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59.それぞれの想い



……12月8日、月曜日。


私、西川 凛が学校の正門をくぐったのは、朝の8時2分だった。


昔から私は、教室に一番乗りで来るようにしていた。遅刻するのが嫌いだったからだ。


それに、騒がしい教室の中に入るのも好きじゃなかった。静かな廊下や教室に一人でいる方が好きだった。



かつん、かつん



誰もいない廊下を、私は自分の足音を聴きながら歩いていた。


もう冬になったせいか、日差しはどこかぼんやりとしていて、窓から差し込む光も冷たいままだった。


「………………」


私はここ最近、千夏と黒影さんのことばかり考えている。


修学旅行のあの夜以来、二人は全く口をきいていない。原因はもちろん、白坂くんのことだ。


千夏はずっと落ち込んでいるし、黒影さんも以前のように暗くなってしまった。


二人のことを仲介できたのは私だけだったのに……結局何もできないまま、こうなってしまった。


罪悪感と自己嫌悪に苛まれて、最近あまり眠れていない。どんな時も、二人のことが頭を過ってしまう。


(私は……どうしたらいいんだろう)


答えの出ない自問自答を、頭の中で繰り返しながら、私は教室の扉を開いた。



カラカラカラ



「……西川さん、おはよう」


「え?」


誰もいないと高をくくっていた私に対して、誰かが挨拶を告げてきた。


それは、白坂くんだった。彼は自分の席に座っていて、私に小さく手を振った。


「お、おはよう、白坂くん。どうしたの?今日はずいぶん早いね」


「うん。えっとね、西川さんに聞きたいことがあってさ」


「聞きたいこと?私に?」


「うん。西川さんは、いつも朝一番に来るって以前聴いてたから、ちょうどいいタイミングかなって」


彼は私と会話を交わしながら、席を立ち、目の前まで歩いて来た。


どんなことを尋ねられるのか分からなくて、私は少し身構えた。


「ど、どんな話なの?白坂くん」


「ん……そうだね、その、もし西川さんが知ってたらでいいんだけど」


「………………」


「黒影さんと金森さんの二人について、何か知らない?」


「!」


「二人、喧嘩か何かしちゃったのかな?最近全然話してる様子ないし、黒影さん……近頃表情が暗くて、心配なんだ」


「………………」


「修学旅行のあった日から、様子がおかしくなったのは分かるから、あの時彼女と一緒の班だった西川さんなら、何か分かるかと思って」


「………………」


「お願い西川さん、少しでいいから教えてくれないかな?二人がどうして……喧嘩しちゃったのか。もちろん、西川さんが教えられる範囲でいいから」


白坂くんは、懇願するような眼差しで、私のことを見つめていた。


……そう、だよね。心配しないはずがない。白坂くんは黒影さんの彼氏なんだから、彼女に異変があったらすぐ気がつく。


(でも、なんて言えばいいの?千夏も白坂くんが好きだったから、気まずくなったって、そのまま言っていいものなの?)


千夏が秘密にしていた恋心を、私が無神経に本人へ伝えていいの?


もし私が千夏の立場だったら、そんなこと絶対に嫌。伝えるんなら自分の口からがいいし、それに……そもそも伝えたいとすら思わないかも知れない。


白坂くんには、もう黒影さんという彼女がいる。それなのに、告白しても意味がない。フラれるのが分かってるのに告白するなんて、辛すぎる。


(ど、どうすれば……。どうすれば、白坂くんに上手く伝えられるんだろう……)


私はスカートをぎゅっと握り締めて、閉じた口の中で歯を食い縛った。


「……でさー、そん時カナがさー、彼氏の話を私にしてくるわけ」


「えー?だるー。やっぱカナって自己中よねー」


ふと、廊下の方から声が聞こえていた。


私はハッとして、ちらりと後ろを振り向き、廊下の方を覗き込んだ。遠くから、談笑しているクラスメイトたちが歩いてくるのが見えていた。


さすがに部外者には聴かれたくないと考えた私は、白坂くんの方へ目を向けて、「ごめんね」と言った。


「私、まだなんて説明していいか分からなくて……。上手く言えるようになったら、改めて白坂くんのところに来るから」


「……うん、分かった。それじゃあ、とりあえず待ってるね」


「ごめんね白坂くん、曖昧な答えしか言えなくて」


「いや、いいんだ。こっちこそ、朝早くにごめんね」


私たちはそれだけの会話を終えると、パッとそれぞれの席に戻った。


「おはよー」


「おはよーみんなー」


クラスメイトたちが教室へ入ってきて、いつも通りの挨拶を交わす。


そうして、朝のホームルーム前の休み時間は終わっていった。










……キーンコーンカーンコーン



お昼休みの時間。私はお弁当を食べ終えた後、図書室にいた。


図書室には、本棚がずらりと並んでいる場所と、四人がけの四角いテーブル席が何ヵ所かあり、私はその内のひとつに座っていた。


「凛」


そんな私に向かって、声をかけてくる者がいた。小岩瀬さんだった。


彼女の隣には、二階堂さんも立っていた。


「ごめんね二人とも、いきなり呼び出して」


「いえいえ、お気になさらないでください」


彼女たちは私と同じテーブル席に並んで座った。


そして、二階堂さんは背筋をぴんと伸ばしてから、「それで、話というのはなんですか?」と問いかけてきた。


「いや、実は今日の朝方ね、黒影さんの彼氏の……白坂くんから尋ねられてさ」


「白坂くんから?どんなことを訊かれたんですか?」


「……黒影さんと千夏が、喧嘩してることについて」


「「………………」」


私がそう言うと、小岩瀬さんも二階堂さんも、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……そうですよね、心配しますよね。二人があんな調子だったら、白坂くんが気づかないはずがない」


