第7話「決意」
審問室を後にしたルシアナは、足取りも重く自室の前にたどり着いた。
扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける――。
室内はわずかに暑く、鼻をくすぐるのは、焦げた獣皮のにおい。思わず足を止める。
「……えっ?」
部屋の中央、作業台の傍らには――
黒革のジャケットに身を包んだ“彼”の姿があった。
重厚な質感のロングジャケット、頑丈そうなズボン、厚底のブーツに黒革の手袋。まるで戦地に立つ傭兵のような威圧感を漂わせながら、ルシアナの召喚体――T-800が静かに立っていた。
「できたよ、あんたの“変わり者”にちょうどいいだろ?」
作業台の裏から姿を現したのは、ドワーフ族の上級生・グレタだった。ローブの袖を肘までまくり、額には汗がにじんでいる。
「こ、これ……全部、先輩が?」
「いや、あたいの召喚体と一緒にさ」
グレタが親指で部屋の床を指し示す。うっすらと残る召喚陣の中から、無骨な岩の半身像が音もなく浮かび上がる。
それはごつごつとした腕を持ち、特に片腕は巨大な石の鍛造槌のように肥大化していた。拳の先にはまだうっすらと熱気が立ち昇っている。
獣皮をなめすのにも、岩のアニマは便利なんだ。この子は、熱と圧力を同時にかけるのが得意でね」
グレタが誇らしげに笑うと、ルシアナは小さく目を丸くしたのち、T-800の姿を見やり――ぽつりと呟いた。
「……よく似合ってるわよ、あんた」
そのとき、部屋の隅に腰かけていた獣人の少年――リオネルが、机から軽やかに飛び降りた。
「さて、それじゃあルシアナ。審問室でなにがあったのか、聞かせてもらおうか」
◆ ◆ ◆
話を聞き終えると、部屋の空気がやや重くなった。
しばらく沈黙ののち、椅子に座っていたカミーユが、眉を寄せて口を開く。
「ねぇ。あなた、自分の召喚体が騒ぎを起こす前でも、最中でも――“彼”から何か、感情のようなものを感じたことはある? 怒り、恐怖、あるいは……意思の揺らぎでもいい」
ルシアナは、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……いいえ。なにも……感じなかった」
「やっぱり、そうなのね」
カミーユの声に、ルシアナは小さく息をのんだ。
召喚士と召喚体はアニマで繋がっている。どんなにアニマとの結びつきが弱くても、感情や気配のようなものが、ほんのりとだが伝わってくる。
そして魔力が高く、魔法の練度に優れる者ほど、その絆は確かになり、伝わる感情や気配も正確になってくる。
だが――
(私には……“彼”から何も感じられない……?)
「つまり、アニマの共鳴自体が成立していない、ってことかもしれないわね…」
カミーユの言葉に、室内の空気がさらに沈む。
「だとすると、来週の“契約安定化試験”は――相当厳しいものになりそうね…」
そう。彼ら全員が知っていた。
【契約安定化試験】
試験は二段階に分かれている。
第一段階:アニマ共鳴測定
・召喚士と召喚体が、小規模な魔力干渉場の中でアニマによる“共鳴”を起こせるかを測定。
・共鳴が不安定、あるいは極端に弱い場合は、召喚契約の持続性に問題ありと見なされる。
第二段階:実技演習(共闘または制御試験)
・模擬戦闘形式で、召喚体に対して「攻撃命令」「停止命令」などを与え、反応速度や忠実度を確認。
・制御不能、または暴走の兆候があれば、試験失格となることもある。
「第一段階で点数を落としてしまえば、第二段階で満点に近い制御を見せなきゃ合格は難しいわ。
……アルフォンス先生が言っていたペナルティというのも、冗談じゃ済まなくなる…」
カミーユが小声で呟く。だが、それに負けじとルシアナが立ち上がった。
「大丈夫よ。私、召喚試験だって“落第確実”って言われていたけど、合格したわ。来週だって……やってやる!」
そう言って、彼女は自信満々に部屋の本棚を指差す。そこには、ずらりと魔法理論や召喚術の専門書が並んでいた。
「この努力を、伊達だと思わないでね!」
カミーユとリオネルが、思わず顔を見合わせる。
その目には、ルシアナへの敬意と――少しの不安が入り混じっていた。
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8話は明日(8月5日)18時に投稿予定です。
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