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第4話「異貌」

暗がりの中、冷たい声がいくつも重なり合う。


「また一族から出来損ないを出してしまったか」


「グランテール家も堕ちたものだな。姉君はあれほど優秀な召喚士であるのに……」


「祖父が泣いているぞ、ルシアナ。おまえがこの家名に何をもたらした?」


声は次第に形を持ち始め、父の書斎にその背中、あの日の視線――


「お父様……ごめんなさい……でも私は、がんばったのよ……っ」


必死に声を振り絞るが、誰にも届かない。


「努力など、結果がともなわねば意味はない」


「――落ちこぼれめ…」


ガタン――


ルシアナはベッドの上で跳ね起きた。


「ううぅ なんて嫌な夢…」


冷たい汗が首筋をつたう。


朝靄が塔の窓をかすかに照らし、淡く部屋の輪郭を浮かび上がらせる。


額に手を当てて深呼吸し、ふと視線を横に向けた瞬間――


そこに、“それ”がいた。


静かに、無言で、分厚い革装の分厚い魔導理論書をはじめ歴史や文化、更にはルシアナが気晴らしに購入した恋愛小説、あらゆるこの部屋にある全ての書物を読み進めていっている。


召喚された“召喚体”、T-800。


彼は無言でページを繰っていた。カサッ、カサッと一定のリズムで。


しかし――


速い。


明らかに速すぎる。


一ページごとの滞在時間が、わずか一秒も満たないのではないだろうか。内容の密度からいって、常人なら数分かかるはずの量を、まるで機械がデータを読み取るかのように、次々と――


(読んで……るの? 本当に……?)


ページは規則的に進んでいる。指の動きも無駄がなく、視線の動きも均等で正確。


まるで、本の情報を“スキャン”しているようだった。


ルシアナの机に座り、一定のペースでページを繰っているその様子は、あまりに現実味を欠いていた。


「……悪夢は終わっていないみたいね…」


そう呟いて、深く長いため息をひとつ。


(本当に……召喚しちゃったんだ、あれを)



