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第6話「審問」

重厚な扉が静かに閉じられ、音が室内にこだますると同時に、静寂が訪れた。


そこは学院の西塔にある、魔法理論科専用の審問室。厚い石壁と高い天井、


壁際には魔法抑止用の封刻が刻まれており、空気にはひときわ重苦しい緊張が漂っていた。


木製の長卓を挟んで座るのは三人。


一人は、ルシアナ・グランテール。正面の視線を真正面から受け止めることができず、


視線を斜めに落としたまま、硬く椅子に座っていた。


 その横に立つのは、彼女の担当教員――昨日の召喚試験で監督を務めた女性教師。


栗色の髪を後ろで束ね、黒の教官用ローブをきっちりと着込んでいるが、その表情にはどこか気まずさがにじんでいた。


 そして二人の前に座すのは、魔法理論の専門教師であり、学院の理論部門の副主任を務めるとされる男


――アルフォンス=ハロルド。


 長身で痩躯、くすんだ銀の眼差しに、教師としての冷徹な規律と分析を宿したような人物だった。


中庭の騒動にいち早く駆けつけた彼の顔を、ルシアナは忘れてはいなかった。


 アルフォンスは、机の上の資料に指を滑らせながら、冷ややかに言葉を発した。


 「――それでは、まず本題に入ろう。ルシアナ・グランテール。


君は、自身の召喚体に対する制御がまったく行えていない。学院中庭で三名の上級生に対し


、明確な“暴力行為”が確認されている。この点について、君自身の認識を問いたい」


 ルシアナは息を飲んだ。


 「……わたしは……っ。わたしは、止める間もなくて……その……」


 言葉が喉に詰まる。頭の中では何度も言い訳を繰り返していたのに、実際に言葉にしようとすると、何も出てこない。


 アルフォンスは表情を変えず、次の対象へと視線を向ける。


 「……次に、マリエ=フィルブラン教員。君に対しては、審査上の判断について確認しておく必要がある」


 女性教師――マリエは静かに背筋を伸ばした。


 「召喚試験において、ルシアナ=グランテールの召喚結果は、前例のないものでした。


しかしながら、召喚体が確実に具現化されたこと、それが安定した形で現界を維持していたことから、


私は試験合格と判断しました」


 「その判断に、他の教員の意見を求めましたか?」


 「……いえ。現場の監督責任者として、最終判断を私が下しました」


 アルフォンスの眉が、わずかに動く。


「異例である以上、慎重な判断が求められたはずです。


試験中の段階で、異常な召喚サークルの痕跡が報告されていた。


君一人の判断で済ませるべき問題だったとは思えないが?」


 マリエは唇を引き結び、しばし言葉に詰まる。


 ルシアナは、そのやり取りを横で聞きながら、拳をぎゅっと握った。


 (私のせいで、先生も責められてる……)


 沈黙が数秒続いたのち、アルフォンスは手元の報告書を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。


 「……この件は、学院として正式に調査を行う。君たちには、引き続き召喚体の観察と報告の義務が課される。


特にルシアナ・グランテール。君には、召喚体との“契約安定化”の試験が、規定値より少しでも下回った場合は何らかのペナルティを課す事とする。


内容に関しては学院長とも相談の上、追って通達する!」


 「……はい……!」


 ルシアナは思わず顔を上げて答えた。その声には、まだ揺らぎがあったが、明確な意志もにじんでいた。


 アルフォンスはその反応に一瞥を送り、静かに審問室を出ていった。


 重たい扉が閉じた瞬間、部屋に残ったのは、ルシアナとマリエの二人だけだった。


 「……ごめんなさい、先生。わたし……」


ルシアナがうつむき加減に、絞り出すように声を漏らす。


マリエは一拍の沈黙ののち、落ち着いた声音で言葉を返した。


「……反省することは大切よ、ルシアナ。でも――それで立ち止まっている暇はあなたにはないわ」


ルシアナが顔を上げると、マリエは静かに彼女を見つめていた。


表情は厳しいままだが、その瞳の奥には明らかな優しさが宿っている。


「あなたには、やらなければならないことがある。責任から目をそらさず、一つずつ積み重ねていきなさい。……いいわね?」


そう言って、マリエはルシアナの肩にそっと手を置いた。


その手には、教員としての指導の厳しさと、一人の生徒への信頼が込められていた。

6話は短くなりましたが、読んで下さりありがとうございます。評価、ご感想も頂けると次回作への励みになります。7話は明日(8月4日)18時に投稿予定です。

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