82.本震
「……ふう。ごめんね、重たい話をして」
優樹くんは少し申し訳なさそうにはにかみながら、ボクへ言った。
ボクは「ううん」と、首を横に振って答えた。
「そろそろ行く?彩月さん」
「うん」
ボクたちは腰を上げて、公園から出て行った。そしてその足で、ボクたちは優樹くんの家へと向かった。
優樹くんの家にはまだたくさん荷物が残っており、優樹くんの祖父母と、ボクたち二人の1日交代で荷物を避難所へ持ってくることになっていた。
特にボクの家は全焼してしまったので、ボクの荷物がほとんどなく、パジャマなんかも彼の物を貸して貰っていた。
今回持ってくるのは、風邪薬や体温計などの、体調を崩した時に使うものだった。優樹くんのお婆さん曰く、「人に貸しておけるようにしておきたいから、家にあるものをありったけ持ってきて」とのことだった。
こんな状況でも、他人のことを考えられるのは、さすがだと思う。
「そうだ彩月さん。ついでにさ、スマホのモバイルバッテリーも持っていこうか。僕、1個だけ持ってるんだ」
「そっか、いいね」
「うん。それで彩月さんのスマホも復活できるはずだし」
「ありがとう、助かる」
「うん」
他愛のない会話を続けながら、ボクたちは彼の家へと到着した。
中は、地震の後とは思えないほどに綺麗だった。倒れていたであろう机や棚なんかは、きちんと元の位置に直されていた。
「凄いなあ、爺ちゃんたちが綺麗にしてくれたんだな」
優樹くんはそう言って、リビングにある棚へと向かった。
そこの引き出しを開けると、中には大量の風邪薬や消毒液などがあった。
「彩月さん、この袋に詰めてくれる?」
優樹くんはどこからともなく大きなビニール袋を取り出して、ボクへと渡した。ボクはそれを受け取って、棚にあるものをどんどん袋へ入れていった。
「それじゃあ僕、モバイルバッテリーを取ってくる」
「うん」
そうして、彼は自分の部屋へと向かって行った。
(それにしても、薬の量多いなあ……)
年配の人は体調を崩しやすいから、いつも薬を常備しているイメージがあったので、それ通りと言えばそうなのだが、それでも想像以上の量だった。
特に湿布や腰痛用の薬なんかは、まだ若いボクには縁のないものだった。
(どうしよう、袋に入りきらないかも)
ボクが他に入れ物がないかキョロキョロしていると、ちょうどよく優樹くんが帰ってきて、「どうしたの?」と声をかけてくれた。
「ああ、ごめん優樹くん。他に袋、余ってないかな?もうそろそろ満杯になりそうで」
「えーとね、そこの棚の一番下の引き出しに入ってるよ」
「分かった」
ボクは指示されたとおり、棚の一番下を開き、もう一枚袋を取り出した。
……♪
……♪♪……♪♪
突然、音楽が鳴り始めた。それはどうやら、優樹くんの着信音らしかった。
音楽は、あの優樹くんの家族が好きだと言っていた、スペッツのチェイリーだった。
「おとと、電話だ」
優樹くんはポケットからスマホを取り、その電話に出ていた。
「はい、もしもし?ああ、ばあちゃん。どうしたの?」
「………………」
「うん、うん。あー、はいはい。じゃあそれも一緒に持ってくればいい?」
「………………」
「分かった分かった。はーい、了解~。おっけーじゃあね~」
ピッ
「あ、ごめん彩月さん。その袋が入ってた棚にさ、まだたくさん袋あったでしょ?ばあちゃんがそれ、持っていけるだけ持ってきてくれって」
「うん、分かった」
ボクは再度、その引き出しを開けて、中からごそっと袋を取っていた……そんな時だった。
ヴーーー!ヴーーー!ヴーーー!ヴーーー!
優樹くんのスマホから、けたたましくサイレンが鳴った。
『緊急地震速報です、緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』
「………………」
「………………」
ボクと優樹くんは、冷や汗を垂らしながら、お互いの顔を見つめていた。
次の瞬間、ぐらぐら……と、大きく地面が揺れだした。ちょうどあの時のように、船酔いしたような感覚に襲われた。
「ゆ、優樹くん……。こ、これってまた……」
「彩月さん!机の下に隠れて!」
ボクは優樹くんに手を引かれて、リビングにあるテーブルの下に身を隠した。
ガタガタガタッ
ガタガタガタガタッ!!