二階堂さんは目を伏せて、哀しそうに呟いた。


小岩瀬さんは右手で頬杖をつき、渋い顔をしながら「凛はそれ、何て答えたの?」と訊いてきた。


「修学旅行の時のこと、黒影の彼氏に話したの?」


「いや、さすがに私の口から言うのは憚れるなと思って、まだ何も言ってない。話せるようになるまで、彼には待ってもらってるの」


「まあ、そうだよね。ウチもそんなの、なんて答えたらいいか分かんないや」


そうして、小岩瀬さんは大きなため息をついた。


「ねえ、小岩瀬さん、二階堂さん。これ……どうしたらいいと思う?洗いざらい話した方がいいかな?それとも、話さない方がいい?」


「……難しいお話ですね。話さないと後々トラブルになりかねる気がしますし、かと言って容易に話していい内容とも思えません」


「ウチも美緒と一緒かな……。白坂に話すってことは、千夏が白坂のこと好きだってことを伝えるってことでしょ?さすがにそれは……千夏も辛いって」


「……そう、だよね」


私はテーブルに右肘をついて、頭を抱えた。


「一回、千夏に話すべきかな?白坂くんから事情を訊かれたこと」


「そうですね、確かに千夏さんへ伝えられるならそれに越したことはありませんが、それで話せるかと言われると……」


「………………」


まさに、八方塞がりだった。


どこをどう対応すればいいのか、みんな分からなかった。


隙間だらけのジェンガのように、少しでも間違ったところを動かしたら、本当に全てが瓦解してしまう。


三人寄れば文殊の知恵と言うけれど、ことこの問題に限っては、どうしようもなく難航していた。


「……ウチ、さ」


小岩瀬さんは頬杖を止めて、じーっとテーブルに置いている両手を見つめていた。


その両手は、右手を上にして重ねられていて、軽く握られていた。


「楽しみだったんだ、修学旅行」


「………………」


「あんまり言うと恥ずかしいけど、前日は全然眠れなくて、子どもみたいにワクワクして……。ママとパパにも、みんなと一緒に行くんだよって、みんなとお土産買ってくるねって、そんな話してたんだ」


「……小岩瀬さん」


彼女の眼には、涙が浮かんでいた。


それはまるで、小さな真珠の粒のように、キラキラと透明に輝いていた。


「みんなと一緒にいるの、嫌いじゃなかった。好きな人のことも、みんなにだったら話せて。黒影も千夏も、優しくていい奴らだって思ってて……」


「………………」


「だから、だから、ウチ……」


「………………」


「…………寂しい」


小岩瀬さんは、いよいよ泣き出してしまった。


塞き止められていた涙がぽろぽろと溢れ出して、頬をぐっしょりと濡らしていった。


口はへの字に曲げられていて、顎にはシワがきゅっと寄っていた。


「瑠花さん……」


彼女の隣にいた二階堂さんが、そっと肩を抱いた。


そんな二階堂さんの瞳も、ほんのりと濡れて、光っていた。


私たち以外誰もいない図書室に、小岩瀬さんの噛み締めるような嗚咽が、微かに響いていた。


「………………」


私は、何度か深呼吸をして、自分の考えと気持ちを整えた後、二人に向かって話しかけた。


「……千夏と黒影さんを、仲直り、させてあげられないかな」


「仲直り、ですか?」


二階堂さんの問いかけに、私は「うん」と答えた。


「ギクシャクしちゃってる二人の間を、なんとか取り持って、また以前のように……友だちの関係に戻れるようにしてあげたい」


「………………」


「もちろん、簡単にはいかないと思う。お互いに気まずいし、前のようにフランクにはいかないかも知れない。でも、友だちだったことは間違いないんだから、少しでも良好な関係になれるように……頑張りたいの」


これは言わば、私の罪滅ぼしだった。


二人の心境を分かっていたのは私。白坂くんへ二人が想いを寄せていたことを、私だけが知っていたのに、二人の火種を消せなかった。


だから、これ以上悪くなる前に、なんとか二人のことを……また一緒に笑えるようにしたい。いや、そうしなきゃいけないんだ。


「いつの日か、また五人で一緒に遊ぼうね」


「「………………」」


二階堂さんと小岩瀬さんは、何も言わずに頷いた。


外で肌寒い風が吹いていて、窓枠をカタカタと揺らしていた。







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― 新着の感想 ―
54話を読んだ後、先が気になりすぎてネオペ行って読んだのがここまで どうにか上手い事仲直りして欲しいね…
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