75.揺れる2
……私、西川 凛が地震を感じたのは、ファミレスで千夏たちと駄弁っていた時だった。
「ねえ、なんか揺れてない?」
最初に気がついたのは、小岩瀬さんだった。
右手で頬杖をついていたのをパッと止めて、辺りをキョロキョロしだし、「やっぱ揺れてるな」と呟いた。
「どうしたんですか?小岩瀬さん」
二階堂さんがそう尋ねると、小岩瀬さんは「地震だと思う」と答えた。
「え、みんな気づかない?なんかゆらゆら~みたいな」
「そうですか?私はまだ感じませんが……」
「うーん、あーしも分かんないかも」
「えー?マジ?凛、あんたも気づかない?」
「う、うん、私もちょっと……」
そうして、少し私たちがざわざわし始めたところだった。
ヴーーー!ヴーーー!ヴーーー!ヴーーー!
耳をつんざくほどにけたたましいサイレンが、あちこちから同時に聞こえ始めた。
「きゃっ!?」
「え!?なになに!?何事!?」
私たちだけでなく、ここにいるお客さんみんなが驚いている中、無機質な女性の声のアナウンスがファミレス内に響き渡った。
『緊急地震速報です、緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』
「「………………」」
みんな、同時に顔を見合わせた。
その時の緊張感は、たぶん、死ぬまで忘れられないと思う。
背中からぞぞぞ……と、鳥肌が立つような、嫌な気配。本能が警告を慣らしている感覚。
「……あっ」
ふと、目の前にあるティーカップに視線を落とした。
そのカップは、カタカタカタと、小刻みに揺れていた。
さらによく見ると、そのカップだけじゃなく、他の食器もすべて同じように揺れていた。
ガタガタガタガタッ!
どんどんどんどん、揺れが激しくなっていった。それとともに、私の胸に沸く恐怖も大きくなっていった。
ティーカップがかたんっ!と倒れて、中のコーヒーが溢れ出た。
「みなさん!テーブルの下に隠れてください!」
二階堂さんの一声で、私たち四人は一斉にテーブルの下へ潜った。
背中を丸めて小さくなり、鞄を胸に抱いた。
フッ
突然、店内が真っ暗になった。どこからか「きゃあっ!」という悲鳴が上がった。
「どうやら、停電したようですね……」
二階堂さんが強張った声でぽつりと言った。
ガタガタガタガタガタガタッ!!
カチャーーン!カラカラカラッ!
私が見えるのは、テーブルの下からの光景だけだった。
どこかで何かが落ちた物音がするけれど、それがなんなのかは分からない。
ポタポタと、テーブルからコーヒーやジュースが垂れていくのを、私は震えながら見つめる他なかった。
ガタガタガタガタッ
ガタガタガタ……
……5分ほどして、ようやく揺れが治まった。私たちは恐る恐るテーブルから出て、「はあ……」と固い息を吐いた。
「マジやばかったねー!あーし、こんなでかい地震初めてだよ!」
「ウチもさすがに、こんなでかいのは経験したことないわ……」
「みんな、怪我はない?大丈夫?」
「ええ、なんとか無事です」
お互いの安否確認が取れた後で、床に散らばったカップやお皿なんかをテーブルの上に戻して、溢れたジュースとかをポケットティッシュで拭いていた。
「お客様方!今回のお支払いは結構ですので、ただちに避難してください!」
その時、店員さんが私たちに向かってそう告げた。
「店舗が倒壊する恐れがありますので、ただちに店舗から出て、避難してください!」
「だってさ、どうする凛?」
小岩瀬さんは、私を見上げながらそう尋ねてきた。
「そうだね……。とりあえずは、店員さんの言うとおりにしよう」
他の客に混じって、私たちはぞろぞろと外へ出た。
雪がちらちらと降っていて、凍えそうなほどに寒かった。
「………………」
でも、その寒さすら容易く吹き飛ぶ勢いで、私たちはショックを受けていた。
崩れた家々に、斜めに倒れる電柱、陥没した道……。
歴史の授業とかで、地震の被害の写真とかが教科書に載っていることあるけど、まさしくその光景が今目の前に広がっていた。
さすがにこの景色の前に、私たちは呆然としてしまった。いつも冷静沈着な二階堂さんでさえも、これには目を大きく見開いたまま固まっていた。
ピリリリ、ピリリリ
そんな中、千夏のスマホに着信が入った。
「は、はーい、もしもし」
『もしもし!千夏!?』
「ママ!よかった!そっち無事!?」
『ええ、大丈夫よ!あんたこそ大丈夫!?怪我はない!?』
「うん!平気だよ!」
ああ、そうだ。家族の安否を確かめなきゃ。
千夏以外のメンバーも、それぞれ家族に電話をかけて、お互いに無事を確認していた。
「よかった、私のところはみんな無事だって」
「うん、ウチも」
「私も大丈夫でした。みんな今、私たちの高校へ向かっているそうです」
「高校に?」
「ええ、あと30分もすれば、私たちの高校で避難所が開設されるとのことです」
「……行っておいた方がいい、よね」
「そうですね……。これだけの被害となると、一般家屋に戻るのは危険かと思われます。鉄筋コンクリートで造られた建物にいるのが最も安全かと想います」
「うん、そうだね。じゃあ、みんなで向かおう」
「ええ」
そうして、私と二階堂さん、そして小岩瀬さんの三人は、早速進路方向へ足先を向けていた。
「………………」
だけど、ただ一人千夏だけは、ずっとスマホの画面を凝視するばかりで、その場から動こうとしなかった。
「千夏?どうしたの?」
「千夏さん、早く向かいましょう。余震が来るかも知れませんよ」
「千夏ー、あんた何してんのさ。さっさとしなよー」
私たち三人が、それぞれ彼女へ声をかける。しかし、それでも千夏は全く反応を見せなかった。
