第10話「模擬」
学院西側の演習場は 大小さまざまな訓練エリアが区画ごとに整備され、生徒たちはそれぞれの召喚体と共に、来たる契約安定化試験に向けて動きを磨いていた。風に混じって、魔力干渉の微かなざわめきと、時折走る召喚体の咆哮が耳に届く。
「こっちだ。空いてる区画がある」
リオネルの案内で、ルシアナたちは広めの砂地エリアに到着した。他の生徒と一定の距離が取れる場所だ。
T-800は何も言わず、周囲を機械的な視線で一周見渡すと、静かに歩いてエリアの中央に立った。
「さて……何から始めたらいいかしら」
カミーユが腕を組んで少し考え込む。彼女の視線はT-800へと注がれていたが、
「……私も、正直まだ彼のこと、よく分かってないの」
ルシアナはそう言って小さく息をついた。そしてふと思い出したように、T-800に目を向ける。
「昨日……あなたが言っていたわね。『対人間戦用の自律型戦術侵入ユニット』って。あれって、具体的にはどういう意味なの?」
ルシアナの問いにT-800の無機質な声が空気を震わせた。
「──対人間戦闘を想定し、都市・軍事施設・閉鎖空間などへの侵入および制圧任務を遂行するために設計された戦術機械。それがT-800型ユニットだ」
「戦術機械……!?」
カミーユが眉をひそめる。
「つまり……あなたは、召喚される前の世界では兵士だった、てこと?」
ルシアナの問いに、T-800は言った。
「正確には、戦術ユニットとして構成され、任務ごとに目標指定される。 この世界における近似存在としては、“ゴーレム”が最も類似している。」
「え!?、あなたがゴーレム……?」
カミーユが驚いたように言葉を繰り返す。
リオネルも目を細めた。
「おいおい、さすがにそれはねぇだろ。たしかにあんたデカいし、頑丈そうだけど、ゴーレムってのはもっと、こう……樹や土、岩の塊みたいな姿してるもんだろ」
「外見上の類似性は低いが、だが構造・機能面では共通点がある。俺は特殊なチタン合金製の金属の骨格で出来ている。お前たちが俺を”人間”と認識しているのは、工業的に培養した生きた細胞でそれらを覆っているからだ。」
「なんだそりゃ!?そんなゴーレム聞いたことがないし、大体そんなものグレタ先輩でも、高名なドワーフでも作れないぞ?」
「ええ!?…あなたって”金属”で出来ている?…だから、アニマを感知することが出来ないんだわ…」
「そうね、私もまだ信じられないけど、もし彼の言うことが本当だとしたら、ルシアナも私たちも”彼”からアニマを感じる事が出来ないのに納得だ」
「くっそー、こんなことならグレタ先輩にも来てもらえばよかったなぁ…先輩は生産系の魔法が得意だし、ゴーレムの召喚体にも詳しいしな…」
「まあ、とにかく――聞いてだけだと実感が湧かねぇしな。実際に見せてもらったほうが早いんじゃねぇか?」
リオネルが腕を回しながら砂を踏みしめる音を立てた。彼の視線は、既に砂地の中央に立つT-800へと向いていた。
「……たしかに」
カミーユも頷く。「戦術ユニットとか、金属の骨格とか言われても、この世界の尺度じゃ掴みにくいわ」
ルシアナは一歩前に出て、T-800を見つめる。風が髪を揺らす。
「T-800。あなたの……その『力』、見せてもらえる?」
T-800は即座に反応した。音もなく歩を進め、砂地の中心で再び立ち止まる。
視線だけをルシアナへ向け、無機質な声で応じる。
「構わない。何をすればいい?」
「そうだな、ここは試験の2段階目、実技演習を想定してやってみようぜ。訓練用のゴーレムを借りてくるからちょっと待ってな」
「そうね、リオネルお願いするわ。ルシアナ、私たちは巻き込まれないように少し下がっておきましょう……!」
◆◆◆
リオネルが訓練用ゴーレムを探しに姿を消してから、そう時間はかからなかった。
「おーい、こっちだ!」
砂煙を巻き上げながらリオネルが戻ってくる。彼の隣には、見覚えのある小柄な姿――ドワーフ族の上級生、グレタの姿があった。
「ちょうど倉庫の近くでばったり会ってな。あんたらが何やら変わった演習やってるって聞いて、私も来てやったよ」
グレタは肩に担いでいた木箱をどんと地面に下ろすと、腰に手を当ててふんっと息を吐いた。
その背後には、彼女が連れてきた8体の訓練用の土属性ゴーレムが整列していた。基本的な魔法人形ではあるが、全体に施された強化外装が目を引く。
「こいつら、ただの訓練用ゴーレムだけど……正直、アンタの“拳”を受けるには不安が残る。だからな、こっちでちょいと“補強”しておいたよ。見ろ、うちの研究班が試作してた防御外装をつけてきた。対魔獣用の衝撃拡散板だ。こいつらを壊されたくないからねぇ!」
グレタはそう言って、ゴーレムの腕や胴体を叩いて見せた。金属と革を複合した装甲が、鈍い音を立てて響いた。
「ありがとうございます、グレタ先輩」
ルシアナが深く頭を下げると、グレタは「ま、気にすんな」と軽く手を振った。
「ついでに、カミーユ。お前、あの子らに防御魔法かけられるだろ? 一応、強化外装だけじゃ不安なんでな。魔法障壁くらい張ってもらえると安心できる」
「わかりました。私の得意な水属性の防壁魔装をかけますね」
「上等さ。おかげで遠慮なく殴ってもらえるな」
グレタはニヤリと笑った。
