表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/85

83.別れ





……土埃が、ようやく晴れてきた。


手で目の前の煙を払いながら、ボクは何度も瞬きをして、潰れた家を凝視した。


「………………」


優樹くんを、見つけた。


彼は、うつ伏せの状態で、瓦礫の下敷きになっていた。


上半身だけが外に出ていて、下半身は完全に埋まっていた。


「優樹くん!」


悲鳴のような声で、ボクは彼の元に駆け寄った。


「う、ううっ……」


彼は顔を歪ませて、弱々しく唸っていた。


「優樹くん!!優樹くん!!」


「さ、彩月さん……」


「待ってて!今、助けるから!」


ボクは彼の上に乗っている瓦や木材を、必死になって退かした。


でも当然、女の子のボク一人じゃ重たくて持てないものもあった。太くて大きな柱なんかは、ボクの素手の力ではびくともしなかった。


「ど、どうしよう……」


周りとキョロキョロと見渡して、なんとか動かせるものがないか観察した。


すると、3メートルくらいの折れた木材を発見したので、それを持ち、先端を優樹くんの上に乗ってる柱の下へ入れた。


「んっ!ぐうっ……!ううっ!!やあっ!」


そして、テコの原理の要領で、柱を彼の上からどかした。


「はあっ!はあっ!はあっ!よ、よかった……!」


とりあえず、彼の上に乗っていたものは全て取り除くことができた。


ただやはり、瓦礫の下敷きになったのは大きなダメージを及ぼした。


彼の脚が、両方とも折れていた。


左脚はふくらはぎが、右脚は足首が青く晴れ上がっていて、血も滲んでいた。素人のボクでも、これは歩けないだろうことが容易に見てとれた。


「うううっ、優樹くん……優樹くん……」


「さ、彩月さん、ごめんね……。僕がもっと早く、家から出ようって、判断してれば……。二度も大きな地震を食らって、古い木造建築が無事でいるわけなかったのに……」


「ううん、ボクがいけなかったんだ……。優樹くんが早く出ようって言ってくれてたのに……」


「い、いいんだ彩月さん。君の方は……怪我はないかい?」


「うん、ボクは大丈夫」


「そ、そっか、よかった。ううっ、い、ぐうう……」


優樹くんは冷や汗を滲ませて、激しい痛みに耐えているようだった。


「ご、ごめんね、すぐ救急車を呼ぶから。優樹くん、あの、スマホを貸してくれる……?」


「う、うん。右の……ポケットに……」


そうして、ボクは彼のズボンのポケットからスマホを抜き取り、119番へ電話をかけようとした、その時だった。


「早く!早く逃げろーーー!」


……遠くの方で、男性の叫ぶ声が聞こえてきた。


振り返ってみると、大勢の人たちが必死に走っていくのが見えた。


「土砂が来てる!走れ!もうすぐそこだぞ!」


「おかん!早く!なにしてんの早く!!」


「………………」


土砂、崩れ。


そうか、この家の近くは、確かに山がある。それが今、雪崩れてきてるんだ。


(きゅ、救急車じゃ間に合わない……)


ボクはスマホを自分のポケットに入れて、彼を担ぐことにした。


優樹くんの右肩を持ち上げて、なんとか自分の背中へ乗せようと奮闘する。


「うっ……ううっ!はあっ!ううっ……!」


しかし、やっぱり優樹くんは男の子で、体重がボクよりもずっと重い。非力で弱々しいボクには、彼を持ち上げることすらままならなかった。


「ど、どうしよう……!な、何か、何か方法は……」


「……彩月、さん」


「な、なに?」


「………………」


優樹くんは、地面に倒れた状態で、ボクのことをじっと見つめながら……掠れた声でこう言った。




「僕を……置いていって」




「………………」


「ど、土砂がそこまで迫ってるなら、もう……時間がない。このままじゃ、二人もろとも……」


「……や、や、やだよ、そんなの。止めてよ優樹くん」


「いいんだ、彩月さん。君だけでも生きて欲しい。僕に構わず、早く逃げて……」


「……本気で言ってるの?」


「……本気、だよ」


「………………」


この瞬間、世の中にあるすべての音が、遠く感じられた。


現実味がなくて、ふわふわしてて、悪い夢でも見ているような感覚。


ああ、なんだっけ。


千夏さんが泣いてた時にも、似たようなこと、あった気がする……。


「……で、電話、してみるよ」


「………………」


「救急車、もしかしたら間に合うかも知れないから。た、確か救急車って、10分以内に来れるらしいから」


「………………」


「ね?だ、だからさ、優樹くん……」


「……彩月さん、救急車は無理だよ」


「………………」


「この地震だもの。道も瓦礫で塞がってるだろうし、それに……他にも僕のような人が大勢いて、手が回らないと思う。何より、これから土砂が向かってくるところに、人を呼ぶのは危なすぎる。救急車に限らず、助けを呼ぶのは……難しいよ」


「……優樹くん」


「彩月さん、僕は……君と」


「………………」


「君と、一緒にいれて、楽しかっ……」


「やだやだやだやだやだ!!ダメ!!ダメダメダメ!!そんなの聴きたくない!!」


まるでスイッチでも入ったかのように、ボクの眼から涙が溢れた。


嫌だ、嫌だ、優樹くんを見殺しにするなんて、そんなの嫌だ。できっこない。


ああ、もう、吐きそう。胸がムカムカする。


なんでこんな、こんなことに。


下敷きになるのが、ボクだったらよかったのに。


ボクが死ねばいいのに。


なんでよりによって、優樹くんが……優樹くんが……!


