第19話「遭遇」
洞窟の前に立ったルシアナたちは、持参したロープを近くの樹木に結びつけ、一人ずつ岩の斜面を降りていった。
昨日、T-800が先行して入り口付近を分析していたが、あのときは周辺を観察しただけ。いよいよ本格的に奥へ進む時が訪れた。
壁面には青白く光る結晶が点々と散りばめられていた。
「……やっぱり、魔晶石だな」
リオネルが目を凝らす。
カミーユは静かに目を閉じ、周囲の気配を探る。
「微弱だけど……獣のアニマを感じるわね。」
先へ進むごとに空気は冷え、洞窟は次第に狭まり、やがて行き止まりに突き当たった。
「ここまでか……?」リオネルが壁を叩く。
カミーユも壁に掌をあて、魔力を流すように探る。
「違う……ここ、奥に空洞がある」
二人の声が重なった瞬間、T-800の光学センサーは異常を感知した。
探索モード―――
《通信波を感知:T-600と一致》
《対象を検索:----》
《対象の位置捕捉:距離4m》
無機質な瞳が奥の闇を射抜く。ルシアナが先へ進もうとするのを、T-800の硬い腕が制した。
「……? どうしたの?」
「奥に――おれと同じマシーンがいる」
「え!?」ルシアナが目を凝らしたその時。
闇の中に、赤い二つの光点が浮かび上がった。
点はゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
「な、何だ……?」リオネルが松明を突き出す。
炎が揺れ、姿を照らし出したのは――
金属でできた人の形をした巨大で無骨な『骸骨』だった。全身は錆びと苔に覆われ、関節をきしませながら一歩ずつ進んでくる。
「スケルトン……? いえ、違うわ……!」カミーユが息を呑む。
「下がれ!」T-800が低く命じた。
だが『骸骨』はカミーユに向かって右腕を振りかぶる。鋭い打撃が迫る――
「カミーユ!」
咄嗟にリオネルが前へ飛び出し、その一撃を受けた。二人まとめて壁へ叩きつけられる。
「カミーユ!リオネル!」
ルシアナが叫ぶが、それよりも早く、『骸骨』は倒れた二人に追い打ちをかけようとした。
瞬間。
巨大な影が背後から迫り、グラディウスが閃く。
T-800の腕が『骸骨』の首元へ突き立ち、ねじり切るようにして一気に引き裂いた。
金属の骨が悲鳴のような音を立て、頭部と胴体が分断されて地面に崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
ルシアナは蒼白な顔で仲間へ駆け寄り、残った赤い残光を凝視する。
「これはいったいなんなのよ……! あなたより一回りも大きいじゃない!」
「T-600…サイバーダイン・システムズ600型、モデル101」
骸骨の残骸を前に、T-800が低く告げた。
「ティー……ろくひゃく?」ルシアナが聞き返す。
「初期の人間を模した戦闘用機械。チタン合金製の金属骨格をゴム製のカバーで覆っている。
旧式だが人間にとっては脅威になる。スカイネットの拠点施設を守備するために多数が配備されていた。」
無機質な声が、あまりにも現実離れした言葉を淡々と並べていく。
背後でリオネルが呻き声をあげた。
「ぐっ……!」
カミーユがすぐさま駆け寄り、その肩を支える。
「リオネル、守ってくれてありがとう……! いま回復魔法をかけてあげる!」
温かな光がリオネルの腕を包み込み、砕けた痛みを少しずつ和らげていく。
「二人とも大丈夫!?」
ルシアナも駆け寄り、心配そうに膝をつく。
カミーユは首を振る。
「私は平気。でも……リオネルは腕を強く打ったみたいで……」
「大丈夫だっての、ただの打撲だ」リオネルは強がったが、額には汗が滲んでいた。
その間にも、T-800は静かに動いていた。
崩れ落ちたT-600の胴体を引き寄せ、分厚い胸部装甲に両手をかける。
鋼鉄を軋ませながら、両腕に込めた力で胸部をこじ開けた。
