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矢作川の防衛線と銭のなる木

俺が三河に仕掛けた「蟻地獄」は、面白いように機能していた。

今川義元は、領内で吹き荒れる一向一揆と国衆の反乱という名の「不祥事対応」に追われ、身動きが取れない。競合企業のCEOが、社内のゴタゴタで会議室に缶詰になっているようなものだ。

この絶好の機会を、俺が見逃すはずがない。

(今こそ、さらなる資産の買収と、社内のリスク要因を排除する時だ)

俺の次なる一手は、二段構え。

一つは、西三河における「前線基地」の建設。もう一つは、尾張国内に残る「不確定要素」の完全な排除だ。

最初のターゲットは、西三河に燻る没落した名門、吉良氏。

足利将軍家の一門という、過去のブランドイメージしかない斜陽企業だ。だが、その本拠は、俺が先に手に入れた安祥城のすぐ近くに位置する。

(前線基地のすぐ隣に、敵の息がかかった弱小企業があるのは、セキュリティ上のリスクでしかない。早々に買収し、更地にしてしまおう)

口実など、もはや不要だった。

「吉良氏は今川方に属する。我が安祥城への脅威である故、これを排除する」

俺は柴田権六に精鋭を与え、電撃的に侵攻させた。もはや名門の威光などない吉良氏に、抵抗する力など残っていなかった。戦いと呼ぶのもおこがましい掃討戦の末、西三河の吉良氏所領は、そっくり俺の手に落ちた。

俺は、奪った吉良氏の領地と、元々確保していた安祥城を一つの拠点として再編。そして、その東を流れる矢作川やはぎがわを、今川との新たな国境線と定めた。

「勘助! この川沿いに、砦と物見櫓を並べろ。一本の、完璧な防衛ラインを構築するのだ」

山本勘助は、水を得た魚のように地図に食いついた。

「お任せを。川という天然の堀を利用し、複数の砦が連携して敵を討つ、完璧な防衛網を築き上げてご覧にいれまする」

矢作川の西岸に、次々と砦が築かれていく。これは、ただの国境線ではない。今川義元が尾張に攻め込むには、必ず渡らなければならない「トリップワイヤー(侵入検知装置)」だ。奴が動けば、俺は即座にそれを察知できる。俺は、俺の望む形で、戦場の初期設定を完了させたのだ。

さて、次は「社内整理」だ。

俺の視線は、尾張南部の知多半島へと向いていた。

この半島は、常滑とこなめの焼き物をはじめとする窯業、そして海運業で莫大な富を生み出す、我が社にとっての「金のなる木」だ。だが、この地域の豪族どもは独立性が強く、俺の直接支配下にはない。いつ今川に寝返るか分からない、極めて危険な「リスク資産」だった。

(利益率の高い事業部が、本社の言うことを聞かず、いつライバル社に買収されるか分からない。こんな状態を放置できるか。完全子会社化するしかない)

ここでも、俺は月影衆を動かした。

「長門守。知多の豪族どもが、今川と内通している『証拠』を作れ」

「…承知」

もはや、阿吽の呼吸だ。数日後、俺の手元には、見事に捏造された密書の数々が届けられた。

俺は、尾張全土に布告を出した。

『我らが今川の脅威と戦っている最中、己の利益のために国を売ろうとする裏切り者がいる! 知多の豪族どもだ! 天に代わって、この逆賊を討つ!』

大義名分を掲げた俺の軍が、知多半島に雪崩れ込んだ。

豪族たちは「無実だ!」と叫んだが、俺が作り上げた「世論」の前では、その声はかき消された。島左近率いる本隊が、半島を南下しながら、抵抗する豪族を一人、また一人と、雑草を刈るように滅ぼしていく。

半月も経たずに、知多半島から、俺以外の権力者は一掃された。

「これより、知多半島は全て、俺の直轄地とする」

常滑の窯から上がる煙を眺めながら、俺は宣言した。

半島が生み出す莫大な富は、もはや中間搾取されることなく、全て俺の金蔵へと直接流れ込む。俺の財政基盤は、文字通り、磐石なものとなった。

西三河には、完璧な防衛ラインを構築。

尾張国内からは、最後の不安定要素を排除し、経済基盤を完全掌握。

今川が、ようやく三河の国内問題から顔を上げた時、目の前にあるのは、以前とは比較にならないほど強大で、一枚岩となった、新しい織田家の姿だ。

俺は、全ての準備を終えた。

事業計画の最終段階…すなわち、最大最強の競合企業「今川」との最終決戦ファイナル・バトルへの準備を。

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