67.切ない笑顔
……金森さんからの告白。
これは正直、天地がひっくり返るくらいの衝撃を受けた。
僕にとって金森さんは、誰にでもフランクで、人見知りをしない人だった。だから僕にも話しかけてくれるんだろうなと思っていた。
でもそれは、彼女から僕へ想いが向けられていた証拠だったんだ。本当に全く気がつかなかった。
彼女へも伝えたとおり、僕を好きでいてくれて嬉しいという思いももちろんある。でもどちらかと言うと、その想いに気づけなかった罪悪感の方が大きかった。
「……うん!よし!あーすっきりした!」
千夏さんは両手を上にあげて、ぐーっと背中を伸ばした。そして、「っはあ!」と言って手を下ろした。固まっていた身体を解しているようだった。
「言えてよかった!ずーっと胸んところでモヤモヤしてたし、なんか晴れ晴れ~って感じ!」
「か、金森さん……」
「ごめんね優樹、あーしはもうこれですっきりしたから!なーんにも気にしないでいいよ!」
「………………」
「あーしは、優樹もさっぽんも好き!だからこれでいいの!」
「……そっか。凄いね、金森さんは」
「まあね!やっぱあーしって最強だしー?」
金森さんが右手でVサインを出すのを見て、僕と西川さんは少し綻んだ。
……それから僕たちは、今後のことについて話し合った。
日が落ちたせいで肌寒くなってきたので、二人がよく行く喫茶店に入って暖を取っていた。
四人がけのテーブル席を三人で使い、各々好きな飲み物を頼んでいた。
僕がミルクコーヒーで、金森さんがカプチーノ、西川さんは紅茶だった。
「二人とも分かってるように、黒影さんはとても繊細で、極端に自分に自信がないタイプだ」
僕がそう言うと、西川さんが「うん」と言って頷いた。
「千夏から嫌われたかも知れないっていう思いがずっと先行してて、それで千夏に会えなくなってる」
「そう。だから、そこを最初に彼女へ言わないといけない」
僕はそう言いながら、ミルクコーヒーに口をつけた。
冬の寒さで冷えていた鼻に、暖かくて優しいミルクコーヒーの香りが抜けていった。
「ただ問題は、どうやって黒影さんにそのことを伝えるかだよね。千夏さん本人から伝えるのが一番説得力があるけど、きっと彼女も身構えるだろうから、まず段階を踏まないといけない」
「うん、私もそう思う」
「だから、なるべく仲介人……僕や西川さん、そして黒影さんと金森さんの両方と仲のいい人が伝えるって状況が望ましい」
「うん。でも、私が何回か話に言ったんだけど、千夏の名前を出した途端に逃げられちゃって……」
「そうなの?それは思ってたより難しい状況だね……」
いや、そうか。だからこそ金森さんは、僕へ告白したんだ。僕にも状況を伝えるために。
僕へ告白する以外に、もう打つ手がない状態だったわけだ。となれば、やることはひとつ。
「よし、僕から伝えてみようかな」
「いいの?」
「うん、一番彼女と話す機会があるのは、僕だからね。なんとか話してみるよ」
「ありがと優樹ー!マジごめんね、あーしのせいなのに……!」
「ははは、大丈夫大丈夫。気にしないでよ」
『白坂くん、愛してる』
「……ただ、ちょっと気になるのは、今の黒影さんに対して、金森さんの名前を出しても大丈夫かってことだね」
「千夏の名前を……?」
「ちょっと自惚れかも知れないけど、今の黒影さんは……僕に対して依存気味なところがあるんだ。金森さんとの決裂もあって、余計に僕へすがってきている気がする。もともと精神的に不安定なところがあるから、それも心配なんだ」
「………………」
「そんな時に、僕が金森さんの名前を出すと、彼女はいい気持ちしないんじゃないかな。黒影さんからしたら、金森さんの肩を持っているように感じてしまうかも」
「あー、確かにあーしもおんなじ風に思う気がする……」
「タイミングを上手く見計らってみるよ。黒影さんが受け入れて貰いやすい状況になったら、話してみる。彼女も優しい人だから、冷静に話せばきっと分かってくれると思う。それができたら、金森さんの方から謝って貰って、ようやく解決じゃないかな」
「うん、ありがと優樹」
ひとまず結論がついた僕たちは、一息つくためにフライドポテトを注文し、それを三人で分けて食べていた。
「そう言えば、修学旅行の時って、他にメンバーは誰がいたっけ?」
「えっとね、みーちゃんとるうだよ!」
「み、みーちゃんとるう?」
「バカ、それじゃ分かんないでしょ千夏。二階堂 美緒さんと、小岩瀬 瑠花さんだよ」
「あー、二階堂さんは僕も知ってるよ。以前図書委員で一緒だったことがある。その二人も、今回の……黒影さんと金森さんのことは知ってるんだよね?」
「うん、あん時はみんなで駄弁ってたしね」
「なるほど……。まあ、一応念のため、その二人にも今の現状を情報共有して貰えるとありがたいな」
「分かった、伝えておくね」
西川さんはそう言って、フライドポテトをぱくっと口に咥えた。
「……ねえ、優樹」
「うん?」
「あーしさ、もしさっぽんと廊下でばったりすれ違ったりしたら、どうしたらいいかな?無視するのもあれけど、かと言って馴れ馴れしくすんのも嫌だろうし……」
「うーん……難しいね。まあほどほどのテンションで挨拶をする程度でいいんじゃないかな?金森さんが黒影さんを拒絶していないことを伝えられたら、それでいいと思う」
「……うん」
金森さんは悲しそうに口角をあげて、こくりと頷いた。
「あーあ、ほんとにさっぽんには……悪いことしちゃったなあ」
「………………」
「自分がされて嫌なことをしないって、幼稚園児でも分かる話じゃんね。なのにあーしはさ……」
「……それができない人もいるさ。僕たちよりずっと年上でも、それを守れてない人もいる」
「………………」
「自分を省みれるのは、優しいことだと思うよ。君が黒影さんのことを大切に思ってくれているから、後悔もあるし、謝りたいと思ってくれる。そうじゃない?」
「………………」
「だから、そんなに自分を責めな……」
僕の口は、突然フライドポテトにやよって塞がれてしまった。金森さんが僕の口へ、五本も突っ込んできたからだ。
「……優樹!それ以上はダーメ!」
金森さんはぱあっ!と明るく笑いながら、弾んだ声で言った。
「彼女がいるんだから、他の女の子には優しくし過ぎない!おっけーですか!?」
「むぐっ……ん、お、おっえーえう(おっけーです)」
「ん!おっけー!」
金森さんはそうして、満足げに笑った。
ほんの少し切なそうに見えたのは、僕が彼女の想いを聴いたからなのかも知れない。




