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86.二人の捜索(2/2)



「千夏ー!道こっちであってるー!?」


「うん!あってるあってる!」


「次どっちー!?」


「えーと……右!」


「了解!」


二人分の重さを感じるペダルを、必死になって漕いだ。


「………………」


白坂くんの家へ近づく毎に、心臓がばくんばくんと、激しくなってくる。


家に行ってから連絡が取れなくなった、というのが、私の不安を後押ししていた。


(もしかすると、二人とも……)


倒壊した家々が周りに見える度に、私は嫌な想像が涌き出てしまう。


考えようにしまいとすればするほど、頭の中を過ってしまう。


「……みんなもある程度、察していることとは思いますが、覚悟を決めるために……私が言葉にします」


そんな時、隣を並走していた二階堂さんが、私たちに向けてこう語った。


「恐らく、彩月さんたちは倒壊した家に生き埋めになっています。そして最悪の場合、それで亡くなっています」


「「………………」」


ぴり……と、空気が張り詰めた。


私たちが心の中に隠そうとしていたことを、二階堂さんは無理やりこじ開けてきた。


「私の見立てだと、少なくとも白坂くんはその被害に遭ってる可能性が高いです。電話の持ち主である白坂くんが埋まってしまったから、誰にも連絡が取れなくなった。そう考えるのが自然でしょう」


「「………………」」


「しかも、先ほど調べてみた限りだと、白坂くんの家の付近は……土砂崩れ警報の警戒区域でした。彩月さんの安否についてはまだ分かりませんが、白坂くんの方は……覚悟しておいた方がいいかも知れません」


二階堂さんの言葉は、ずっと淡々としていた。でもどこか、感情を無理やり抑え込もうとしているような、そういう気持ちが言葉の端々から感じられた。


「……黒影はさ、見捨てらんないと思う」


小岩瀬さんが、ぽつりと呟いた。


「だって、あの黒影だよ?生き埋めになった彼氏を、放っておけるわけないって」


「……ええ、私もそう思います。ですが、現実問題として、助けられるかどうかは別です」


「………………」


「生き埋めから助けるには、まず上に乗ってる屋根やコンクリをどかさないといけない。状況によっては、重機が必要なほど悲惨な状態になることもあるでしょう。そうなったら、黒影さん一人ではどうにもなりません」


「………………」


「それに、たとえ生き埋めから助けられたとしても、白坂くんが万全の状態であるとは限りません。むしろ、身体を負傷して満足に動けなくなる可能性の方がずっと高い」


「で、でも、黒影ならきっと、そこから彼氏を担いでさ、なんとかするかもよ。ウチも同じ立場だったら、きっと……そうするし」


「……言葉を選ばずに言いますが、彼女はあまり体力のある方じゃない。運動も苦手ですし、自分よりも重い男子を担いで逃げるのは……かなり厳しいと思います」


「……うん、私もそう思う」


乾いた喉から、私は辛うじて言葉を繋いだ。


「白坂くんならたぶん、自分を置いていけって言うんじゃないかな」


「「………………」」


「もちろん、二人とも埋まってしまった可能性もある。でも、もし白坂くんだけだったら……きっと、黒影さんだけでも生かそうって、そう考えるのが白坂くんだと思う」


「……止めてよ、みんな」


千夏が、掠れるように小さな声で呟いた。


「考えたくないよ、そんなこと」


「「………………」」


「さっぽんも優樹も、きっと無事で生きてる。そうでしょ?」


「「………………」」


みな、無言だった。


険しい顔でじっと前を見るばかりで、千夏の言葉に返答する人は、誰一人としていなかった。


……私には、どっちの気持ちも理解できていた。


二階堂さんがわざわざ辛い話を言葉にしたのは、現実を受け入れる準備をするためだ。


その心構えを持つことは確かに大事だし、冷静に現状を見ようとする二階堂さんらしいと思う。


でも、千夏の気持ちも分かる。


理屈なんかじゃない。


友だちが死んでしまったかも知れないなんて、そんな話、聴きたくない。


考えたくない。見たくない。それが痛いほど分かる。


(……黒影さん、白坂くん)


私は冷や汗を頬に滴しながら、二人の顔を思い浮かべて、視線を前へ向けていた。


「………………」


……その時、だった。


私は前方に、ふらふらとおぼつかない足取りで歩く人影を見た。


何か大きなものを背負って、その重さを必死に耐えながら、亀のようにゆっくりと歩いていた。


(なんだろう?何を運んでるんだ?)