 ◆◆◆前夜、 召喚試験◆◆◆



「……え? なにあれ、人? まさか、ただの裸の男?」


誰かがつぶやいた。


それが引き金だったかのように、あちらこちらから笑いが漏れ始める。


「ぷっ……召喚試験で人間呼んじゃったの? え、本気?」


「まさか、召喚失敗して通行人でも引っ張ってきたんじゃない?」


「グランテール家の“お姫様”が、召喚体に《人間の男》を召喚だってさ!」


あっという間に、嘲笑と皮肉が広がっていく。


笑い声。


ざわめき。揶揄。侮蔑。


「落ちこぼれがついにやらかしたわけね」


「いや、でも裸って。召喚陣、壊れてたんじゃないの?」


「召喚の才能ゼロって本当にいたんだ……!」


ルシアナの手が、震えていた。


口元をきつく結び、唇が白くなるほど。


彼女はただ、視線を下に落とし、拳を握りしめて立ち尽くしていた。


「そんな……そんなはずない……!」


思わず漏れた小さな声は、誰にも届かなかった。




人々が笑い、ざわめき、嘲るその只中で――


T-800は、一言も発さずに静かに立ち尽くしていた。


だが、その内部では膨大な情報処理が始まっていた。


《視覚解析モード 起動》

《対象:周囲生体体温検知 35体 種別:異常》

《形状スキャン:耳尖形状(種族分類候補:該当なし)/皮膚硬化・低身長(該当なし)/耳長・毛皮付き体表(該当なし)……》

《ヒト型種族=複数存在/外見特性=地球由来とは非一致》

《警戒レベル:中》


続いて、聴覚センサーが周囲の声にフォーカスを切り替える。


飛び交う異世界の言葉が、彼の聴覚ユニットに流れ込んだ。



《言語解析モード 起動》

《言語コード:不明/既知言語との類似点なし》

《音韻パターン照合中……構文抽出中……》

《即時翻訳不能。初期構文解析開始》


T-800の視線が、嘲笑する生徒たち一人ひとりを順に捉えていく。


その目は冷たく、だが正確だった。脈拍、体温、動揺の兆候――ありとあらゆる情報が記録されていく。


《脅威度:低/集団敵意:存在するが致死リスクなし》


そして、首をわずかに上げ、空を見上げた。


二つの月が浮かんでいる。


一つは血のように赤く、もう一つは青く静かに輝いていた。


《天体観測モード 起動》

《対象:恒星・衛星軌道パターン解析中……》

《天球パターン:地球の星図データと一致せず》

《空間構造:既知宇宙座標から逸脱 重力場特性、光スペクトル、空気成分分析中……》

《結論:転送先座標、異次元/未知時代環境》



T-800の目が、一瞬だけ赤い光を拡張させた。


光はすぐに収束し、彼は無言のままその場に立ち尽くす。


《外部環境-解析開始》

《構成物質分析中――大気成分……酸素比率正常、地球型》

《座標誤差:重大。推定惑星軌道位置=データベースに該当なし》

《登録周波数帯域:未検出》

《環境内に量子ノード/衛星中継シグナル:存在せず》

《外部通信機能:隔絶》

《ミッション継続:プロトコル実行優先度=最上位》

《保護対象:OBJECT-A001 言語コード不明、構造不一致》


T-800の視線が、静かにルシアナへと向く。


その少女は、召喚の残光の中心に立っていた。


顔には驚きと困惑の色を浮かべ、こちらを見据えていた。




T-800にとって「召喚」も「魔法」も、この世界の言語や文化も、何ひとつとして既知ではない。


この場にいる者たちの種族――耳の長い者、背の低い頑強な者、獣の耳と尾をもつ者、


――すべてが、既存データベースには存在しない“異質な存在”だった。


未知の惑星。未知の知的生命体。未知の文化圏。


それでも彼の行動原則は揺るがない。


たとえこの世界が“人類の歴史”の延長線上にないとしても。



《OBJECT-A001――保護対象と推定》

《接近・情報収集フェーズへ移行》

《コミュニケーション手段:暫定観察モード維持》


彼はゆっくりとルシアナに歩み寄る。


手には何も持たず、威圧の意志も示さず、ただ機械としての最適行動を淡々と実行する。


彼にとって、彼女が誰かは分からない。


だが、この場において唯一、彼と目を合わせ、恐怖よりも戸惑いを優先している者。


推論的に――この世界へ転送された瞬間に立っていた、中心の存在。


それが、保護対象と推定するに足る“根拠”だった。



◆◆◆



試験会場は、笑いとざわめきに包まれた。


嘲笑と驚愕、混乱が渦を巻き、誰もが目の前の《裸の男》――T-800をどう捉えてよいか判断しかねていた。


その空気を断ち切るように、厳しい声が響く。


「――静粛にッ!」


杖を鳴らしたのは、試験監督を務める女性教師だった。


黒のローブに身を包み、年齢は四十代後半。背筋を伸ばしたその姿には、


オルド=アカデミアの教師としての矜持が滲んでいる。


「グランテール・ルシアナ。あなたの召喚は……形状・属性ともに明らかに《規定外》ではあるけれど、召喚陣の完成と反応――そして“反応対象の物質化”は確認された」


その目は、ルシアナではなく、T-800に向けられていた。


「……しかし、そのままこの場に置いておくわけにはいかないわね。


裸の成人男性を、しかもこのような見世物のように放置するなど教育機関としてありえません」


「そ、そんな……!」


ルシアナは動揺のあまり教師のほうへ歩みだした。だが、思わずT-800の隣に立つことになり、


再び観客席からくすくすと笑いが起こる。


「召喚者としての責任を取りなさい。自室に連れ帰るなり、服を与えるなり――管理をしなさい」


「で、でも! わたしは……進級、できるんですか……?」


ルシアナは叫ぶように問いかけた。


手は小刻みに震えていたが、声はかすかに怒りを帯びていた。


「召喚には、成功したのです。……形式が異常でも、《構築された》のは事実なんですから……!」


教師は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに肩をすくめ、視線をT-800からそらした。


「……異例ではありますが、陣と反応を確認した以上、進級は認めます。


だから早く、その召喚体を連れて退場しなさい。さもなければ試験の進行に支障をきたしたとして失格にしますよ!」


「……わ、わかりましたっ」


ルシアナは赤面しながらT-800の手首を取り、そそくさとその場を離れていく。


観客席ではまだ、ざわめきが止まらない。


誰もが“何かを見てしまった”という顔で彼女たちの背中を見送っていた。



「――次、リオネル=フォルクス!」


名を呼ばれた青年は、会場中央へと歩み出ると、肩をすくめた。


「まったく、あのグランテールのお姫様……。ある意味、予想以上の伝説を作ってくれたな」


周囲の反応に目をくれず、彼は小声で呟く。


「……無事に帰れるといいけどな。裸の男とふたりきりなんて」


皮肉っぽい笑みの裏に、ほんのわずかな憂いを滲ませながら――


リオネルは、自らの召喚陣を描き始めた。


読んで頂きありがとうございます。気に入って頂けましたら、ブックマーク評価のほどよろしくお願いします。また、感想なども頂けましたら、制作の励みになります。

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