第1話「召喚」
二つの月が空に浮かんでいた。
ひとつは血のように赤く、もうひとつは静謐な青を湛えている。夜の帳が世界を覆い、
魔法儀式のために設けられた石造りの広場を仄かに照らしていた。
ここはハルシニカ。
アニマと呼ばれる精霊的粒子が満ちる、人間族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族の四種族が生きる世界。
そしてその一角、魔法文明の粋を集めた中立機関――オルド=アカデミア。
魔法儀式場では、進級をかけた召喚試験が行われていた。
各々の学生が契約を結ぶべき異界の使い魔を呼び出すこの儀式は、アニマの干渉適性を測る重要な査定だ。
月明かりの下に立つ生徒たちは、すでに次々と召喚を成功させていた。
幻想的な魔法陣が発光し、白狼、雷鳥、小型ドラゴンなど、見事な魔獣たちが次々と姿を現すたび、周囲には拍手と歓声があふれた。
だが、ただ一人――その輪の中に加われぬ少女がいた。
ルシアナ・グランテール。
金色の髪を編み込んだ貴族の娘。優雅な身のこなし。
しかし彼女の名を聞けば、生徒たちは誰もが口をつぐんだ。
「落ちこぼれ召喚士」として。
その才能のなさは学院中の噂となっていた。どのアニマにもまともに干渉できず、召喚すら一度も成功させたことがない。
今日の試験こそが、彼女にとって進級を懸けた最後の試練だった。
「今年の生徒は優秀な者ばかりですね。……ただ一人を除いて、ですが」
試験官の老教師が皮肉まじりにそう言い、生徒たちが冷笑する中で、ルシアナは小さく拳を握った。
それでも、彼女の周囲には数人の友人たちがいた。励まし、支える者たちが。
「やれるって、ルシアナ。信じてる」
「……あなたは、あなただけの魔法を信じなさい」
静かにうなずき、ルシアナは中央の召喚円に歩み出た。
夜風が吹いた。
赤と青の月が、石畳を二色の影に染め上げる。
彼女が詠唱を始めると、召喚陣が不規則に震え、淡い光を放ち始めた。
だが、それはこれまでに誰も見たことのない“構造”だった。
空間に幾何学的な線が走り、円と三角、複雑な立体図形が重なりあって光を紡ぐ。
――まるで、この世界の論理から逸脱したような。
「ッ……いったい何なのこれは……!?」
女教師の一人が思わず声を漏らした。
次の瞬間、爆音とともに空間が捻じれた。
石畳が歪み、召喚陣の中心が深く抉り取られる。そこはまるで何か巨大な質量が一瞬で圧縮されたような真円のクレーターとなった。
青白い雷光が石畳を這い、閃光と共に炸裂する。
耳をつんざく轟音と同時に、召喚陣がまばゆく光を放ち、煙と蒸気が渦を巻く。
――そして、静寂。
焦げた空気と岩の臭い。熱で変色した石。
ただそこに、一つの“影”が立っていた。
筋骨隆々の裸の大男。
身の丈は190㎝はあり、この世界のどの種族の成人男性よりも大柄であった。
また、その体は、まるで金属製の模型を人の皮膚で覆ったかのような無機質な造形だった。
髪は短く、眼光は鋭く、感情の起伏は一切読み取れない。
彼はゆっくりと立ち上がると、無言で、何かを探し、そして分析するかのように周囲を見回した。
視線は冷徹で正確。生徒たち一人ひとりを順に捉え、環境、構造物、空の様子を――
彼は、見た目は生物ではあったが、その本質は生物ではなかった。
明らかに異質。だが、何か目的をもって存在している。
「な……に……あれ……人?だよな」
「召喚体?いや、ただの人のようだが…いったい?」
生徒たちは言葉を失い、召喚主であるルシアナ自身も、ただ見つめるしかできなかった。
彼女は初めて召喚に成功をしたが、それは喜びや歓喜よりも、驚き、戸惑いに心が傾いていた。
――“何か”が、来た。
夜の静寂の中、異界より現れし“兵器”が、静かに立っていた。
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