中から薄く微弱な光を帯びた動力源が姿を現し、T-800の手にねじり取られる。
「……っ! 何をしてるの!?」
ルシアナが思わず声を上げる。
T-800は手に握った塊を見せた。
「動力源の回収だ。これを残しておけば、自己修復機能により再稼働する危険がある」
光はすでに弱々しく、今にも消えかけていた。
「出力は底を尽きていた。だがもしフルパワーで稼働していたなら……リオネルの腕は骨折だけでは済まなかった。」
沈黙が広がる。仲間たちは改めて目の前の存在がただの“骸骨の怪物”ではなかったことを理解した。
気を取り直し、一行はさらに奥へと進む。
そこに広がっていたのは、光り輝く魔晶石の鉱脈。そして、そのすぐ傍には黒く硬質な金属――コルタンの鉱脈が混じり合うように存在していた。
「……これは……」ルシアナが息を呑む。
「やはりそうか」T-800が呟く。
「T-600はこのコルタンを守るために配置されていたようだ。」
「え?…でも何のために? なんであなたと同じ機械が存在して、鉱脈を守っていたの?」
T-800は、沈黙を破るように言い切った。
「……破壊したT-600を回収し、解析する必要がある」
◆◆◆
洞窟の外へ、T-800はT-600の残骸を引き上げ、仲間たちは岩に引っかからないよう補助をするが、
全身がチタンで構成された巨体は少し支えるだけでも信じられないほど重く、岩肌に擦れるたび鈍い音を響かせる。
リオネルは肩で息をしながら、隣を歩くT-800を横目で見やった。
「……ったく、こいつ、お前よりひと回り以上でかいじゃないか。よくまあ、こんな化け物をあっさり倒せるもんだな」
「T-600は旧式だ。関節部の強度が不十分だ。正しい部位を狙えば容易に無力化できる」
淡々と返すその声には、誇張も自慢もない。ただ冷たい事実だけがあった。
ようやく洞窟の外に引き上げたとき、リオネルは地面に腰を落とした。
「……はぁ。で、どうするんだよ、こんなデカ物。持ち帰れるわけないだろ」
「問題ない」
そう言うとT-800は無造作にポールアックスを構え、T-600の肩関節に刃を叩き込んだ。
刃が関節に叩き込まれるたび、甲高い金属音が森に反響した。ルシアナは思わず耳を塞ぐ。
金属の悲鳴のような音とともに、腕がもぎ取られる。
「ちょ、ちょっと! なにしてるの!?」ルシアナが叫ぶ。
「関節部の強度が弱点。分解すれば運搬可能だ」
返事を待つこともなく、T-800は次々と四肢を切断していく。
「だって……あなたの仲間だったかもしれないのに……」ルシアナは小さく呟いた。
しかしT-800は彼女の感傷を理解することなく、無表情に作業を続けていた。
その傍らで、カミーユが小さく首を傾げる。
「鉱脈は魔晶石と一緒に埋まっていたコルタンって金属以外は、特に問題なさそうだったわね。
村にワイルドウルフが頻繁に現れるようになった原因は……ここじゃなかったってことかしら?」
「いや。原因は排除された。今後、ワイルドウルフの活動は収束する」
T-800の断言に、仲間たちは一瞬顔を見合わせた。
「……なんでそう言えるんだ?」リオネルが眉をひそめる。
T-800は切断したT-600の腕を拾い上げ、動きを止めると、淡々と答えた。
「犬はマシーンを感知し、忌避し、警戒する。おれのいた世界で抵抗軍は基地に犬を配備し、
マシーンの襲来に備えていた。
周辺でワイルドウルフが増加したのは、このT-600の存在が要因だった可能性が高い」
村の脅威は倒した。だが、その存在理由はいまだ闇の中にある――。
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次回は8月31日18:00 投稿予定です。
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