第13話「確信」
私はエリナ=コルヴィス。この学院で長らく召喚魔法の研究と指導に身を捧げてきた者だ。
あの夜の光景は、半世紀以上の教員生活の中でも、決して忘れられぬものになった。
試験会場を見下ろす本校のテラスから、それは始まった。
召喚試験の会場に走った、空気を裂くような衝撃音。
歪む空間。眩い光を放つ、見たこともない幾何学的な召喚陣——そして、その中心から現れたのは、異様な“人型”の召喚体だった。
私は息を呑んだ。
——アニマの揺らぎが、ない。それが最初に覚えた違和感だった。
通常、召喚体というものは姿かたちや力量の大小を問わず、周囲のアニマをわずかに乱す。
火を操る獣なら熱の奔流が、土を纏うゴーレムなら岩の粒子が、視えずとも感じられる。
だが、あの裸の異形なる召喚体からは——まるで空虚の中に立っているかのように、何ひとつ伝わってこなかった。
さらに中庭での一件を耳にしたとき、私の疑いは確信に変わった。
石柱を易々と破壊する力を示しながら、やはりアニマは一切感じ取れなかったと。
あの娘——ルシアナ・グランテール。
学科成績は並以下、アニマ干渉の才能はほぼ皆無。学院では「おちこぼれ」として名が知られている。
にもかかわらず、あの規格外の召喚体を従えている。
その存在は、この世界の理から外れているとしか思えなかった。
私は長い教師生活の中で、多くの召喚士と召喚体を見てきた。
だが——これは初めてだ。
この現象の正体を突き止めねばならない。
好奇心ではない。警戒心だった。
机の引き出しから、古びた調査記録簿を取り出す。
大召喚事件の記録を保存してきた、私だけの私物だ。
ページを繰りながら、胸の奥で小さく呟く。
「三百年前と……似ている?」
学院の資料を精査しても、確証は得られない。
魔法発動もアニマ干渉もない点は一致しているが、召喚体の規模も外見も全く異なる。
三百年前のこととなれば、今や人間、ドワーフ、獣人には語り部は残っていない。
けれど、長命のエルフなら——ひょっとすれば直接の目撃者がまだ生きているかもしれない。
アルフォンスなら、そうした人物に心当たりがあるのではないか——そんな思いが脳裏をよぎる。
まもなく行われる契約安定化試験が終われば、学院は二ヶ月の長期休暇に入る。
表向きは休養期間だが、生徒には課題が、教師には研究が待っている。
——この機会に、エルフの国へ足を運ぶしかない。
そう決めたとき、胸の奥で長年の勘が静かに告げた。
これは、ただの研究では終わらないかもしれない、と。
いつもより短いですが、読んで頂きありがとうございます。
仕事との兼ね合いで2日に1話のペースになってしまっていますが、完結まで頑張ります。
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