「ゆ、優樹くんが動かないなら!ボクもここにいる!」


「彩月さん……」


「ボクも、君と一緒に死ぬ!」


「な、何言ってるの……!早く、早く逃げてよ……!」


「嫌だ!動かない!絶対一緒に死ぬから!」


「彩月さん!お願いだから言うことを聴いて!君と僕が逆の立場だったら、同じように言うだろう!?」


「………………」


「ね?だからさ、君は……早くここから……!」


「ううううう!!いや!いや!優樹くんが死んじゃったら!もう、もうボク生きていけない!!寂しくて!!辛くて!!ううっ!!なんにもできないよおっ!!」


ボクは、子どものように泣きじゃくった。


眼も、頬も、鼻も、顎も、何もかもがぐちゃぐちゃに濡れて、どうしようもなかった。鼻水も垂れていたけれど、そんなのを気にする余裕がなかった。


彼を説得しようと、冷静に試みたわけじゃない。ただ、現実を受け入れたくなくて、駄々を捏ねていた。


何もかも全部、嘘だったらいいのにと、そんなことばかり考えてた。


「彩月さん!彩月さん!」


「いやあああああ!!!ボクも死ぬーーーーー!!優樹くんと死ぬーーーーーーー!!」


パニックになったボクの頭は、完全にヒートアップしていた。


喚いて嘆いて、錯乱して、慟哭して、訳が分からなくなって。


ただただ、「優樹くんと死ぬ」と、そう叫ぶだけの生き物になって。


嫌に空が青いのが、憎たらしかった。


「あああああああ!!うああああああああああ!!」


泣き喚くボクの耳には、ほとんど何も聞こえていなかった。自分の声が、すべてをかき消してしまっていた。


「………………」


だけど、優樹くんの……ほんの小さな呟き声だけは、ボクの耳に、真っ直ぐに届いていた。




「……はあ、だから陰キャはうざったいんだよ」




「………………」


その台詞を聞いた瞬間、ボクはぴたりと……今までの慟哭が嘘のように泣き止んだ。


冷たい、声だった。本当に優樹くんの声かと疑うほどに、その声は苛立っていた。


「……ゆ、優樹、くん?」


「………………」


「い、今、なんて……」


「………………」


彼は、ボクから目を背けた。そして、「うざったいって言ったんだよ」と答えた。


「いつもいつも、僕に付きまとってきて……。僕がどれだけ迷惑してるか、分かってないんだ」


「………………」


「本当はね、僕は金森さんの方が好きだったんだよ。でも君があんまりにも僕に付きまとうから、仕方なく付き合ったんだ」


「…………う」


「………………」


「う、嘘、だよ、ね……?」


「……ここまで言われても、まだ分かんないの?」


「………………」


「君が自分で言ってたじゃないか。ボクよりも金森さんと付き合った方が楽しいはずだって。ほんと、その通りだと思うよ。彼女の方が明るくて元気だし、君みたいにメソメソしてないし」


「………………」


「最期の最後になってまで、ぐずぐす泣くの止めてくれない?イライラするから。そういうところが、ずっと嫌いだったんだよ」


「……優樹くん」


「ほら、さっさと行ってよ、“黒影”さん」


「………………」


「もう、顔も見たくないから」


「………………」


……ボクは。


ボクは、何も言えなかった。


ただ、抉れたように胸が痛かった。


ズタズタだった。


そして、何も言わずに、ボクはゆっくりと……優樹くんを背にして、その場を離れた。















……彩月さんの足音が、次第に遠退いていく。


そう、そうだ彩月さん。そのまま、逃げておくれ。


酷いことを言って、ごめんよ。


君が言われて嫌だろうなと思うことを、たくさん言ってしまった。


でも、こうするしかなかったんだ。


僕はもうじき死ぬ。だから、僕に構わないでいて欲しかった。


僕のことを、嫌いになって欲しかった。


そうしたら、僕が死ぬことも、あまり辛くなくなるはずだ。


辛くなく……。


「………………」


僕の眼から溢れる涙が、地面に染みていった。


彼女とのいろいろな思い出が、頭を過った。


楽しかったんだ、本当に。


彼女と一緒にいたら、心が安らげた。彼女の仕草ひとつひとつが、いじらしくて、可愛くて、仕方なかった。


アニメを観て思わず泣いちゃうところも、僕が手を繋ぐと恥ずかしそうにするところも、僕が金森さんを好きかも知れないって不安になるところも、みんな好きだった。


そうだよ、彩月さん。君はもっと、自信を持って欲しい。


自分の良さを、知って欲しい。


自分のことを……応援してあげて欲しい。


君は、立派だよって。


頑張ってるよって。


そのことを、もっと君に……伝えてあげたかった。


(じいちゃん、ばあちゃん、ごめん。僕は、一足先に行きます……)


彩月さん、僕はずっと、君を見守るよ。


僕のお母さんたちと一緒に、見守ってる。


小幸だって、きっと君のこと気に入るよ。素敵なお姉ちゃんができたって、喜んでくれるさ。


大丈夫、大丈夫だよ。





君がどんなになっても、僕は、君を愛してるよ。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ギャー あまりに先が気になってネオペに見に行ってしまった…(通算二回目)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