71.嫌な予感
……翌日の12月15日、月曜日。
昨日の疲れもあったためか、この日は朝うっかり寝過ごしてしまい、いつもより家を出るのが遅れてしまった。
「うー!やばいやばい!遅刻する~!」
雪道の中、僕は自転車を必死に漕いでいた。冬の冷たい風が鼻先をくすぐって、つんと痛みすら感じていた。
急いだ甲斐あってか、僕はホームルームが始まるギリギリ5分前に教室へ辿り着いた。扉を開き、中にいたクラスメイトたちに「おはよー!」と挨拶をした。
「おっす白坂~!めちゃギリだったなー!」
「い、いやあ、危なかったよ。うっかり寝過ごしちゃってさ。へっくしゅっ」
僕は寒さでむずむずする鼻を掻きながら、自分の席に着いた。ここまで来ると、ようやく安堵感で強張っていた肩が解された。
「………………」
ふと、彩月さんの席に眼を配った。
しかし、彼女は来ていないらしく、席は空白のままだった。
(あれ?まだ来てないのかな?)
そんなことを思った瞬間に、チャイムが鳴り響いた。それと同時に、担任の先生が教室へと入ってきた。
「おーし、ホームルーム始めるぞー」
そうして、いつものように学校の1日が始まった。先生によると、彩月さんは体調不良でお休みとのことだった。
(もしかして、今日は休みだろうか。確かに最近寒くなってきたし、昨日の動物園で少し無理をしてしまったのかも知れないな)
そう考えた僕は、ホームルームが終わった後に、彩月さんへLimeをしてみることにした。
『彩月さん、昨日はデートしてくれてありがとう。今日はお休みって聞いたけど、体調は大丈夫?』
(よし、これでいいかな。体調悪いなら、まだ寝てるかも知れないし、返信は気長に待とうかな)
「おーい白坂ー!何してんだよー!1時間目、物理だろー!?実験室行かねーとー!」
「あ、そっか。ごめん、今行くよ」
クラスメイトから促されて、スマホをポケットに入れ、僕は席を立った。
……しかし、このLimeの返信が、一向に帰ってこなかった。
お昼を過ぎ、もうそろそろ学校が終わりそうな時間になっても、既読すらつかなかった。
『どう?具合よくなった?』
『大丈夫?』
続けてメッセージを送ってみるけど、やはりうんともすんとも言わない。
お昼休みに一度着信を入れてみたが、やはりそれも応答はなかった。
(返信はまだしも、既読がつかないのは心配だな……)
掃除の時間中も、彩月さんからの返信がないか、時々スマホをチラチラと見るほどだった。
「何見てるのー?白坂くん」
「あ、い、いや、なんでもないよ」
クラスメイトから突然声をかけられて、僕は直ぐ様ポケットに仕舞った。
キーンコーンカーンコーン
いよいよ、なんの反応もないまま、1日が終わってしまった。
(うーん、さすがにちょっと家に行ってみようかな)
何か良くない胸騒ぎがして、どうしようもなかった。
僕はホームルームを終えた後、小走りで教室から出ていき、下駄箱で靴を履き替えてから、自転車置き場に向かった。
この時にはもう雪は止んでいたけど、空はまだ曇天模様で、またいつ降りだしてもおかしくなかった。
「あれ?優樹?」
その時、僕はたまたま金森さんと出会った。
彼女の周りには、三人の女の子がいた。西川さん、二階堂さん、そして身長が小柄で茶髪な女の子がいた。
「白坂くん、お久しぶりです」
「うん、二階堂さん。久しぶりだね」
「どうしたんですか?こちらに来られて」
「僕、チャリ通なんだ。ほら、そこの白いのが僕のだよ」
「ああ、そうでしたっけ」
僕が二階堂さんと喋っている最中に、唯一僕が面識のない、小柄な女の子が僕の目の前にやって来た。
彼女は眼を細めて、じーっとボクの顔を見つめていた。あまりにも凝視してくるので、僕は少し狼狽えて、身体を後ろに仰け反らせた。
「……ふーん、あんたが黒影の彼氏ねえ」
「ど、どうも」
「まあ確かに、あいつが好きそうな雰囲気かも?」
「………………」
「千夏も好きだったらしいし、あんた、よくモテんのね」
「は、はは、改めてそう言われると、ちょっと照れ臭いな」
「ウチは小岩瀬 瑠花。黒影の……」
彼女は……小岩瀬さんは、顔をぷいっと背け、なんとなく照れ臭そうに唇を尖らせながら、ぼそっと「まあ、友だち?」と呟いた。
なるほど、彼女はツンデレ気質な人かも知れないな。彩月さん、こういう人とも友だちだったんだな。