気になった私は、眼を皿のように細めて、その人影を観察した。


……そして、その正体に、気がついた。



キキキキッ



自転車にブレーキをかけて、停まった。


「……?なに?凛、どうしたの?」


後ろにいた千夏は気がついていないらしく、私へなぜ停まったのか尋ねてきた。


「どうしたんですか?凛さん」


「なになに凛?パンクでもした?」


二階堂さんや小岩瀬さんも、同じように私へ視線を送ってきた。


「……あれ」


私はそれだけを言って、前に見える人影を指さした。


私へ向けられていた視線は、その指先の方へ変わっていった。


「「………………」」


みんな、静かになった。


前に見えるのが誰なのか、他の三人も気がついたんだ。




……黒影さん、だった。




黒影さんが、白坂くんを担いで歩いていた。


凄まじい形相だった。


眼が半開きで、息も絶え絶え。口からはたらりと涎が垂れていて、それが顎先から真っ直ぐに地面へ落ちていた。


身体中が土埃で汚れていて、服もところどころ破れていた。


背中の白坂くんの爪先が地面と接していて、彼女が歩く度に、その爪先がザリザリザリと音を立てて、地面に跡をつけていた。


形だけ見たら、もう悲惨なほどにボロボロでクタクタの状態だった。今にも倒れてしまいそうなほどに、彼女は疲れ切っていた。


「………………」


……でも。


瞳の迫力が、有無を言わせなかった。


オーラが、まるで違う。


本当に黒影さんだろうか?と疑いたくなるほどに、彼女の眼差しは鋭く、強かった。


その気配に当てられて、私たちはしばらくの間、動けなかった。


「………………」


黒影さんの方も、私たちに気がついたようだった。


「……みん、な?」


カラカラに乾ききった声で、彼女はそう呟いた。


それを聴いて私たちは、みんなハッと我に返った。


「さっぽん!」


「黒影さん!」


「黒影!」


「彩月さん!」


自転車をその場に停め、私たち四人は彼女の元へ駆け寄った。


「……優樹くん、がさ」


「「………………」」


「足……怪我、しちゃってて。それで、ここまで運んでたんだ……」


「さ、彩月さん、私、手伝いますよ」


「うん。黒影さん、もう大丈夫だから。私たちにパスして?」


「あ、ありがとう。ごめん、じゃあお願い、しようかな……」


黒影さんは、背中にいた白坂くんを私と二階堂さんに預けてくれた。


私たちは白坂くんの両脇にそれぞれ入って、彼のことを担いだ。


白坂くんは眼を閉じて、静かにしていた。一瞬、もしかして……と思ったけど、うっすらと呼吸する音が聞こえてきたので、ほっと胸を撫で下ろした。


それにしても、重い。身体の半分に、ずしりと彼の体重がのしかかってくる。


(二階堂さんと二人がかりですら重く感じるのに、黒影さんはたった一人で……)


私は彼女の細い手足をじっと見つめながら、そんなことを考えていた。


「ああ……さ、さすがに疲れたぁ……」


黒影さんは吹っ切れたような苦笑を浮かべながら、千鳥足のようにふらふらと歩いていた。


「ああもう、あんた、すっかりクタクタじゃん。休みなさいよ」


小岩瀬さんが心配そうに小言を告げて、彼女を横から支えた。


「ほら、口、拭きなって。汚れてるじゃん」


小岩瀬さんはポケットティッシュを取り出して、黒影さんへと手渡した。


「あ、ごめん、ありがとう……。涎、ずっと拭きたかったんだけど、優樹くんを担いでる間は拭けなくてさ」


彼女はなんだか恥ずかしそうにはにかみながら、口元をティッシュで拭っていた。


「み、みんな、どうしてここに……?」


「優樹に電話しても繋がらないから、二人になんかあったのかなって思って……」


「ああ、なるほど。さっきの電話は、千夏さんだったんだね……」


「………………」


「そっか、みんな、来てくれたんだね……」


黒影さんは、足をずるずると引きずりながら、千夏の前へやって来た。


「ご、ごめんね、千夏さん……」


「………………」


「ボク、千夏さんのこと、避けちゃってた。優樹くんのことが好きだったって聴いて、不安になっちゃって……」


「………………」


「仲直りしようと、して、くれてたのに、ボク、ずっと……逃げちゃってて……。本当に、ごめんね」


「……さっぽん」


「千夏さんも、みんなも、怪我とか、してない?大丈……夫?」


黒影さんからの言葉に、みんな各々の言葉で返した。


「うん、私は大丈夫だよ」


「ウチも平気。あんたの方がよっぽどヤバイよ」


「私も、問題ないです」


「あーしも、大丈夫だよ。全然怪我してない」


「………………」


その言葉を聴いた黒影さんは、本当に……見惚れるくらいに優しい笑みを浮かべながら……ぽろぽろと泣いた。


そして、風にかき消されそうなほど小さな声で、こう言った。




「よかった……」




「「………………」」


そして、糸が切れた人形のように、彼女はその場に倒れ込んだ。


それを直ぐ様助けたのは、千夏だった。黒影さんを前から抱いて、倒れるのを防いだ。


「………………」


千夏の眼に、涙が浮かんでいた。


口がへの字に曲げられていて、ぶるぶると身体が震えていた。


「……う、ううっ」


ぎゅーっ!と、黒影さんを強く抱き締めた。


「凄いよ……さっぽん」


「………………」


「めちゃ凄いって。優樹を担いで、ここまで歩くなんてさ……」


「………………」


「うっ、うううっ!さっぽん……!マジ、頑張ったね……!頑張ったんだね!」




うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!




……そうして、千夏はいよいよ堪えきれずに、思い切り泣きじゃくった。


近くにいた小岩瀬さんも、それに連られて泣いていた。


「ううっ、黒影ー!あんたほんと!無茶なことして!心配かけんなってのー!」


そして、千夏と一緒に、黒影さんを抱き締めた。


私たちの間にあった確執は、ここでようやく……終わりを向かえた。






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