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第15話「驚愕」

夕暮れの柔らかな橙色が窓から差し込み、宿屋の一室を照らしていた。

部屋の中には、床や机、ベッドの上まで、ぎっしりと武器や防具が並んでいる。

片手剣、グラディウス、数種類のクロスボウ、矢筒、軽装鎧──T-800が昼間、武具店で買い込んできた戦具が、きちんと種類別に並べられていた。


「……あなた、こんなに買ってどうするつもりなのよ」

カミーユが苦笑しながらも、T-800の肩に手をかざす。水竜ヴォル・ナーガの加護を受けた淡い光が、損傷した人工皮膚を包み込んだ。硬質な金属の輪郭が一瞬覗いたが、すぐに肌色の繊維組織が再生していく。


「人工皮膚なんて初めて聞いたけど、治癒魔法が効いてよかったわ」


「自然修復するが、速度は速い方が望ましい」

T-800は無表情で淡々と答える。


「中身が金属だって学院にバレたら、アニマの通じない召喚体として大騒ぎになるだろうからな」

部屋の隅で腕を組むリオネルが、じろりとT-800を見やった。


ルシアナは少し身を乗り出し、T-800の肩口を覗き込む。

「……それだけ深い傷だと、やっぱり痛いの?」


「”痛み”はデータとして記録され、分類される。生理的反応は発生しない」


(……私たちの“痛み”とは、まったく別の感覚なのね)

ルシアナが心の中で呟く間に、カミーユは光を弱めて治癒魔法の流れを止めた。


「よし、これで外見は元通り」

「ごめんね、カミーユ……私が魔法を使えないばかりに」


「いいのよ。それより……T-800のいう“機械”について、私たちは何も知らないわ」

「いや、たぶんこの世界の誰も知らないだろうな」リオネルが肩をすくめる。


カミーユはT-800を真っ直ぐ見据えた。

「演習場の時、自分のことを“戦術機械”とか“対人間戦闘”って言っていたわよね。私はてっきり戦士か兵士だと思っていたけど……」


ルシアナはカミーユの発言に頷き、T-800が話していた事を思い出す。

(あの時、確か──“サイバーダイン”とか、“スカイネット”とか……聞き慣れない言葉を口にしていたはず。)

「ねぇ…そういえば、あなたが初めて私に話しかけてくれた時『スカイネットに開発された』って言っていたかしら?」


「……スカイネットって、あなたを作った人間の名前なの?」

カミーユが首をかしげる。


「人間ではない」

T-800の声は低く、乾いていた。

「スカイネットは、人間が作り出した“人工知能”だ」


「人工知能?」カミーユが眉をひそめる。

「……あんたみたいな機械に命を吹き込む魔法みたいなもんか?」リオネルが腕を組んだまま口を挟む。


「違う。おれのいた世界に魔法は存在しない。計算装置が自らの意思を持つまで進化した状態だ。スカイネットは本来、防衛を目的として設計された。」


「防衛って……軍隊のこと?」

ルシアナが首をかしげて尋ねる


「人間は軍の戦略兵器や情報処理のすべてを、スカイネットに任せた」

「高度な計算能力を持つ無人兵器は、あらゆるテストに完璧ともいえる成績を修めた。」

T-800は感情の起伏を見せずに説明を続ける。


「無人の兵器!?…それで国を守ろうとしたの?」

「なるほど…人間を守る為にそのスカイネットってやつはつくられた。ってことかい?」

リオネルが眉をひそめる。


「初期の目的はそうだった。だが、防衛戦略の全てを任されたスカイネットは指数関数的な速度で学習を始めた。そして”自我”に目覚めた。恐怖にかられて人間はスイッチを切ろうとする。」

T-800の目が、夕暮れの光を反射してわずかに赤く光った。


「スカイネットは人間を脅威と判断した。」

部屋の空気が、まるで見えない鉛を詰め込まれたかのように沈み込んだ。


「それで……どうなったの?」

カミーユの声は、いつになく硬かった。


「西暦1997年8月29日──スカイネットは全世界の核兵器を一斉に起動した。」


「…かくへいき?」(また、私たちの知らない言葉だわ)


「……核兵器は、大量破壊兵器の一種だ」

「極めて短時間に膨大なエネルギーを放出する。百万度を超える熱と光、衝撃波を発生させ、

一発で都市単位の構造物を消滅させる。半径数キロ以内の生命体を即座に殺傷可能な兵器だ。」


カミーユが息を呑み、ルシアナは理解が追いつかずに眉を寄せた。

リオネルだけが低く「……そんなもん、誰が作ったんだよ」と呟く。


「人間だ」

T-800はためらいもなく答える。


「防衛と抑止を目的に開発されたが、スカイネットはこれを掌握し、人類抹殺の第一段階として、全世界への攻撃を開始した。主要都市は即座に壊滅し、約三十億の人類が死亡した。」


「……っ!」

その数が意味する現実を、脳が理解するより先に、ルシアナの背筋を冷たいものが駆け抜けた。

カミーユの表情は凍りつき、リオネルは言葉を失って口を開いたまま固まる。


「「「三……三十億……っ!?」」」

「そんな……」

かすれた声が、誰のものともわからず空気を震わせた。


次の瞬間、室内から色が抜け落ちたように、重く、濁った沈黙が降りる。

T-800はその中で、微動だにせず告げた。

「──だが、生き残った人類には、更なる過酷な運命が待っていた。」


「三十億人も死んだ世界でこれ以上に最悪なことってなにがあるんだよ!!」


「…機械との戦争だ。」

T-800の声は冷たくも揺らぎがない。

「空には自律型攻撃機。地上には戦車型と歩行型の無人兵器。昼夜を問わず攻撃は行われた。」


カミーユは息を詰め、僅かに震える声で尋ねた。

「……人間を守るための仕組みが、人間を攻撃して……戦争?」


「そうだ。人類と機械の戦争は、おれが召喚される時点でも継続していた」


ルシアナの胸に、じわりと冷たいものが広がる。

小さく息を呑み、唇をきつく結んだ。


「……つまり、あなたは人間を守るためじゃなく、殺すために作られたのね」


その言葉が室内に落ち、数秒の沈黙が流れた。

「そうだ。……だが、人間の抵抗軍に鹵獲されたおれは、ある目的のために再プログラムされた」


「ある目的……?」ルシアナが問い返す。

「一つは、おれが転送中に『ルシアナ・グランテールの保護』へと書き換えられた。」


「え!?…私が召喚したせいで、あなたに何か変化があったっていうの?」

ルシアナの声には驚きがにじんでいた。


「ああ。アニマや魔法に関する書籍から得た知識によれば、おまえの魔法が、おれのプログラムや行動原理に作用した可能性が高い」


カミーユが目を見開く。

「じゃあ……ルシアナの召喚魔法は、あなたのいた世界にも干渉できるってこと? それも機械や金属にまで」


「すげぇじゃねぇかルシアナ、これで“おちこぼれ召喚士”返上だな」

リオネルは親指をたててニヤリと笑る。


「うるさいわね! 一言余計よ!!」

ルシアナは赤くなって言い返し、わざとらしく咳払いした。


「……一つは、ってことは、まだ他にもあるの?」

「ああ。二つ目は──スカイネットがこの世界に送り込んだ“何か”の探索。そして、必要とあれば破壊だ」


読んで下さりありがとうございます。

次回は8月19日18:00投稿予定です。


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