「もう……」
痺れを切らした私は、千夏の隣に立って、肩をぽんぽんと叩いた。
そこまでして、やっと千夏はハッと我に返って、私の方へ目を向けた。
「何してるの千夏。早く学校へ行こうよ」
「……ねえ、凛。さっぽんに、さ」
「え?」
千夏は、酷く強張った顔で……こう言った。
「さっぽんにさ、電話、してくんない?」
「!そっか、黒影さん……」
「うん」
「無事かどうか、聞きたいってことだよね?」
私の言葉に、千夏はこくりと頷いた。それを確認した私は、スマホを使って、黒影さんへ電話をかけてみた。
プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル
だけど、これがなかなか出ない。
長いこと待ってみたけど、ずっと着信音が鳴るばかりだった。
「……ダメだ、出ないね」
「で、出ない?」
「もう一回かけてみる」
そうして、何度かチャレンジしてみたけど、結果は同じだった。
「……やっぱり、ダメだ。黒影さん出ないよ」
「も、もしかして、さっぽん、何かあったんじゃ……」
「………………」
「あーし、探しに行ってくる!さっぽん、もしかしたら大変な目にあってるかも!」
「あ!ま、待ってよ千夏!」
私は咄嗟に、走り去ろうとした千夏の腕を掴んだ。
「こんな夜に探すのは、めちゃくちゃ危ないよ!停電だってしてるんだしさ!」
「でも!さ、さっぽんに何かあったら……!」
「千夏さん、凛さんの言うとおりです。ここで単独行動をするのは自殺行為ですよ」
千夏の引き留めに、二階堂さんも加わってくれた。
「彩月さんのことが心配になる気持ちは分かります。ですが、まずはおのが命を最優先にすべきです」
「それは……!それは、分かってるけど!」
「それに、電話が繋がらないのは……彩月さんが意図的に受信を拒否してる可能性だってあります」
「!」
「彩月さんと私たちの溝は、まだできたままです。電話が受け取り辛いということだってあり得ます」
「………………」
千夏は、苦虫を噛み潰したような顔で、うつむいてしまった。
「ね、ねえ凛」
その時、小岩瀬さんが私に向かって、こんな提案をした。
「黒影の彼氏の方に電話してみたら?そっちなら、電話取ってくれるかも知れないじゃん?」
「そっか、その手があったか。ちょっとやってみるね」
そうして、次は白坂くんへと電話をかけてみた。
プルルルル、プルルルル
プルルルル、プルルルル
……しかし、結局こっちも電話は繋がらず、余計に安否の分からない人が増えて、不安が増すばかりだった。
「凛、優樹は……」
「………………」
「……やっぱ、探し行く!さっぽんも優樹も!」
「ち、千夏!待って!今はまだ……」
……グラグラグラグラ
その時、またもや地震が起きた。
地面が振り子のように動いて、自分の身体が左右に揺れているのがなんとなく分かった。
「千夏さん!動かないでください!余震が来ました!」
グラグラグラグラグラグラッ!!
グラグラグラグラグラグラッ!!
いよいよ、本格的にまた揺れだした。
私たちは身体を寄せ合って、辺りを警戒していた。
「な、なにこれ!余震にしては、なんか揺れ強くない!?」
「瑠花さん!もっとこちらへ!なるべく広い場所に集まるんです!」
「千夏!離れないで!動いちゃダメだよ!」
「凛……!」
遠くの方で、「いやー!」とか「うわー!」という悲鳴が聞こえてきた。
地面が揺れるせいで車のブレーキが上手くいかず、「パーーーーッ!」と激しくクラクションを鳴らしながら、ガードレールへ突っ込んでいた。
「あっ!ね、ねえあれ!」
叫ぶようにして声を張り上げたのは、小岩瀬さんだった。
彼女は、遠くに見えるマンションを指さしていた。
私たちも何事かと思って、そのマンションへ目を向けていた。
「あっ!?」
私は思わず、声が漏れてしまった。
パッと見で10階建てくらいはあろうかという大きなマンションが、ゆっくりと……しかし確かに、傾いていた。
徐々に徐々に、芋虫が歩くように遅いけど、真っ直ぐ建ってたはずのマンションが、斜めを向いてしまっていた。
バクンッ、バクンッ、バクンッ
心臓が、胸を突き破って飛び出そうなほど躍動していた。
あんなのが倒れてきたら、下の人たちはひとたまりもない。それがもう説明されずとも分かる。
でも、私たちにはどうすることもできない。
どうにか倒れないでくれと、頼むから人が死なないでくれと、そう祈る他なかった。
グラグラグラグラ……
グラグラ……
「「………………」」
ようやく、二度目の地震が終わった。傾いていたマンションも、なんとか倒壊することなく、その場でキープしてくれた。
「……はあっ」
「ふー、ふー、ふー……」
小岩瀬さんは、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。千夏も目に涙を浮かべて、呼吸を荒げていた。
「な、なんとか……倒れずに済みましたね」
二階堂さんは額にかいた汗を手の甲で拭って、そう呟いた。
「ねえ、千夏。もう今はどうしようもないよ……」
「………………」
「私だって、黒影さんや白坂くんのこと心配だよ。でも今は……今はまず、自分を助けないと」
「……さっぽんに」
「え?」
千夏は、唇を噛み締めながら、悔しそうに涙を浮かべていた。
「さっぽんにまだ、謝れてないのに……」
「………………」
「うう、何かあったらどうしよう……。さっぽん、無事でいてよ~……」
「………………」
私は、嗚咽している千夏の背中を擦りながら、四人で学校に向かった。
明かりのない真っ暗な道を、黙って進むしかなかった。




