第17話「襲撃」
黄昏が森を覆い、村の屋根が視界に現れたその瞬間。
「きゃあああっ!」
「逃げろ、魔獣だ――!」
子どもを抱え必死に走る母親、荷車を投げ出し逃げ惑う男たち。悲鳴と怒号が入り乱れ、村全体が混乱の渦に呑み込まれる。
その時だった、大気を裂く轟音が上空から響き渡る。
見上げれば、悠然と翼を広げる影――カミーユの召喚体《水竜ヴォル・ナーガ》。
「水竜……! 召喚士様が来てくださったのか!」
村人の誰かが叫んだ直後、竜の口腔から奔流が解き放たれる。
轟音とともに大地を薙ぎ払う水の奔流が森を直撃し、迫り来る魔獣の群れを押しとどめた。
土煙と飛沫が混じり合い、戦場は一瞬で泥濘と化す。
しかし――森の影から現れたのは、二十頭近くにものぼるワイルドウルフだった。
体高は一メートルから一・二メートル。体長は二メートル近く、体重は三百キロに迫る個体もいる。剣歯こそないが、サーベルタイガーを思わせる巨体と筋肉質の体躯が獰猛さを物語る。
蒼い瞳を爛々と輝かせ、牙を剥きながら、群れは地を揺らすように突進してきた。
「門を守れ――! 矢を放て!」
東側の正門。二重扉で守られたその出入り口に、村人たちが集まり必死の防戦を繰り広げていた。両脇の櫓から弓矢を射かけるが、戦える者は限られており矢の数も心許ない。門はすでに大きく軋み、突破されるのは時間の問題に思えた。
水竜の咆哮、狼の咆哮、そして村人の悲鳴。
まさに地獄の戦場と化そうとしていた。
―――西側の裏門
そこではカミーユが両手を広げ、炎と石礫、さらに風を巻き起こす魔法で必死に応戦していた。
彼女の傍らでは《水竜ヴォル・ナーガ》が咆哮し、喉奥から解き放たれる奔流が次々と群れを薙ぎ払っていく。
だが――。
「まだ倒し切れていない……!」
カミーユは汗に濡れた額を拭う暇もなく、必死に魔力を練り上げる。
確かに炎は群れを散らし、石礫は骨を打ち砕き、風は体勢を崩す。水竜のブレスは数頭を弾き飛ばすほどの威力を見せつけていた。
しかし、それでも。
その巨体は獣というより岩塊のように重く、分厚い皮膚と鎧のように盛り上がっていた筋肉は、カミーユの魔法の炎や石礫は致命傷とはしなかった。
「くっ……! どれだけ押し返しても、数が多すぎる……!」
カミーユは歯噛みし、再び詠唱に声を乗せる。
水竜が吠え、再度奔流を吐き出す。しかし泥濘に転げ落ちたワイルドウルフはすぐさま立ち上がり、血の色に濡れた眼を光らせて裏門を睨みつける。
「……誰か、急いで援護に来て!」
必死の叫びが、轟音と咆哮の交錯する戦場に掻き消されていった。
◆◆◆
「カミーユを――助けに行こう!」
ルシアナが息を詰めるように叫ぶと、隣のリオネルも力強く頷いた。
「ありゃ長くはもたないぞ! 行くしかない!」
その声に重なるように、村の狩人エドランが泥に膝をつきながら懇願した。
「頼む……! あの門が抜かれたら、村は終わりだ。どうか力を貸してくれ!」
だが、T-800は既に戦況を分析し冷徹な判断を下していた。
《危険度判定:西門方面の脅威度は危険水準》
《ルシアナへ被害が及ぶ確率:八十二パーセント。推奨行動――撤退》
裏門へと向かい走りだそうとするルシアナの腕をT-800がつかみ、その動きを止める。
「危険が大きすぎる。この状況ではルシアナ、お前に被害が及ぶ可能性が高い」
「……っ!」
「じゃぁカミーユも村の人たちも見捨てろ。ってことかよ!」リオネルが怒りの剣幕でT-800へ怒鳴る。
「そう。おれの最優先事項は『ルシアナの保護』だ。」
「ちょっと!私もリオネルと同じ意見よ!見捨てるなんて出来ない!!」
ルシアナは鋭い瞳でT-800を見上げる。
「見捨てるなんて許さない! あなたは私の召喚体――だったら、私の命令を聞いて!一緒にカミーユも村も助けるの!」
彼女の叫びに、無機質な光を宿す赤い視覚センサーが一度だけ点滅する。
T-800は機械的に村の方へ視線をやると
《状況再分析》
《東門――住民の数、門の二重構造により持久可能:脅威度低》
《西門――召喚士カミーユと召喚体『水竜』による抵抗のみ
追加の脅威――東門から群れの一部が西門へ集結中:脅威度高》
「東門よりも西門の方が危険だ。ワイルドウルフの一部が東門の突破を断念し、西門へ集結してきている。」
「おれが先頭になり道を切り開く。中央にルシアナ。左右をリオネルとエドランが射撃支援し挟撃されないようにしてくれ」
「決まりだな!」リオネルがリピータークロスボウを構え、エドランが弓に矢を番え頷く。
――ズバァッ!