揺れは、どんどんと大きくなっていった。あちこちで物が倒れ、壁に亀裂が入っていった。
「ゆ、優樹くん!」
「やばいね……!前回よりも大きいかも知れないな……!」
「こ、こんな連チャンで大きい地震が来るものなの!?」
「2016年の熊本地震では、震度7級の地震が立て続けに二度起きたらしいから、こ、こういうのもあり得るんだと思う……!」
ドーーーーンッ!!
ボクたちが身を隠していたテーブルの上に、何か重いものが落ちてきた音がした。
頭の真上でそれが鳴るものだから、ボクは思わず「きゃあっ!」と叫んでしまった。
「ゆ、優樹くん!怖い!助けて!」
「だ、大丈夫!大丈夫だよ彩月さん!」
彼はボクをぎゅっと抱いて、背中を擦ってくれた。そして仕切りに、何度も「大丈夫」と耳元で囁いていた。
でもそんな優樹くんの身体も、小刻みに震えていた。
(も、もし、この机が壊れたら、どうしよう……)
上に落ちてくる物の重量に耐えきれずに、机もろとも潰されたら……なんて、そんな恐ろしい想像が頭を過る。
ガタガタガタガタッ!ガタガタガタガタガタガタ!!
確かに優樹くんの言う通り、前回よりも大きいかも知れない。
この家が古い木造建築なのもあるかも知れないけど、揺れ幅が大きい気がする。前に後ろに、右に左に、遊園地のアトラクションのように床が揺れ動く。
地面が動く、というだけで、人はとてつもなく不安を感じる生き物なんだと、ここで改めて思い知らされる。こんな状態じゃ、立つことさえままならないだろう。
(お願い!早く止まって!止まって~~~!!)
目をぎゅっと瞑り、優樹くんにしがみついたまま、ボクは心からそう願った。きっと優樹くんも、千夏さんたちも、この地震を体感しているすべての人が、そう願ったに違いない。
ガタガタガタガタガタガタガタッ!!
……しかし、そんなボクたちの願いは、いとも容易くへし折られてしまった。
「彩月さんごめん!!ここじゃダメだ!今すぐ外に逃げよう!!」
「え!?」
「もう家が潰れる!柱が今、ぐらぐら揺れてる!」
「ほ、ほんとに!?ほんとに潰れちゃうの!?」
「彩月さん!ほら!!玄関まで走って!」
彼は机から這い出ると、ボクの手を仕切りに引いて、外へ出るよう促してきた。
でも、ボクという人間は、一度引きこもった場所から出ていくのに、物凄く勇気がいった。
今ここにいた方が、安全なんじゃないか。外に出る方が怖いんじゃないか。そういう引きこもり癖がついてるせいで、ボクは一瞬、躊躇ってしまった。
この数秒が、ボクたちの人生を、大きく左右させてしまった。
「彩月さん!ごめんね!僕の判断が悪かったんだ!机の下じゃ、ダメだった!」
「う、ううっ!」
「早く!早く逃げないと!ほら!彩月さん!来て!今ならまだ間に合うから!」
「………………」
何度も彼に促されて、ようやくボクは腰を上げた。
「さあっ!行って!」
彼はボクを先に行かせて、玄関まで走らせた。
メキメキメキメキ!!
柱が、音を立てて折れる音がした。
背後からその音が聞こえてきて、もう生きた心地がしなかった。
ガララッ!!
ボクが玄関の扉を開いて、外へ一歩を踏み出した瞬間……。
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
……家が、ついに倒壊した。
けたたましい爆発のような音を立てて、優樹くんのお婆さんの家は完全に潰れてしまった。
「きゃああああああああああああああああああああ!!!」
ボクの絶叫が響いた。
土煙が巻き上げられて、視界を奪われた。
辺り一面が土色の闇に覆われて、ボクは目を開けられなかった。
「けほっ!!けほけほっ!!」
埃っぽい臭いが立ち込めた。喉がそれに刺激されて、強く咳き込んだ。
「はあっ!はあっ!ゆ、優樹くーん!だ、大丈夫!?」
ボクはうっすらと目を開けながら、彼のことを探した。
「優樹くん!ねえ!どこにいるの!?」
「優樹くん!優樹くん!」
優樹くーーーん!!




