動いたか)

史実通りだ。ならば、ここで彼を叩くのは愚策。共通の敵・今川がいる以上、彼とは「業務提携」を組むのが最も効率的だ。

俺は、三河で軍事行動中の全軍に指令を出した。

「松平家の領地には、決して手を出すな。むしろ、彼らの独立を歓迎する姿勢を見せよ」

この判断が、後に二十年以上にわたる強固な同盟関係の礎となる。俺の人生における、最高のM&Aの一つだ。

三河の平定作戦と並行して、俺はもう一つの、極秘プロジェクトを進めていた。

俺は、山本勘助と月影衆の一部、そして鉱山技術に詳しい者たちだけを集めた別動隊を、奥三河の山中深くに派遣していた。

目的は、俺の前世の知識…歴史の中にだけ存在する、「武田信玄が発見したとされる金山」の探索だった。

(軍事、外交、そして経済。企業の成長には、この三つの歯車が不可欠だ。今、俺は、この会社の資金繰りを劇的に改善させる、新たなキャッシュエンジンを手に入れようとしている)

そして、三河侵攻が終盤に差し掛かった頃、ついに待ち望んだ報せが届いた。

「若様! 発見いたしましたぞ! 黄金の鉱脈にございます!」

使者の持つ石塊は、素人目にも分かるほど、眩い金の色を放っていた。

俺は、即座に鉱山の開発を命じた。見つけただけでは意味がない。いかに効率よく採掘し、精錬し、俺の金蔵へと流し込むか。そのシステムを構築するまでが、俺の仕事だ。

現代知識の断片をヒントに、排水技術や選鉱方法を改善させ、この時代の常識を遥かに超えるスピードで、金山は莫大な富を生み出し始めた。

清洲城に戻った俺の机の上には、今川義元が最後に身に着けていた名刀、「宗三左文字」が静かに置かれていた。一つの時代の終わりを告げる、美しい戦利品だ。

俺は、それを一瞥すると、壁に掲げた新しい地図に視線を移した。

東の脅威は消え、そこには松平元康という、将来有望な提携候補がいる。

北には、義父の仇である斎藤義龍がいるが、いずれ俺がM&Aを仕掛けるべき、魅力的な市場だ。

そして、我が社のバランスシートには、「奥三河金山」という、巨額の純資産が新たに計上された。

桶狭間の勝利は、終わりではない。

天下統一という、途方もなく巨大なプロジェクトの、本当の始まりを告げる号砲に過ぎなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