一閃
迫り来るワイルドウルフの巨躯が首から胴を断たれ、泥に崩れ落ちる。
続く二匹目は足を払われ、喉笛を一撃で粉砕された。
T-800は確実に急所を狙い、一匹ずつ薙ぎ払っていく。
背後でルシアナが必死にそのあとを追いかける。
リオネルの矢が狼の目を撃ち抜き、エドランの矢が脚を縫い止める。
二人の矢が横から迫ろうとするワイルドウルフをけん制する。
小さな隊列は泥濘を突き進み、裏門へと向かっていった。
ルシアナは泥に足を取られながらも、ただ祈るように走った。――どうか間に合って、と。
◆◆◆
カミーユは息を荒げながら詠唱を続けていた。
だが――。
「……っ、まだ来るの!?」
閉ざされた裏門の前に、ワイルドウルフが折り重なるように集結していた。
巨体が折り重なり、その背を踏み台にした二匹が、門を越えてカミーユへ飛びかかる。
「きゃ――!」
迫り来る牙。
間に合わない――そう思った瞬間。
――ズガァッ!
巨体が横へ弾き飛ばされた。
何事かと振り返ったワイルドウルフの蒼い瞳に、人間族にしては大き過ぎる影が映り込む。
ポールアックスが振り下ろされる。
「ガゥッ……!」
轟音とともに狼の頭蓋が粉砕され、巨体は泥濘に崩れ落ちた。
その光景を、村人たちは遠巻きに目撃した。
「な、なんだ……あれは……!」
「ひ、ひと振りで……!」
「一瞬でワイルドウルフを2匹もやっちまいやがった…!!」
驚愕の声があがる。
カミーユはふらつきながらも、その姿を見ると安堵に顔がほころぶ。
――そして、その背後に続くルシアナと仲間たち。
「……来てくれたのね……!」
胸の底から安堵の吐息が漏れた。
T-800は振り返らずに、淡々と告げる。
「西門の脅威は排除完了した。 次は東の正門へ脅威を排除しに行く。」
「待って! まだかなりの数がいるんでしょ!? 一人でなんて……!」
ルシアナが思わず叫ぶ。
T-800の視覚センサーが一瞬だけ彼女をとらえる。
「問題ない。」
「救援の為、西門を破壊せざるを得なかった。お前たちはここを固く塞ぎ、突破を阻止するんだ。」
「……っ」
ルシアナは唇を噛み、しかし頷いた。
T-800は一切の迷いなく踵を返し、東門へと向かう。
◆◆◆
東の正門――。
二重扉は外側が崩壊し、村人たちは第二の門の内側で必死に陣を張っていた。
矢はとうに尽きかけ、櫓の上の射手たちは汗と泥にまみれながら必死に弓を引き絞る。
だが、迫り来るワイルドウルフの群れは止まらない。
「もう、矢が……!」
「門がもたんぞ!」
巨体が突進するたびに、分厚い扉が悲鳴のように軋んだ。
その度に村人たちは背を押し当て必死に支えるが、恐怖に膝が震えていた。
狼たちの咆哮、牙を打ち鳴らす音。
それは人々の心を削る絶望の合唱だった。
「だ、駄目だ……あんな数、もう止められねえ……!」
誰かの口から漏れた弱音が、戦列を揺らす。
村人たちの顔から血の気が引いていく――。
――その時。
「だれか来たぞ……?」
正門を叩いていたワイルドウルフの一頭が、横合いから弾き飛ばされる。
巨体は宙を舞い、地面に叩きつけられ、骨の砕ける音が響いた。
「な、なんだ!?」
「今、何が――」
黄昏の光に照らされたそれは
長大なポールアックスが、血に濡れながら鈍く輝いた。
「……おお!あれはルシアナ様の召喚体だ!!」
村長が呟く。
狼たちが一斉に牙を剥いた。
次の瞬間――。
――ズバァッ。
油圧駆動の腕が低く唸り、刃が正確に軌道を描く。振るわれた一撃が、正門を突き破ろうとしていた二匹をまとめて両断した。
T-800は一歩、また一歩と前進する。
そのたびにポールアックスが唸り、ワイルドウルフの巨体が宙を舞い、骨が砕け、血が泥を濡らした。
血飛沫が散り、村人たちは呆然と立ち尽くす。
「すげぇ!!」
「まるで竜巻みてぇだ!!」
村人たちの絶望は、驚愕へ、そして希望へと変わっていった。
血と泥にまみれた戦場の中央、T-800はなおも歩みを止めない。
冷冷徹な戦闘機械の一振りごとに、群れは確実に数を減らし――
村人たちはただ、その光景に呆然と目を見開くしかなかった。
最後の三匹同時に飛びかかる。
だが、T-800は退かない。
片腕で一匹を弾き飛ばし、体を捻りざまに刃で二匹目を胴から両断。
最後の一匹は膝を砕き、喉笛を容赦なく踏み潰した。
一撃一撃が確実で、無駄がない。
殺戮は機械的でありながら、それはむしろ「恐怖」を超えた「畏怖」を村人の心に刻み込む。
「なんて奴だ!一人であれだけいたワイルドウルフをやっちまいやがった!!」
「いや村長が召喚体って言っていたぞ!どこぞの名のある召喚士様が助けてくれたんだよ!!」
ワイルドウルフの恐怖と絶望で固まっていた村人たちの胸に、希望と安堵の光が灯った。
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次回の投稿は8月25日18:00を予定しております。
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