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78.買い出し(後編)


……ようやくお店の中に入ることができたのは、それからさらに一時間経ってからだった。


「2リットルのお水はお一人様二つまでになりまーす!」


店の中は、おしくらまんじゅうのように大勢の人で溢れ返っていた。こんなにもスーパーに人がある光景を見たのは初めてだった。


外で待ってる時はあんなに寒かったのに、このスーパーの中だけ真夏のように暑かった。


「これはさすがに、手分けして探そうか。僕トイレットペーパーとかの方行くから、彩月さん食品の方お願い」


「うん、分かった」


ボクたちは二手に別れ、それぞれ目当てのものをゲットすることにした。


「す、すみません、前通ります……」


消え入るように小さな声で人混みをなんとか掻き分けて、ボクは籠の中に食料品を探し回った。


人混みに入るとこれまたさらに暑くて、息をするのも苦しかった。


籠は他の人に取られて無かったので、とにかく持てるだけ持って、落ちないよう胸に抱いていた。


(もう、在庫もほとんどないや……)


こんなに綺麗に棚から無くなるとは思わなかった。完全にすっきりしてしまって、棚を挟んで向こう側にいる人と目が合うことさえあった。


(よ、よし、これでようやく、欲しいものは手に入れた……)


粗方ゲットできたボクは、また人混みの中を掻き分けて、セルフレジの前へと向かった。


レジ前もまた、恐ろしく混んでいた。さすがにげんなりしてきたボクは、ふうと息を吐いて、少し休憩することにした。


すると、ちょうど同じくらいのタイミングで優樹くんもやって来た。彼は両脇にトイレットペーパーを挟みながら、手に2リットルの水を4本持っていた。


「ご、ごめん彩月さん、お待たせ」


「ゆ、優樹くん、大丈夫?重たくない?」


「へ、へへ、大丈夫、これくらい……」


優樹くんは額に汗を滲ませながら、ボクとともにセルフレジに並び、お会計を済ませた。


「よし、行こっか」


「うん」


ボクたちは両手に大きなビニール袋を下げて、ようやくスーパーから出ることができた。


気がつくと、もうずいぶん日が上がっていて、昨日降った雪はほとんど溶けてしまっていた。


「はあ~、一仕事だったね」


優樹くんの呟きに、ボクは「そうだね」と返した。


「ばあちゃんの手伝いでスーパーの買い出しに付き合うことはあるけど、こんなに時間がかかったのは初めてだなあ」


「……ねえ、優樹くん」


「うん?」


「不謹慎かも知れないけど、ボク、少し今楽しいよ」


「楽しい?」


「なんていうか、その、同棲……っていうか、二人で暮らしてるみたいで」


「あ、ああ、ははは、ほんとだね」


ボクと優樹くんはお互いに照れながら、はにかむようにして笑った。


でも、そんな時に瓦礫の中にぽつんと立つ赤い旗を見ると、途端にボクたちの顔色は曇ってしまう。


そして、なるべくその場に立ち止まって、静かに手を合わせるのだった。






「……あ、見て彩月さん。あそこの定食屋さん、営業してるよ」


避難所の小学校へと向かう途中、優樹くんはそう言って、遠くに見える定食屋さんを指さした。


確かにそのお店には、営業中という立て看板が立てられていた。


「ほんとだ、凄いね。ここも被害を受けなかったのかな」


「うん、スーパーと同じ感じで、地盤がよかったんじゃないかな」


本当に、こういう災害って運でしかない。


たまたまいい場所にいて、たまたま助かった。そうとしか言えないのが現実だった。


「………………」


ふとその時、ボクの心にはある疑問が沸いていた。


珍しく開いているお店なのに、お客さんの姿がほとんどない。窓から中を覗いても、一人か二人いる程度だった。さっきのスーパーのように、行列を作って並んでてもおかしくないのに。


不思議に思いながら、ボクはお店が出している看板に書かれたメニューにすっと目を向けた。


そこには、「お味噌汁定食 2000円」と書かれていた。


「お、お味噌汁定食?なにこれ?」


「どうしたの?彩月さん」


「ゆ、優樹くん、このお味噌汁定食って……これ、ご飯とお味噌汁だけで2000円ってこと?」


「え?嘘、そんなことある?」


信じられないといった反応で、優樹くんはボクが指さす看板へと目を向けた。


そして、しばらくじーっと顔をしかめてから、ぽつりと「そういうこと……みたいだね」と告げた。


「ほら、彩月さん見て。この文字の下に、炊きたてご飯、お味噌汁、漬け物の3セットって書いてある」


「ああ、ほんとだね」


「これは酷い、あまりにも酷いよ」


珍しく、優樹くんが怒りを露にしていた。こんなに怒っているのは、いつぞやの……ボクが痴漢された時以来かも知れない。


「こんな非常事態なのに、人の足元見て。卑しいお店だ」


「………………」


「無料にしろとは言わないけどさ。でも、こんなやり方は許せないよ。みんな困って、寒い中三時間もスーパーに並んでるっていうのに。ぼったくりだよこんなの」


優しくて、真面目な優樹くんならではの怒りだった。


当然、ボクも酷いなと感じるし、結局お客さんを自分から減らすようなことしてて、バカなことをしてるなとは思う。


「………………」


でも、それと同時に、ボクは少し感心もしていた。


こうまでして生きたいのか。


こうまでして稼ぎたいのか。


こんなに厚かましいことを、平然とやってのける胆力が、凄いなと思った。


お客さんに嫌われることは想定内だと思うのに、それでもお味噌汁定食をやるのか。ボクだったら、たとえお金がなくて苦しんでても、嫌われるのが怖くて踏み切れない。


というか、そうまでして生きたくない。


こんなにがめつく生きようと思えるのは……ちょっとだけ、羨ましいかも知れない。


「ほんと、いろんな人がいるね」


優樹くんは歩き出しながら、 ボクにそう告げた。


ボクは彼の隣に立って、「いろんな人?」と返した。


「こういう厚かましい人もいれば、さっきの……子どもにメロンパンをあげた老夫婦のような人もいて」


「………………」


「なんだか、今日1日だけで、いろいろな人生を覗いたような気がするよ」


「……うん」


ボクは、弱々しく輝く冬の太陽を見つめながら、「そうだね」と答えた。







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