カミーユが手を掲げて詠唱を始めると、淡い青白い光がゴーレムたちを包み込み、水魔法の障壁が展開されていく。8体すべてに防御が行き届くと、準備は万全だった。
「……T-800。あなたの能力をみせて。このゴーレム達を倒して見せて」
ルシアナの問いに、T-800はわずかに顔を動かし、静かに応じた。
「了解」
金属の足が砂地を踏みしめる音とともに、T-800は前へと進み出た。
その背後で、グレタがぽつりと呟いた。
「さて……、見せてもらおうかね」
グレタが肩をすくめ、ゴーレム達へ戦闘開始を告げると、8体のゴーレムたちが、一斉に動き出す。
土を巻き上げながら、まるで連携でも取っているかのように、T-800を包囲するように布陣を変えた。
T-800の視覚センサーが赤く拡大し、並び立つ8体のゴーレムを捉えると、即座に内部処理が始まる。
《攻撃目標:8体》
《動力源の推定:胴体中央部に配置》
《制御部の推定:頭部または胸部上部》
《優先攻撃目標:制御部または動力源の破壊》
T-800は一歩を踏み出しながら、内蔵の戦術アルゴリズムにより行動プランを生成していく。そして、
次の瞬間、T-800が地を蹴った。
音もなくゴーレムの一体に肉薄し、拳を振るう。その動きに前兆はなかった。砂地に足跡が浮かぶと同時に、拳が訓練用ゴーレムの胸を正面から打ち抜いた。
「っ……!?」
ごぅん、と重低音が響き、ゴーレムの身体が仰け反る。
ゴーレムの胴体を強化外装ごと、ぶち抜いたのだ。防御魔法が一層目で砕け、水の膜が霧散した。
「え!?一撃で……!?」
ルシアナも他の3人、だれもが思わず息を呑んだ。
T-800は止まらない。振り抜いた拳の勢いを殺さず、貫いたゴーレム振り回すようにして、体を半回転させ”ソレ”を次のターゲットへと叩きつける。
2体のゴーレムが攻撃を受けた。同じ質量を持つゴーレムを叩きつけられたことにより転倒し一時的に行動不能になる。
T-800は即座に後方へ振り返ると、振り上げた腕でゴーレムの肩口を打ち砕く。ゴーレムの右肩から左下腹部にかけて、水属性の障壁と鉱石の装甲版ごと引き裂いたのだ。
拳を振るいながらも、T-800の内部処理は次の標的と攻撃経路を同時に演算していた。
接近する2体のゴーレムの頭を、素手の拳で叩き潰したのだ。そして崩れ落ち行動不能になる様を確認すると、頭部を制御部位の推定から確定へと内部情報を更新していく。
《制御部:頭部。破壊時、即座に機能停止確認。推定→確定へ更新》
《残存目標数:5》
T-800の右足が砂を蹴った。
鋭い角度で体をひねり、背後から迫ってきたゴーレムの右脚膝関節部へ踵を叩き込む。
《関節破壊完了。行動制限率:86%》
膝を折ったゴーレムの体が崩れかけた瞬間、その頭部へ正確に肘を振り下ろす。
何かが軋むような衝撃音が響き、制御核ごと破壊されたゴーレムは完全に沈黙した。
その圧倒的なパワーとスピードを目の当たりにしたカミーユは、驚きの表情で立ちつくしているルシアナの方へ僅かに視線をうつすと…
(やはりルシアナから彼へのアニマの干渉を感じないわ…アニマを行使しないで召喚体だけの純粋な”力”で!?…こんなこと信じられない…)
《残存目標数:4》
左右から同時に迫ってきた2体。片方は両腕を振り上げて正面から叩きつけようとし、もう一体は低い姿勢で勢いよく突進してくる――
T-800の視覚センサーがそれを正確に捉える。
《攻撃予測パターン一致:衝撃荷重 → 胸部 → 耐久可能範囲内》
《対処ルート:防御姿勢維持 → カウンター実行》
回避しない。T-800は足を止め、正面から拳を振り下ろされた。
ズン、と重い衝撃が全身を貫いた。だが、反応はない。ボディは微動だにせず、合金フレームにわずかな歪みすら許さなかった。
同時に、体当たりしてきたもう一体が胸部に激突する。
ゴーレムの質量が金属の胸板にぶつかる音が鈍く響き、砂が舞い上がった。
T-800の動きは止まらない。振り上げられた腕をそのまま掴み、関節ごと逆方向にへし折る。
ボコッ、と関節がねじ切れる音が響き、ゴーレムがぐらついた瞬間――
肘を支点にしてそのまま引き寄せ、真横から頭部に拳を叩き込んだ。
頭部を大きく損傷したゴーレムは、その場で力を失い崩れ落ちる。
もう一体――体当たりを仕掛けた個体は、すでに至近距離にいた。T-800はわずかに軸足を回し、体ごと捻るようにして肘打ちを見舞う。肘が装甲を突き破り、胸部が粉砕された。
《確認:制御部破壊、行動停止》
視覚センサーに映る2体のゴーレムの機能停止を確認した。
《残存目標数:2》
T-800は無言で最初に転倒させた2つのターゲットに向けて歩き出した。
態勢を整え、戦闘に復帰しようとする前に、ゴーレムの頭部を無慈悲に踏みつぶす。
そして、8体全てのゴーレムの残骸をT-800の視覚センサーが確認すると
《攻撃目標:8体 全て機能停止》
T-800は息を切らすこともなく無表情のままその場に佇むのだった。
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次の投稿は8月9日18:00を予定しております。仕事の関係で変更があるかもしれませんが、ご了承ください。
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