「初めまして、小岩瀬さん。金森さんと西川さんから、お名前は伺ってたよ」
「う、伺ってたとか使う男子、初めて見た」
「ははは」
小岩瀬さんの反応で少し気持ちが解れた後、彼女たち四人へ「みんなはここで何してたの?」と尋ねた。
「やっぱり、彩月さんについてのことかな?」
「うん、白坂くんからの話を、みんなに話してたところなの」
「優樹、ありがとね。あーし、とりま待ってみるよ」
「あいつが不器用なのは、今に始まったことじゃないしね」
「約束してるんです。また、みんなで旅行に行こうって。彩月さんはきっと、その約束を果たしてくれるはずです」
彼女たちは、みな彩月さんのことについて、自分の気持ちを交えながら話をしてくれた。
もしこの光景を彩月さんへ見せてあげられたなら、どれだけいいだろう。
確かに、いざこざがあったことは否めない。でもみんな、君のことを受け入れようとしてくれているよ。
そのことを……君に、伝えてあげられたら……。
プルルルル、プルルルル
その時、僕のスマホが着信を受け取った。電話の相手は、彩月さんだった。
「彩月さん……!?」
僕は直ぐ様電話を取って、「もしもし!?」と食い気味に告げた。
『……あ、優樹、くん。ごめんね、心配かけて』
「いやいや、僕のことは気にしなくていいんだよ!そ、それより大丈夫?具合、よっぽどよくないの……?」
僕が電話している相手が彩月さんだと知った四人は、みんな顔を見合わせていた。
「なに?黒影って今日なんかあったの?」
「体調不良でお休みだったの。たぶん白坂くんは、心配してLimeとかしてたんじゃないかな」
「なるほど。では、白坂くんのあの反応から察するに、彩月さんの容態は芳しくないのかも知れませんね」
「さっぽん……」
四人の視線を受けながら、僕は彩月さんとやり取りを続けていた。
『体調は……大丈夫。もともと具合は悪くないの』
「具合は悪くない?ど、どういうこと?」
彩月さんの声が掠れている。もしかして、さっきまで泣いてた……?
『……あのね、ボクね』
「う、うん」
『……優樹くんがね、他の女の子と話してるのを想像しちゃって、苦しくなったの』
「え?」
『昨日、西川さんと電話してたでしょ?あれを見て……優樹くんが、他の女の子と話したり仲良くしたりしてるのを想像しちゃって、辛くて辛くて、いっぱい泣いて……』
「………………」
『学校に行ったら、その光景を目の当たりにするって思って、そしたら……もう、怖くて行け泣くなって』
「そ、そっか……」
僕はこの時、深刻な彼女の心境とは裏腹に、ほっと胸を撫で下ろしていた。
下手をしたら、体調不良が悪化して家の中で倒れてる……そういう想定もしていた。だから、きちんと命が無事だったことに対して、安心していたのだった。
(でもその反面、メンタルがかなりやられてる……。日に日に気持ちが落ちていくのを、僕は何もできないでいる……)
自分の不甲斐なさに憤りを感じつつも、ひとまず彼女のメンタルケアを最優先すべきだと考え、僕は彩月さんへこう言った。
「彩月さん、僕ちょうど、今から君んちに行こうと思ってたんだ」
『ほんと?来てくれるの?』
「うん、もちろんだよ」
『ごめんなさい、ボクのせいで、優樹くんに迷惑かけて……』
「ううん、いいよ。すぐに行くから、もう少しだけ待っててね」
そうして、僕は彼女との電話を終えた。
「………………」
「大丈夫?白坂くん」
西川さんが、僕のことを心配そうに見つめていた。
「ずいぶん険しい顔してるけど……何かあったの?」
「……いや、実はね」
僕は先程の電話の顛末を、四人に話して聞かせた。
「ま、マジで?黒影がほんとにそう言ったの?」
「確かに繊細な方だなとは思ってましたが、まさかそこまでとは……」
「……やっぱり、あーしのせいだよね。あーしがさっぽんを不安にさせちゃったから……」
「千夏、あまり自分を卑下するのは止めて。考えすぎても、辛くなるだけだよ」
「……とりあえず、僕は彼女の家へ行ってくるよ」
「白坂くん、気をつけてくださいね。今日は雪がずいぶん積もりましたから」
「ありがとう、二階堂さん」
そうして、僕は自転車に跨がり、彩月さんの家へと向かうのだった。
未だに分厚い雲は晴れず、太陽の光を遮って、僕たちの頭上を仄暗くしていた。




